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Annaの日記 妊娠するという奇跡、命を諦めるという選択①

私は41歳で子供を産んだ。まさかの自然妊娠だった。

私の周りは本当に若いのに不妊治療をする友達が多かった。独身だった私ですら妊娠できない苦しみを聞くだけで毎度共に泣いた。
特に女性は大変だ。
クリニックの言う通り、毎日熱を測り、平日関係なく病院に行き、予定関係なく今日セックスしてくださいと淡々と言われ、妊娠出来ていなくても「また来月頑張りましょう」・・・何度かその苦しみを味わった後に、体外受精までいくころには外車が買えるくらいのお金が飛ぶ。病院は何一つ責任を取らない。

やっと妊娠検査薬で陽性がでて、胎嚢が確認出来ても、その2週間後に心拍が確認出来ず妊娠に至らないケース。またそのあとの流産・・・

精神的に追い込まれて当然だ。ダメだった場合の次のチャンスが来月とスパンが長いため、その間にネット情報に振り回されどんどん自分で追い込んでいってしまう。

ひと昔前まで、35歳以上で不妊治療は・・と感じる人が多かった。
正直にいうと私もその一人だった。35過ぎて結婚してそこから不妊治療で子供を産む。何か違和感があった。
結婚にも子供にも縁がなかった人間のただのひがみだが、
「35歳まで独身で、結婚出来ただけでも〇なのに、子供まで望む?」と・・・

今や40歳を過ぎて初産も珍しくない。
しかし、人間の体というものは、いくら世の中が進化してもそうそう変わらない。体の老化、子宮の状態、妊娠率は20代の若い体に比べたら圧倒的に低くなる。医学の力を使って妊娠できても、継続、出産までもリスクが高い。しかし、皆 苦しい、ゴールがあるかもわからない状況でもクリニックの門をたたき、子供を望む。統計わずか5%という狭き門に戦いを挑む。

最初に書いた通り、私は41歳で妊娠をした。


    望まない妊娠だった

同居していた今の夫とは、まだ結婚をしていない状況だった。
7歳上の夫と出会ったのは40歳の終わりかけ。
まず付き合うにあたり確認したのが、結婚と子供だった。

私は正直に伝えた。
結婚はしたいが、子供はもうこの歳なので、不妊治療とかしてまで望まない。なので子供が欲しいと思うなら他に行ってください。

夫も47歳、バツイチ子なしの状況で、今更子供を望んでおらず一致して「子供を望まない」となり付き合いを始めた。

とんとん拍子に同棲が始まった。
もちろんそうなると、夜の回数も断然に減った。


そんな中、10日ほど生理が遅れて、一応検査薬を試した。
誰にバレたらまずい訳でもないのに、なぜか駅ビルのトイレでこそこそ検査をした。

      かなりハッキリとした陽性


高校生が妊娠してしまったかのような動揺さを今でも覚えている。

結婚していない状態で彼や、親になんて言おう・・・
3月の送別会でしこたま酒を飲んでいた・・・
たばこも毎日吸っている・・・
最近太ったと思って薬やサプリ飲みまくっていた・・・
41で母親??成人式60歳超えてるじゃん・・・
・・ってかいつエッチした???

と、何度も検査薬の結果を眺めては、トイレから出られず5分前に落ち着くためにすったタバコに異常に後悔し始め、とにかく彼にどう伝えようか・・そればかりを考えて家路についた。


彼はその日、先月亡くした自分の父親の四十九日がやっと終わり田舎から戻ってきた。

淡々と事実を話したが、お互い現実を受け止められないのか言葉の端々に 妊娠した「かも」と言葉を濁す言い方になり、とりあえず病院に行かないことにはわからないと、翌日病院に行くことになった。

今思い返すとかなりとんちんかんな質問をしたなと自分でも思うが
クリニックで先生にした第一声が

「妊娠検査薬って、妊娠以外で反応しますか?」
だった。そのくらい心あたりがなかった。
というか、そもそも40歳すぎて自然妊娠なんて不可能と思っていた。

苦笑しながらカメラで確認。胎嚢が出来ていた。
それと同時に衝撃的な事実がわかった。

「8センチくらいの大きな卵巣嚢腫がありますね。毛が生えてる」

「え?!嚢腫?!毛??8センチ????」

妊娠よりなにより、嚢腫が出来ていた、しかも8センチとはかなり大きい・・・しかも毛が生えている??

癌の心配のいるものではないが、ねじれると緊急手術になる・・と色々説明を受けるが全く頭に入らず、妊娠と嚢腫と知識ゼロだった私は、何をどの順番で彼に説明したらいいのか頭を整理するのが大変だった。

ここで初めて分かったのが「胎嚢が見えた」と「妊娠した」というのは違うという、今思うとかなり初歩的なことだった。2週間後に心拍が確認出来て初めて妊娠となる。しかし40過ぎてからは20~30%がダメ(心拍が確認できない)で終わると言われた。

帰り道、

 「40過ぎてるし、酒・タバコの生活だったし、薬も飲みまくっている。絶対、心拍確認できないで終わるだろう。この妊娠騒動は、きっと嚢腫があることを教えてくれたんだ。感謝しよう」

 と、自分に言い聞かせながら帰宅した。


「今色々と考えるのは時期早々だから、妊娠が確認したらちゃんと話し合おう。それまではこの話題は出さないようにしよう」
 と、お互い現実から逃げるように、話題になさないように過ごした。

  そして、2週間後、クリニックにいった。
 お互い同じ「結果」を望んでいた。

                           ~続く~




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