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デザイン史マニアがヨーロッパ近代デザインの史跡を巡ってきた旅行記

この旅行記は基本無料でお楽しみいただけます。
旅行記に関係ない投げ銭部分のみ有料となっていますが、本編は無料です。

先日、大学生の頃からずっと行きたかったヨーロッパに旅行してきました。ヨーロッパには、私の大好きなデザイン史において重要な史跡や、デザインミュージアムがあります。

最高の旅だったのでぜひご紹介したいのですが、私の1万字超えの興奮をよりお楽しみいただけるようデザイン史の語り、もとい布教から始めさせてください。

宿泊したバウハウスの元学生寮からの景色

はじめに:デザイン史は人類の欲求の歴史

デザインの歴史の起源とはなんでしょう?例えば縄文時代の衣服や石器はプロダクトデザインと言えるでしょうか。デザイン史の始まりは産業革命でありまだ200年もないぞ、ということがよく言われますが、工藝史と合わせると人類誕生以来長い間デザインと人は共にあった、と私は考えています。

美術史が富裕層や宗教組織など比較的余裕のある人が買ったことで大きく発展した歴史なのに対して、デザイン史は余裕のない平民を含む多くの人々の購買によって発展しました。
余裕がない多くの平民が身銭を切ってでも求めたデザインたちは、人々の切実な時代ごとの欲に向き合い反映してきた「人類の欲求の歴史」なのです。どうでしょう、デザイン史面白くないですか??


イギリス・ロンドン編

キングス・クロス駅

最初に訪れたのはイギリスです。イギリスへは台湾でトランジットして20時間でした。余談ですが機内には弱めですがWiFiサービスがあり、阪神優勝の瞬間を見ることができました。

子守唄が六甲おろしだった家庭なのでとてもとても嬉しい

イギリスはデザイン史において絶対的に外せない産業革命の現場となった国です。ここで少しその辺りの時代のデザインを整理してみます。18世紀の後半、イギリスでは産業革命が起こるのですが、その急な変化は劣悪かつ安くて売れる商品をうみます。そのために上質な製品は売れなくなり、職人は仕事を失い、劣悪な商品が蔓延することになりました…

そこでウィリアム・モリスらが「中世の手仕事の作る喜びに立ち戻って、生活と芸術を統一し質を取り戻そうぜ!」という主張をはじめます。また、モリスは芸術をはじめとした豊かさは少数のためにあるべきでないという思想を持っていました。

こうして、全ての人のために生活と芸術が統合したものがあるべきだ!となり、デザイン画意識されるようになるわけですね。ありがとうウィリアム・モリス!推しです!

Google翻訳による訳:私は少数の人のための芸術、少数の人のための教育、あるいは少数の人のための自由を望んでいません。

結果的にモリスの商品は高価になってしまい裕福な人しか買えないものではありましたが、運動の功績でモリスは「モダンデザインの父」と言われています。

1. ウィリアム・モリス博物館

まず最初に、ロンドン中央から1時間ほどの場所にあるモリスの生家を改装して作られた博物館に向かいました。

私は仕事でデザイナーをしていますので、モダンデザインの父ウィリアムモリスの生家を訪ねることは帰省と言って過言ではありません!人生に何度もできるかわからない帰省ができてオタクは感無量です。

第一印象ですが、生家を使ったことを疑うぐらいに豪邸です。実際モリスの親は投資で儲け、裕福であったようです。モリス博物館では、この家から始まるモリスの人生をなぞりながら、彼のデッサンや作品、影響を受けたものなどを見ることができます。

影響を受けた作品や建築、本のエリア。この中でモリスは17歳の時、ある建築に対して「ここは素晴らしく醜いので入りません」など言ったと書かれていて、モリスの尖り感、独自の美意識の強さが伺えます。
仕事を始めたての頃。友人と少ない資金をもとに会社を始めたり、クライアントとうまく行ったり行かなかったり、若かりしモリスの試行錯誤があります。
モリスの事業が軌道に乗り出した頃。幼い頃好きだった植物と鳥のモチーフをパターン模様の壁紙に落とし込んだり、自身の美しいと思うインディゴ染めを研究したり、独自の表現を突き詰めていった様子がアトリエのように展示されています。

モリスの商品は徐々に当時の「センスの象徴」となっていきました。それは運動への賛同の気持ちだけではなくて、美意識へのこだわりだとか、モチーフの観察の深さ、染色や織り方など技術の研究など、モリスの持つクラフトマンシップの成したもののクオリティの高さが基盤にあり、作るうちに思想となっていったのだなあと実際の作成物たちを見て思うなどしました。

モリス商会が軌道に乗り実店舗を持った頃。店舗の様子を部屋一つを使って表現していて、モリスのビジネスマン的側面を見ることができる。意外と高級志向。

私のおすすめの過ごし方は庭の散歩で、この庭の豊かな自然の中でモリスは育ち、自然を愛するようになり数々のパターンを生み出したのか…と思いながら歩くと格別の趣です。

ショップも素敵

こちらはVictoria線の終着点、Walthamstow Centralからバスか徒歩でいくことができます。徒歩だと少し遠いかも。展示は無料です。

2. V&A博物館のRefreshment Rooms

次に、モリスが建築したというV&A博物館ののRefreshment Roomsにいきました。
V&A博物館は古美術、骨董、工芸、デザインなど多様なコレクションを収容する国立博物館で、もともとSouth Kensington Museumという名前だった頃モリスに設計を依頼したそうです(モリスミュージアムの展示に書いてあった)

部屋一部屋、そして調度品を含めて丸ごとデザインしたこの部屋は、モリスの目指した総合芸術の初期作品です。

重厚な雰囲気のモリスルーム。多分机と椅子はモリスの時代にはなかったモダンなものなので、モリスの想定していた家具の並ぶ空間も見てみたいな〜と思ったりしました。
左の入り口がモリスの作った部屋です。普通にカフェとして使われていて最初驚きました。
説明書きにはモリスという字はありません。また、モリス博物館では「THE GREEN DINING ROOM」という名前で掲示されていましたがここでは「Refreshment Rooms」というようです。ガス灯を用いることで夜間にしか来られない人も博物館にきて休めるようになった、というエピソードがなんともモリスらしいです。
天上の模様と照明のマッチ感たまらん

モリス行った運動はこの後、国を超えて影響を与え、アール・ヌーヴォーの流行へとつながります。アール・ヌーヴォーは芽吹きを感じさせるような曲線的かつ植物や自然のモチーフを多用したスタイルなので、モリスのデザインの影響はやはり色濃く感じますよね。

写真上部、壁一面に描かれたオリーブのような模様はモリスのスタイルで既視感のあるデザインですが、下部に描かれているような植物細密画のようなものはあまり見ないのでじっくり見てしまいました。金の背景に図鑑のように細かく描かれています。

最後に、モリスの作ったRefreshment RoomsでRefreshmentしてきました。
V&Aのカフェでスコーンと紅茶をいただいて約160年越しに私はモリスのデザインのユーザーとなったわけです!!!教科書の中の存在だったモリスの意図通りにRefreshmentを楽しんでいるわけです!!!一生の思い出です!!!

興奮しすぎて紅茶入ってない
ショップも最高だった

V&Aはケンジントンエリアにあり、ロンドン中央部からすぐ。展示はこちらも無料です。

3. the DESIGN MUSEUM

ロンドン観光の最後に、ロンドンデザインミュージアムを訪れました。ここでは「素材」の展示、そして世界中のデザインを「デザイナー、ユーザー、メーカー」の3視点から解説しています。

よく見るとこ

この年表!よだれ物です。こういうのたまりません。産業革命から現代までの主要なデザインの出来事をおさえています。

もちろんモリス、バウハウスも扱っていました。

実物や年表の展示に加えて、こんなものもあります。一時代のデザイナーの使命として、「規格化」がありました。キッチンにも過ごしやすい高さ、要素があり、それを全て木で作ることで単純化して展示しています。

時代を代表したプロダクトをカテゴリごとに展示しています。
Appleと並んでソニーが扱われていたり、日本企業もちょこちょこ出てきます。

デザインミュージアムの扱う範囲はとても広く、タイポグラフィ、プロパガンダ広告、戦争におけるデザイン、コスト感覚、ビジネスとデザインの関わり、アイデンティティへの影響、プロトタイピングの重要性、プロダクトデザイン、グラフィックデザイン、インフラ、ブランド、政治、規格化、ファッションなどがあり見応えがあります。

中には、戦争の中で「癒す製品」「殺す製品」の両方を作る使命をデザイナーが負った時代の展示もありました。現代のデザイナーの使命の一つしては「環境や社会への影響」が挙げられています。

銃は対象年齢何才で設計されたんだろう
デザイナー、メーカー、ユーザーがパタパタと入れ替わる壁

デザインミュージアムでは、ユーザー、デザイナー、メーカーの3つの立場に分けて考えています。
それぞれの立場がデザインにとって重要であり、とくにメーカーの技術、ユーザーの時代性は刻一刻と変わっていくものなので、デザイナーは常にアップデートが必要だし、時代を見続ける必要があると感じました。

ショップで一番気に入って買った再生プラスチックのカップ。環境問題に配慮したものを「これがいいな」と選択できるようにするのも、一つの責務の果たし方かもしれない

そして私は時にデザイナーでありながら、ユーザーでもあります。ユーザーとして何を選ぶかというのも今後のデザイン史を作っていくと考えると、デザイナー、ユーザー、メーカーの3視点は心に常に持っていたいと思いました

こちらもケンジントン周辺で中心部から行きやすいです。常設展は無料ですが特別展が有料でした。

番外編:やばそうな人に追いかけ回されるし飛行機は飛ばない

他にもデザイン史ではない観光もしてイギリス編は終了ですが、その中でビールの500ml缶を4本ポッケに詰めて多分吸ってる黒人に追いかけ回されました。

こちらがアジア人だったこと、英語が喋れるか?と聞かれて話したくなったので喋れない〜とジェスチャーしたことで完全にロックオンされました。

大迂回しながら四方を張りながらホテルに戻りましたが、まさかロンドンのケンジントン近く、割と治安のいい土地でこんなリアルゾンビゲームするとは思いませんでした…皆さんも気をつけてくださいね。

また、ベルリン行きの飛行機が欠航、次の日の振替便も遅延したせいで泊まるはずだったところに泊まれなくなるなどハプニングは絶えませんでした。ロンドンがいちばん疲れたかも…

街伏せしてるか、視力の限界でわからなかったのでカメラで撮って確認した時の写真 (街伏せしてた)

イギリスでその他に行ったところ
ウェストエンドのミュージカル、中心部ぶらぶら、NIKE Town、キングスクロス駅の9と3/4番線、フォートナム&メイソンなど。

ドイツ・デッサウ編

ドイツは本当に一番来たかった国で、なぜならばバウハウスがあった場所だからです。
バウハウスは聞いたことあるけどよくわからんという方、聞いたこともないぞと言う方も多いかもしれません。実際私もデザイン史、建築史あたり以外ではあまり耳にしません。

時代はドイツが第一次世界大戦に敗れ、ワイマール共和国が成立し、新しい時代への期待や意欲が高まっていた頃です。バウハウスはドイツに14年間だけあったデザイン、建築を中心とした学校でした。この14年間は、ワイマール共和国の全史とほぼ一致します。

創始者であるヴァルター・グローピウスは設立の際、バウハウス宣言という声明を出しました。その宣言の代表的な一節です。

すべての造形活動の最終目標は建築である。

ヴァルター・グロピウス【バウハウス宣言】

この宣言は建築および生活を終着点にし、使われる機能を重視したバウハウスの機能美的ものづくりを目指す指針となり、講師や生徒らがこの学校でさまざまな研究や実験を行っていき時代を牽引する素晴らしいプロダクトや人材が生まれていきます。

またバウハウスの人々も機械生産を受け入れたこと、機能美的ものづくりはそのミニマリズムな性質から大量生産や機械製造と相性が良いことなどから、彼らのものづくりはモリスのできなかった「安価で、すべての人に届く美」の先駆けとなっていきます。

建築形態はそれ自身のためにあるのではなく、建物の本質、すなわちそれが満たすべき機能から生まれるのだ

ヴァルター・グロピウス【バウハウス叢書第一巻 国際建築】

バウハウスというのは学校であり、すべての人々のための生活に根ざした機能美を目指すものづくりの思想なのです。

4. バウハウス デッサウ校舎

教科書でよく見るあの場所は工事中でした。レア。

遅延した飛行機に乗り、深夜に急遽とったベルリンのホテルに宿泊し、朝一番でやってきたのはバウハウス、デッサウ校舎です。

ワイマールで設立され、デッサウに移転した後、ナチスに追われベルリンに移転し、解体されるまで、ここではただ生徒が教師にただ教わるだけではなく、教師と生徒が一体になってたくさんの試みが行われました。デッサウはバウハウスの過ごした3拠点の中で2番目、活動期間は一番長く、校舎の建築も一からグロピウスやマイスターが行ったことからバウハウスの特徴が色濃く出た場所です。

参加者は25名ほど。質問も飛び交います。

今回私は校舎ツアー、マイスターハウスのツアーに参加しました。全部ドイツ語なのでGoogle翻訳の音声入力を常にオンにしていないと理解できません。英語のツアーもあるけど平日1日のみとかしかありません。
特に校舎はツアーでしか行けないところも多いのでツアー参加おすすめ。(ツアーは事前申し込みが必要で各7€。そのほかに建物への入場チケットも必要です。)

バウハウスの中でも力を入れていた稼働窓の建築を、実際に稼働させて見せてくれました。

ツアーには日本人のご夫婦がいて、同じメーカーのカメラを持っていたこともあり仲良くなりました。岐阜の学芸員さんだそうです。

9日で3カ国周遊してると言ったら驚いていた

実際行ってみて思ったのは、やはり本当に校舎が美しいです。
実用的で、余計な装飾がなく、ただ機能に徹する美しさとこだわりを身をもって体感します。実際に来て本当に良かった。

学生の展示やってた
稼働窓は高いところにも設置できる。
なんでもない廊下も細部までの造り込みでここまで綺麗になるんだなあ
日差しが差し込むので夜まで照明がいらない

バウハウスの構内を見ていると、建築だけでなく調度品もとても美しく、精度が高いことがわかります。

これもただのライトなのにこんなに美しい

バウハウスは教育機関としても評価されており、基礎教育と専門的な分野のコースに分かれて学ぶカリキュラムは現在の専門教育の基礎となっています。
バウハウスの専門分野には木工や金工、ガラス、陶器などがあり、それぞれに現役の画家やデザイナーが教鞭をとっていました。そのため、調度品や建築の一つ一つのパーツまでクオリティが高いのです。

これはロンドンデザインミュージアムで言われていたユーザー、デザイナー、メーカーのうち、デザイナーとメーカーの視点を得ることができるカリキュラム、ということなのかもしれません。

寮の入り口。
ステージのある教室?講堂?
椅子の脚同士はくっついていて、座面を下ろすことで使える。ツアーで座らせてもらったのですが、布の張りもちょうどよくて座りやすかった。
食堂のテラス。広々の校舎が見渡せる。

5. バウハウス旧学生寮

そして今回はなんと、バウハウスに泊まることにしました!バウハウスはもともと学生寮であった場所に泊まることができるのです。

しかも50€前後とお安い。ネットにあるメールフォームから申し込むことができ、現地支払いです。こんなお安く世界遺産に泊まることができて良いのでしょうか。おかげで寮生の気分を味わうことができました。

寮だったこともあり机とクローゼットがついている。

バルコニーはもともと、「学生はいつでも自分自身に立ち戻れるように」ということで作られたそうですが、実際バルコニーの扉を開けると新鮮な空気がどっと流れてきて、制作中の凝り固まった頭には良いリフレッシュだったろうなと思いました。

バルコニーは出られます。ここから見る景色を寮生も見たんだなあと思いながら日が暮れるまでバルコニーでぼーっとしてました。

バウハウスの寝心地は意外とよかったのですが、シャワーとトイレが兼用なのと、ドライヤーがないのだけはあまり…でもこれが寮生のリアル!

シングルのはずなのに絶対ダブルの大きさ

夕食と朝食はバウハウス校舎の半地下にあるカフェでとりました。ここは宿泊の際チェックインをする場所でもあります。
何人かパソコンで作業をしている地元の人もいました。私もここでデザインしたい。

日差しが差し込むカフェ

丸一日見て回り、寮生の過ごした部屋で一晩を過ごしてみて、バウハウスの美しさに感動しながらも思ったより田舎で、静かで、空気のにおいなどは日本と変わらないんだ、ということが印象的でした。

デッサウは田舎で、ベルリンに行くにも1時間に1本の電車を乗り継ぎます。
都会の喧騒から離れ、風がよく通る静かな校舎に熱狂的なマイスターと弟子たちが集まり実験やデザインをしていたことを思うと、どれだけ熱量が高く純度の高い空間だったのだろう、と思いを馳せました。

この澄んだ空気、広々とした空間、ゆっくりとした時間の中に特徴的な建築がどんとあり室内は多目的に扱えるようになっているあたり、母校の武蔵野美術大学の環境とも近いと思ったりしました。

デッサウ校舎はdessau駅から徒歩10分もかかりません。コインロッカーは無料で後者の地下にありますが小さめで、私の持っていた81Lサイズは入れることができませんでしたので注意です。


6. バウハウスミュージアム inデッサウ

次に、デッサウのバウハウスミュージアムに行きました。バウハウスミュージアムには、たくさんのバウハウスゆかりのプロダクトや、授業のスケッチ、建築図面などが展示されています。

中でも興奮したのがこれです。オスカーシュレンマーのトリアディックバレエの等身大衣装…!!!バウハウスのなかでわかりやすく特徴的なのがこのトリアディックバレエです。

迫力すごい

お時間ある方は是非こちらの映像を見てみてください。トリアディックバレエはざっくりいうと、「抽象」「機械化」という当時の時代性をテーマに、どうしようもなく有機的な人間が幾何学的な衣装を纏い、幾何学的な動きをすることでそれらのテーマの再現を目指した舞台作品です

私は学生の頃これを30分くらい見せられる授業があり、同級生たちとゲラゲラ笑っていたのですが、今ちゃんと文献を読み真面目に見るとバウハウスの取り組みを象徴する作品であることがわかります。オスカーシュレンマーごめんね…

ディティールの繊細さを見ると笑えない

たくさんの試行錯誤の結果も残されています。これは異素材の相性を確かめる道具。

異素材を組み合わせて相性を見る実験

バウハウス建築の模型と図面も実物をみた後ですと特に見応えがあります。

この後いく職業安定所の模型もあった

発売された書籍のと人物から系譜を辿っていくような展示もあります。

日本の国際建築もあった

デッサウ校舎からは少し歩きますが徒歩で行くか、バウハウス関連のポイントを巡回するバスが使えます。チケットは有料で、コインロッカーに荷物を預けることになります。


7. マイスターハウス

灰色のところは窓があったところ。

マイスターハウスとは、バウハウスのマイスター、講師たちの家です。これらはマイスターたちのため1から作られたため、その建築はやはりバウハウスイズムを多分に感じる設計になっているわけです。マイスターハウスは全部で4軒あります。

当時、機能美とコストを追求した結果、工場で作ってきた各部分をブロックのように組み合わせて建築が作れるのでは?というアイデアを研究していました。それでマイスターハウスはこのようなマイクラのような見た目をしています。

バウハウス建築にはいくつかの特徴があります。それらがバウハウス校舎、そしてこのマイスターハウスには大いに含まれています。

  • 非対称。古典から続く意味のない対照はしない

  • そぎ落とし、機能に集中したミニマルな建築

  • ガラスと可動窓を用いた日差しの有効的な活用

  • コンセントやスイッチなど、壁に飛び出すものの機能的、美的整理

  • 部屋順の可変可

  • 中央の部屋からすべての部屋に行きやすく生活しやすい設計

  • 輸送費のかかるレンガではなく、コンクリートでの建築

実は今多くの人の住んでいる鉄筋コンクリート建築はバウハウスにもルーツがあります。

吹き抜けになっている部屋もある。そして清々しいほどにコンクリ
中央からすべての部屋に行きやすい

マイスターハウスはデッサウ校舎から徒歩8分ほどで、チケットはマイスターハウス内か校舎のチケットカウンターで買うことができます。ツアーは7€で事前申し込み制。


8. 現存するバウハウス建築① デッサウ公共職業安定所

次にミュージアムから徒歩で少し行ったところにある、もともと職業安定所としてバウハウスに依頼された建物を見にきました。ここは現在も交通系の役所として使われています。

天井がガラス張りで光が差し込む

後述のハウスアムホルンで展示され、マイスターハウスで実用化された中央の部屋からどこにでも行ける設計がここでも生かされています。

この設計は現代の暮らしにあっているかは疑問ですが、お役所として現在も使われている事実に胸が熱いです。

図面おいしい

バウハウスミュージアムから徒歩でいくことができます。校舎まではなかなか距離があるので、使えるのならバスがおすすめです。観覧無料。


9. 現存するバウハウス建築②コルンハウス

足を伸ばしに伸ばしまして、同じく現存するバウハウス建築であるコルンハウスというレストランにやってきました。

ここにも円形のエリアがある。ここでは川を眺めながら食事ができる

映っていませんが川のそばにあり、川がガラス面に反射してとても綺麗です。ところでバウハウス叢書の中にこんなものがあります。

今日まだ贅沢の印象を与える多くのものが、明後日には規範となる。

当時まだガラスも歪んだものが多かった時代に、バウハウスは厚みの均一なガラスを制作し、コルンハウスの円形の部分は全面ガラス張りです。こんな建築は当時「贅沢」だったでしょうが、確かに現在ではよく見る光景で、バウハウスの先見の明の鋭さを感じます。

日没ギリギリに1人で行ったのでご飯は食べず暗くなる前に帰りましたが、次はここで食事を食べてみたいです。

コルンハウスはデッサウ校舎の南にあるマイスターハウスをさらに南に進んだ川沿いにあります。デッサウ校舎から徒歩30分ほど何もない道を歩いたので、巡回バスの利用をお勧めします

番外編:日没後のドイツで遭難しかける

コルンハウスは1人で行っていて、着いた時点でほぼ日没だったため、写真を撮ったら急いで帰りました。ただ帰りも当然遠く、しかも充電も切れそうになり、道を間違えてなんとか帰ってきました…

デッサウはそこそこ田舎なので、街灯がないところがあったり、英語が通じない人がいるのでハラハラです。

帰ってきた時は街灯ありでこのくらいの暗さでした。帰って来れてよかった…

ドイツ・ワイマール編

デッサウの次はワイマールにやってきました。ワイマールは前述の通り、バウハウス誕生の地です。

街並みは旧市街というか、バウハウスの推進したモダニズムを感じる風景ではありません。だからこそ!一切の装飾を取り除いたバウハウスの設立がここに起こったことの凄さが際立つと思いました!!

街並みが綺麗。デッサウともミュンヘンとも違う感じ

10. バウハウス ワイマール校舎(現バウハウス大学)

ワイマールでバウハウスは、既存の工芸学校と美術学校を合併する形で、校舎を引き継いで設立されました。元々の設計士はヴァン・デ・ヴェルデというアール・ヌーヴォーに造詣の深い人物でしたが、この建築は直線や幾何学的な曲線を用いて作られていて、新しい時代の始まりを感じさせます。

現在はバウハウス大学という名前の大学が再建されています。

バウハウス最後の拠点、ベルリンも経由したのですが、ベルリンのバウハウスミュージアムであるバウハウスアーカイブは現在改修中でやっていなかったので、ぜひまたリベンジしたいところです。

バウハウス大学はバウハウス博物館とハウスアムホルンのちょうど間にあり、バスでも徒歩でも行くことができます。ショップもあり、記念品を買うこともできます。

11. ハウス・アム・ホルン

バウハウス最初の展覧会で展示された、モデルルームのような存在である実験住宅、ハウス・アム・ホルンを見にきました。この展覧会は融資の条件として実施を命じられたものでしたが、バウハウスの人々は展覧会に気持ちがあったので設計の公募までして本気で取り組みました。

実はバウハウス(というかヨーロッパ〜アメリカのデザイン全体に言えることですが)は万博、展覧会の影響を多大に受けています。バウハウスの思想の元になっている団体、ドイツ工作連盟はイギリスの影響を多大に受けたシカゴ万博博覧会に衝撃を受け、規格化論争など議論が活発になった経緯があります。

そんなこんなで、バウハウスにとって初の展覧会は一大プロジェクトだったわけですね。

正方形の敷地の割り振りや、調度品の剪定、日の差し込み方の設計など、バウハウス建築の主張がふんだんに盛り込まれています。

キッチンからの風景。食堂室の先に子供部屋が見える。部屋を一直線にすることで食事の準備をしながら子供の遊んでいる姿を見守れるという設計。

ワイマール駅から歩くと遠いので、バスの利用をお勧めします。チケットはハウスアムホルン内で買うか、下記のバウハウス博物館でセットチケットを買うこともできます。


12. バウハウス博物館

ワイマールにもバウハウスの常設展があります。こちらはより1カテゴリにおける物量があり、博物館という感じです。しかしトリアディックバレエに関してはあまり扱っていなかったり、少し偏りがあるようにも思いました。

教師と生徒が一緒になってはしゃいでいるエモ写真
バウハウスのゆりかごの本物!!!!これ転がっていきそうですね
バウハウスの建築を最終地点にするぞ!!というカリキュラムを表した図。建築のことをBAUというらしく、BAUHAUSは建築の家という意味らしい

ご覧のように、ドアノブがめちゃくちゃ並んでいたり物量がすごいです。

バウハウスは「規格化」にも取り組みました。これはJIS規格のように、毎回大きさを決めるのではなく共通で規格を作っていこうよ、という動きですが、これはバウハウスの創始者たちの所属していたドイツ工作連盟から引き継いだ思考です。

ハウスアムホルンのために作られた塩入れ、コーヒー入れなども他で見たことないくらい手厚く展示。
学生の作品であったバウハウス積み木

マイスターたち個人の展示も充実していました。ここはバウハウス創始者であるグロピウスの展示。

バウハウス関連の観光はこれで終了です。主要な箇所は休業中であったベルリンのバウハウスアーカイブ以外見にいくことができ、大大大満足です。

ところで私の母校は武蔵野美術大学基礎デザイン学部というところなのですが、この学部の創始者、向井周太郎先生はウルム造形大学というバウハウス解散後にその出身者によって作られ、バウハウスの理念を継承したと言われている学校に留学されたご経験があります。

そのため基礎デザイン学科は私が知る限り、国内で最もバウハウスの教育に近しいカリキュラムです。私はバウハウスを基盤としたカリキュラムで学び、彼ら自体の功績もみっちりと学ぶことになりました。身近すぎて、子供の頃歴史の授業で知った偉人に落書きをしていた感覚で、友人たちとバウハウスジョークで笑ったりもしていました。バウハウスには私の青春と、デザインに対する根底の考え方が詰まっています。

本当は学部の卒業旅行で来たかったのですがぎりぎりコロナで来られなかったので、いつかリベンジしたいと思っていました。今回こられて本当に嬉しかったです。

ドイツ・ミュンヘン編

13. Pinakothek der Moderne

最後に、ミュンヘンにあったデザインミュージアムに行きました。ここにはドイツをはじめとして、世界中のデザインされたものがアーカイブされています。

特徴的だったのは車や自転車、バイクなど乗り物の展示が豊富だったことです。BMWなども有名なドイツですから、乗り物に熱量があるのかもしれません。

自転車がざっと100台近くも並ぶ展示。めちゃくちゃ古いものから最新のものまで幅広く展示されています。

もちろん、バウハウスのコーナーもありました。
展示されていたのはマルセル・ブロイヤーやアルマ・ブッシャーなど生徒の作品が多くて、学校の歴史というよりは後世に「バウハウス製品」として残ったものを優先して展示しているように見えました。

またこの展示、割と新しいものまで展示していて、ゲームエリアではNintendo switchまで展示されています。自宅にあるものが展示されてるというのはちょっと不思議な気分がするとともに、時代を代表するプロダクトを私はこの身でリアルタイムに体感したんだな…という感慨深さもあります。

そしてやっぱりゲーム周りの日本企業の強さを実感しました。

椅子に座り比べができたりするフロアなんかもありますが、キャプションが書いていないのでなんの椅子なのかわかりません

一番座り心地の良かったフェルトの椅子

そのほか、企画展として病院の建築、内装にフォーカスを当てた展示などもやっていて、規模と深さ両方ある素敵な美術館でした。
ミュンヘン中央駅から徒歩で行きましたが、少し遠かったのでバスや電車を使うといいと思います。チケットは有料。

ミュンヘンでそのほかに行ったところ
オクトーバーフェストと、ミュンヘンの街をぶらぶらしました。
教会や街並みで、昔ながらのドイツを見ることができました。このような装飾的な建築の風景の中、あの機能美的なマイクラみたいな建築が生み出されたのか…と思うと尊敬が増します。
それからこの後ヴェネチアにもいきました。最高のご飯と最高の景色でした!

感想

近代デザインの祖、機能美的デザインの祖の現場を実際に観に行くことができ、一生の思い出です。ここまでまとめて有給をとらせてもらったのは初でしたが、なんとか行くことができて本当によかった。

いくつも学びはありますが、一番は教科書で画像を見るのと、実際のものをみるのはやはり違うということです。バウハウスの空気の澄んだ静かな感じも、モリスの家が割と裕福で都会からすぐであったことも、旅行に行く前の自分は知りませんでした。

美術館やできれば現地に行き、これからも勉強したことと実物を照らし合わせて楽しんでいきたいです。


次に行きたいところ

モリスの生家とバウハウスに行った後は完全燃焼してしまい、もう聖地巡礼したいところないよ…と思っていたのですが、旅を振り返っているうちにどんどん知りたいこと、見てみたいものが出てきてしまいました。
特に世界各地のデザインの常設展は生涯かけてコンプリートしたいです

ここからは投げ銭コーナーとして、デザインオタクの私が行きたい国内、国外合わせて20ヶ所の場所をリストアップしてみました。もし気になるよ!または面白かったよ!という方投げ銭いただけると嬉しいです♡

目次

アメリカ 3ヶ所
イギリス 1ヶ所
ドイツ 3ヶ所
日本(美術館) 4ヶ所
フランス 1ヶ所
ロシア 2ヶ所
デンマーク 1ヶ所
メキシコ 1ヶ所
韓国 1ヶ所
イタリア 2ヶ所

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