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イラン-米国の仲介は、40年間の相互不信を和らげ、何十万人も死ぬ戦争を避けるため やらない理由は無い

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先日 6月12日~14日に行われた安倍総理のイラン訪問に関して、安倍総理を「米国の使い走り」等と揶揄する人々に、筆者は疑問を感じている。

イランから招きがあり、そのイランが米国との間で核合意を巡って対立しているのであれば、両国の仲を取り持つのは友好国として当たり前なのではないか?

イランは、米国の核合意離脱後も、他の関係国である英独仏露中に合意継続を訴える外交交渉を重ねてきた。イランのザリフ外相が先月 5月16日に急遽来日して安倍総理と会談しているが、この会談も、5月17日のザリフ外相の中国訪問に合わせて日程調整されたものである。

つまり、イランは、あらゆる手段を使って米国との緊張を和らげようとしている訳で、日本の国益と日本が掲げる平和主義を考えれば、日本として両国の仲介役をやらない理由は無い。

Twitterでは「先に、米国と会うべき」という指摘もあったが、イラン核合意は、イランと米英独仏露中の7カ国によるもので日本は当事者ではない。当事者ではない日本が発言力を持つには、それ相応の背景を持つ必要がある。

トランプ大統領とは何時でも電話会談ができる以上、次に求めるのはイラン側との会談だ。ロウハニ大統領だけでなく、会うことの難しいハメネイ師と直に話ができた安倍総理であれば、今後、仲介役として米国とイランを行き来する際の重みも変わってくるだろう。

中東緊迫も…日本在住イラン人が感じた“日本人の平和ボケ” 「自分の国や世界で何が起きているのか知った方がいい」(2019/6/17 zakzak)



イラク戦争を想起させるタンカー攻撃を巡る駆け引き

安倍総理がイランを訪問していた 6月13日、ホルムズ海峡近くのオマーン湾で2隻の石油タンカーが何者かによる攻撃を受けた。

タンカー攻撃について、米国は米国海軍の情報からイランによるものとして非難し、英国も独自分析に基づいてハント外相が「ほぼ確実に責任はイランにある」と同調した。

しかし、ドイツのマース外相は「この映像だけでは十分ではない」として疑問を呈し、フランスはタンカー攻撃を非難したものの米国情報への評価を下していない。また、ロシアは「根拠のない非難を現時点でロシアが認める可能性はゼロに近い」と発言し、中国はすべての関係当事者に自制と対話による対立解消を求めている。

状況としては、イラク戦争前夜、イラクが持っているとされた大量破壊兵器に関する情報の時と同じような分かれ方をしている。



30万人とも、50万人とも言われるイラク戦争の犠牲者

イランと米国を仲介する重要性を考えるには、イラク戦争がどういうものだったのかを踏まえる必要があるだろう。

米国ブラウン大学の戦争費用プロジェクトは、9.11以降のアメリカによる戦争を通じて、イラク、アフガニスタン、パキスタンでどれだけの犠牲者が出たかの レポート を2018年11月に発表した。

同レポートから、イラクにおける犠牲者(2003年3月~2018年10月)を取り上げると以下の通り。

・米軍・・・・・・・・・・4550人
・国防総省の民間人・・・・15人
・米国の請負業者・・・・・3793人
・各国の兵士、警官・・・・4万1726人
・その他同盟国の兵士・・・323人
・民間人・・・・・・・・・18万2272~20万4575人
・敵対勢力の戦闘員・・・・3万4806~ 3万9881人
・ジャーナリスト・・・・・245人
・人道支援、NGO職員・・・62人

・合計・・・・・・・・・・26万7792~29万5170人


また、ワシントン大学の公衆衛生専門家エイミー・ハゴピアン氏が率いる国際チームが行った調査(2013年10月15日付 PLOS Medicine 誌掲載)では、犠牲者は推定50万人と報告されている。

同調査は、イラク保健省も関わっており、イラク人スタッフによる戸別訪問で得た回答を元にしている。

それらの回答から、2003~2011年のイラク戦争を原因とする犠牲者を約40万5000人と推定。さらに、イラクからの脱出を余儀なくされた家庭からも最低5万6000人の死者が出たとしている。



イラク戦争後、フセイン政権元幹部らは ISIL へ合流

イラク戦争の問題点は、開戦前にあるとされていた 大量破壊兵器を発見できずに大義名分に疑問があること に加えて、フセイン政権崩壊に伴う遺恨を中東に撒き散らしたことが挙げられる。

政権崩壊後、イラク政府軍は解体され、フセイン元大統領が率いたバアス党の党員は公職追放された。この職を失った将校や兵士、政治家が ISIL(イスラム国を名乗る過激派組織)に合流し、ISILの組織化と急成長を担うことになった。

もちろん、フセイン元大統領による粛清をいとわない恐怖政治は変えさせる必要があったと筆者も思う。

しかし、数あるジハード主義組織の1つに過ぎなかった集団を、イラクとシリアを跨ぐ戦闘員 2万~ 3万1500人(2014年 CIAによる推計)の巨大組織にしてしまった要因については整理しておくべきであろう。

イラク戦争は2003年 3月19日に開戦し、大規模戦闘は同年 5月 1日には終わっている。だが、ISILの掃討まで考えると、ISILをイラクから一掃したのは2017年11月17日、シリアにおけるISIL最後の拠点バグズを解放したのは2019年3月23日となり、16年間も戦闘を行っていたことになる。

1つの政府を崩壊させる戦争は、これだけの遺恨を撒き散らすことになるのである。


参考資料:2002年のイラクと、今のイランの基本情報比較

イラク

・人口:2494万人(2002年)
・面積:43.7万km2
・フセイン政権(1979年~2003年)

イラン

・人口:8100万人(2018年)
・面積:164.8万km2
・最高指導者はハメネイ師(1989年~)
・大統領は性別に無関係な完全普通選挙で選出。ロウハニ大統領は7代目
・大統領への立候補は男性のみだが、議会議員には女性も立候補が可能
(2020年までが任期の第10期議会では、5.9%にあたる 17名が女性議員)



40年間、米国の対イラン敵対政策に立ち向かってきたハメネイ師

いまのイランは、イラン最後の王朝・パフラヴィー朝を打倒したイラン革命(1979年)から生まれた共和国である。現在、イランの最高指導者の地位にあるハメネイ師も、このイラン革命を戦った人物だ。

パフラヴィー朝は新米政権であったこと、イランは西でも東でもないイスラムによる共和制を掲げたことから、共和国樹立の時からイランと米国は対立関係にある。40年にわたる対立であり、両国の相互不信は非常に根深い。

・1979年 イランアメリカ大使館人質事件
・1980年 米国がイランに対して国交断絶と経済制裁を実施
・1983年 イランが支援すると言われるヒスボラによる爆破事件
・1984年 米国がイランをテロ支援国家と指定
・1995年 米国企業にイランとの貿易・投資・金融の禁止措置を実施
・1996年 米国議会がイラン・リビア制裁法可決
・2003年 米国は、イランが核兵器開発を計画していると主張
・2010年2月 イランが医療用に20%濃縮ウラン生産計画を発表
・2010年7月 イラン包括制裁法成立(1996年の制裁法を強化)


会談を通じて、ハメネイ師が明らかにした米国への不信感
先日 6月13日に行われた安倍総理とハメネイ師との会談でも、ハメネイ師は、米国に対する強烈な不信感を訴えている。

マスコミでは、ハメネイ師の次のようなメッセージが取り上げられている。

・トランプ大統領とメッセージを交換する価値はない。今も今後も返答することは何もない
・イランは米国を信頼しておらず、JCPOA(イラン核合意)の枠組みにおける米国との交渉での苦い経験を絶対繰り返さない

しかし、ここを取り上げるのは、現職であるとはいえトランプ大統領のキャラクターに引っ張られ過ぎているように思われる。


オバマ大統領の核合意違反を非難するハメネイ師
筆者は、ハメネイ師の公式アカウントに投稿された次のツイートを重視している。

・最初に核合意に違反したのは、イランに交渉を要請した人物であり、調停者を送ってきた人物でもあるオバマ大統領だ
・これが私たちの経験であり、安倍総理が同じことを繰り返さないことを私たちは知っている


このオバマ大統領による違反は、2016年の出来事を指していると思われる。

・2013年10月 ロウハニ大統領とオバマ大統領の電話会談が実現
・2015年7月 イランと米英独仏露中で核協議が最終合意
・2016年1月 IAEAがイランの核施設縮小を確認、欧米がイラン制裁解除
・2016年12月 米国議会がイラン制裁法10年間延長を可決


オバマ前大統領はイラン核合意を推し進めたものの、米国議会はイランが核合意に違反する可能性を指摘し、いつでも制裁を強化できるようにイラン制裁法の延長を決めた。

これは、米国議会を説得しきれなかったオバマ前大統領の責任である。

ハメネイ師は、イラン革命に参加し、第3代イラン大統領(1981年10月~1989年8月)を務め、今は第2代イラン最高指導者(1989年6月~現在)の地位にある。カーター元大統領からトランプ大統領まで、7人の米国大統領による対イラン敵対政策にずっと立ち向かってきた。

そんなハメネイ師が、一度は信じてみたオバマ前大統領に裏切られた以上、核合意から離脱していったトランプ大統領を信用できないのは当たり前の話であろう。

イランと米国を再びテーブルにつかせるには、トランプ大統領だけではなく、「アメリカ人は信用できない」と訴えるハメネイ師の心情とも向き合う必要がある。

かなり困難に見える話だが、2016年の経緯を見れば、少なくとも必須と考えられる条件は見えてくる。それは、米国大統領と米国議会が、イランに対する政策方針を一致させることだ。「大統領は了承したのに、議会では通らなかった」を繰り返すようなら、イランが再び米国と同じテーブルに付くメリットはない。

トランプ大統領もそうだが、米国議会は、イランとどう折り合いをつけるつもりなのだろうか?



まとめ 決裂すれば何十万人も死ぬ、40年来の相互不信

親米王朝を倒してイスラムによる共和制を拡げようとするイランと、中東を新米政権で埋めて安定させたい米国の対立は40年来のものである。この両国の仲介役は誰がやっても困難を極める。

改めてイラン核合意の当事者を見てみると、米国がライバル視しているロシアや中国の意見に耳を貸す姿は想像しにくく、ドイツやフランスも反EU政党支持者と親しいトランプ大統領と腹を割って話す関係にあるとは思えず、イギリスも Brexit で揉めていてそれどころではない。

イランは、ホルムズ海峡を挟んで親米政権のサウジアラビアなどと対峙しており、緊張関係が続いている。

ホルムズ海峡は反米の最前線 イラン・バンダルアバス、ステルス艦も配備(2019/2/16 産経新聞)


このまま放っておけばイラン核合意は決裂する可能性があり、下手をすればイラク戦争の二の舞である。

軍事的選択肢を否定しない米国は、孤立させると碌なことにならないだろう。2003年のイラク戦争は、米国、英国、豪州、 ポーランド、ペシュメルガによる軍事介入から始まる。中国やロシア、ドイツ、フランスなどが賛成しなくても始まってしまった戦争なのだ。

幸いにして、今回はイランと米国の両方と話せる国として未だ日本が残っている。日本は平和主義を掲げる国であり、イランと米国の武力衝突回避に尽力できるのは本望なのではないか?

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
(日本国憲法 前文より)

(了)





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