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塩麹豆富じ原秀衡

気が向いて時間がある時、自分で豆腐を作る。しかし、今日は信頼する店から絹越し豆腐を購入。湯豆腐にするのもいいけれど、オリジナル料理に挑戦。


材料

細葱    2本
絹ごし豆腐 1丁
塩麹 大匙 5
卵     1個
シラス   好きなだけ
水  大匙 6

豆腐か、ふ、藤原氏にするか。と言っても摂関家ではなく、奥州に四代、約100年に渡って君臨した奥州藤原氏。特に最盛期を築いた三代目、藤原秀衡を妄想しつつ料理開始。


豆腐を賽の目、おっと崩れた。絹だから崩れやすい。気にしないことにする。

平安時代後期の奥州、現在の東北地方は黄金郷。陸奥国は日本で最初に金が採掘された場所と言われ、奈良の大仏の表面に貼られた金箔は陸奥産。
更に駿馬の産地であり、この地で鍛えられた刀は舞草刀と呼ばれ、武士にとっては垂涎の的。
黄金を用いて、独自に大陸とも交易。豊かさと平和を享受。
その地の支配者、藤原氏の二代目、基衡が亡くなり、跡目を継いだのが秀衡。
その頃、日本の中央では源氏と平家が鎬を削る時代。保元、平治と大乱。秀衡は一切、それと関わらずに中立。


細葱は小口切り。

しかし、どうした気まぐれか?平治の乱で敗死した源義朝の遺児の一人、遮那王を平泉に呼び寄せて庇護。それが後の源義経。
逼塞してしまった源氏がいずれ息を吹き返すようなことがあれば、義朝の遺児は切り札として使えると踏んだ?
藤原秀衡とは先の先まで見通して手を打てる、卓越した政治や外交のセンスがあったかと。
その読み通りというべきか、義朝の嫡男、頼朝が挙兵すると、秀衡は義経をその元へ送り出す。ただ、私は義経が本当に頼朝の弟だったのか疑っているのですが、その辺については、こちらをご一読下さい。↓

もしかしたら、この義経を名乗った人物、秀衡が源氏の内情を探らせるために送り込んだ?という風にも妄想出来ます。


卵を溶きほぐす。

源平が合戦を繰り広げている頃、秀衡は陸奥守に叙任。これは清盛の跡を継いだ平宗盛の推挙によるもの。高い官位や官職を斡旋することにより、秀衡を懐柔して、源氏を攻撃まではいかずとも牽制して欲しいという思惑。
しかし、秀衡は陸奥守自体は受けても、まったく動かず。
奥州藤原氏は17万騎の軍団を擁していると言われていて、源平双方に秀衡の去就は気になる所。頼朝も奥州の動きが気になるので、鎌倉を動かず。秀衡はこうした情勢を読み取って、不気味な中立を守ることで天下三分の計を狙っていた?


塩麴と水、豆腐をフライパンへ。着火。

最近、亡くなられた作家の永井路子氏は奥州藤原氏とは、現代に例えるとアラブの石油王みたいな存在だったのではないかと書き残しておられました。それはともかく、秀衡にとっては、朝廷や平家は奥州藤原氏は金だけは持っているが、蝦夷の酋長のようにしか見ていないということを看破していて、都合のいい時だけ利用しようという魂胆を見抜いていました。一方、頼朝の源氏とは先祖に遺恨。藤原氏初代清衡は後三年の役で源義家の助力で覇権を確立。しかし義家は陸奥守を解任され、奥州から撤退。残った清衡が奥州支配を進めた歴史あり。よって平家、朝廷、源氏どの勢力とも連携せず、巧に独立を保つ道を選択。


ひと煮立ちしたら、シラス投入。

皮肉なと言うべきか、天下三分を破ったのは秀衡が送り出した義経。
八面六臂の活躍で、あれよあれよという間に平家を滅亡に追いやる。これで当面の敵が消えた頼朝は藤原氏への圧力を強める。
藤原氏は毎年、朝廷に金と馬を献上していました。これからは鎌倉がそれを取り次ぐと通達。秀衡が朝廷と直接、結びつくのを妨げ並びに、奥州藤原氏が頼朝に臣従した形にする目的。
腹立たしく思ったでしょうが、秀衡はこれを承諾。
しかし、ここでまた切り札を再び掌中に。頼朝に追われる身となった義経を平泉に匿いました。


沸騰したら、溶き卵を流し入れる。雪の奥州に産出した黄金をイメージ。

奥州の首都となった平泉、京に次ぐ人口を誇り、独自の仏教文化。
やはり特筆すべきは初代清衡が建立した中尊寺金色堂。昔、訪れた時、覆堂の中で輝く姿には瞠目。
秀衡も宇治平等院鳳凰堂と同じ形で、しかも規模はそれ以上という無量光院を創建。ここは殆ど田んぼになっていて、今一つ大きさが実感し辛かった。


出来上がり。

江ノ島に弁財天が祀られていますが、これは怪僧、文覚の勧めで頼朝が勧請したのが始まり。その目的は秀衡の調伏祈願。つまり死を願っていたということ。神に人の死を願うのはどうなのか?
その甲斐?というか生きていればいつかは死ぬのです。秀衡も義経を再び迎え入れてから九か月後、文治三年(1187)に死去。
跡を継ぐ正室所生の次男、泰衡に遺言。
「義経を盛り立て、頼朝の攻撃に備えよ」


葱を散らして、塩麹豆腐じ原秀衡。

塩麹と豆腐の白は雪、卵は黄金、葱は舞草刀の草の字をイメージ。
豆腐と卵は良質なタンパク質の宝庫、発酵食品の塩麹は腸を活性化。葱の特徴的な成分はアリシン。胃液の分泌促進、食欲増進効果。
絹豆腐が柔らかくとろける。塩味も程よい。アリシン効果で食も進む。

義経を引き渡せと迫られても、秀衡は知らぬ存ぜぬとのらりくらりと要求をかわしてきました。しかし、跡を継いだ泰衡は父程の器量はなかったのか、若しくは頼朝の方が上手だったか、ついに圧力に屈して義経を攻撃。討ち取ってしまいます。


味変には辣油がおすすめ。

これで安泰。どころではなく。反対に今まで義経を匿っていたことを却って咎められることになり、頼朝率いる大軍に攻め込まれて、あっけなく平泉陥落。泰衡は家臣に裏切られて死亡。ここに栄華を誇った奥州藤原氏は滅亡。


数滴垂らす。

ピリリ感が加わると、これは正に白い麻婆豆腐や。更に食が進む。

時には相手の出方を見、要求を無視したり受け入れたりしながら、巧みに独立と平和を維持した秀衡の政治センス、見習うべき所があります。
相手の気に入るように、怒らせないようにとばかり気を使っていても、それが平和に繋がる訳ではない。顔色や先行きを見る目。現代の政治家にもそれがあったらいいのにと思うことがあります。
奥州藤原氏の繁栄と独立を守った藤原秀衡を思いつつ、塩麴豆腐じ原秀衡をご馳走様でした。

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