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新じゃがツ奈良の大仏

皮が柔らかい新じゃが、皮を剥く必要なし。皮ごと食べられるので重宝。
新じゃがを料理しながら、大仏を妄想した記録。


材料

新じゃが  4個
ツナ缶   1個
白すり胡麻 お好みで
玉葱    1/4
出汁つゆ  大匙1
柚子胡椒  小匙1

主役は新じゃがですが、これに合わせるのに選んだのはツナ。淡白な味わい故に大体の素材にぴたりとはまる。
ツナ、なとくれば奈良だろう。奈良と言えば大仏。ということで東大寺の大仏を妄想開始。


新じゃがを圧力鍋で煮る。

奈良、平城京に大仏を造ろうと発願したのは第四十五代、聖武天皇。母方の祖父は藤原不比等。藤原氏が天皇の外戚になったのはこれが最初。
更にお妃は母、宮子の異母妹の光明子。二重に藤原氏と縁続きということになります。しかし、叔母さんと結婚したということになる。現代の感覚からすると、どうなのかと思ってしまふ。
しかし二人の間に生まれた子は一歳で死去。
藤原氏の勢力が強くなることを案じた皇族、長屋王の変という事変。
身内のことばかりではなく、天然痘が流行。災害や飢饉が頻発と政情不安な世の中。


玉葱薄切り。

祈りの力で世の中を変えようという意気込みか、大規模な国家的プロジェクトで国民を一丸としようという考えからか、天平十三年(703)に大仏建立の詔。二年後に建立開始。
どの位、大規模な事業だったかというと、当時の人口の約半分に当たる約260万人が動員。使われた金属ですが、銅が499トン、錫が8・5トン、金が0・4トン、水銀2・5トン。
完成までに9年。
天平勝宝四年(752)に開眼供養。この時に導師を務めたのは遥々、印度から来た高僧。他にも中国や朝鮮等々、アジアの国々から仏僧や使者が大勢、来日。国家の威信を示す行事にもなった。

茹で上がった新じゃがを食べやすく切る。

国家鎮護のために造られた大仏。世が乱れるとその威光もなくなるのか、威光がなくなるから世が乱れるのか。これまでに二度、焼失。
最初が源平争乱期の治承四年(1180)
東大寺と興福寺の僧兵達は平家と対立。そのため、清盛の五男、重衡が討伐に来て、兵火にかかる。この時に大仏は胴体の殆どを失う。
再建のパトロンになったのは源頼朝。僧侶、重源が指揮を取り、再建。
俗説ですが、頼朝は鎌倉大仏の造立も発願したが、果たせない内に亡くなったとか。


玉葱を炒める。油が回るまで。

二度目は戦国時代、永禄十年(1567)
松永久秀と三好三人衆との戦いで焼失。この時に頭部が焼け落ちる。
焼失の原因は失火、陣中に紛れ込んでいたキリシタンによる放火、松永による意図的な焼き討ちと諸説。
松永説だとすると、こんな問答があったかと妄想。
大仏殿に火を放てと命じた松永久秀、罰が当たると恐れる部下に、
「知らんのか?あれは木と金で出来ている」
単なる物質に罰など当てる力はないということ。
信長に先駆けた合理主義者だった松永久秀なら、そんなことを言うかも?


新じゃがとツナ投入。

秀吉が天下統一した後も大仏は再建されず。秀吉は古い物より新たな大仏をということで、京都の方広寺に木製の大仏。
慶長の地震で倒壊した時には、大仏のくせに地震に負けるとは情けないとして、大仏に矢を放ったとか。この時代の実力者達は神仏よりも自分達の力を信じていたと言うべきか。
都の大仏は再建されたが、奈良の大仏は放置されたまま。ようやく再建されたのは江戸時代。
貞享元年(1685)に再興開始、元禄四年(1691)に完成。翌年に開眼供養。
大仏殿は宝永六年(1709)に落慶。これが現在、我々が見ている奈良の大仏と大仏殿。大きく見える大仏殿ですが、創建当時よりも3/4の大きさに縮小。理由は大仏を収容出来る巨大な建物を作る木材が足りないから。


出汁つゆと柚子胡椒投入。大きく混ぜ合わせる。

東大寺大仏、毘盧遮那仏と言いますが、どういう仏様なのか調べてみると、サンスクリット語のヴァイローチャナに漢字を当てた名前。ということは大日如来とほぼ同じ仏様ということか。
大仏というのは、昔は世界中に居たという巨人族をモデルにしたのではないかと妄想。
日本にもダイダラボッチという巨人の伝説が全国的に分布。戦国時代、朝倉家に仕えていた真柄十郎左衛門という武士が使っていたという巨大な刀が熱田神宮の宝物館にありますが、普通の人間では持ち上げられないだろうという代物。真柄という男は恐らく巨人族の生き残りでしょう。


水分が飛んだら完成。

昔、まんが日本昔話というアニメがありました。
京都と奈良の大仏という話を覚えています。
腹が減った二人の大仏、蕎麦屋に向かう。
たらふく食べた後、金を持っていないことに気付き、走って逃走。しかし体が重く、すぐに捕まる。蕎麦屋の親父に麺棒で殴られる。
銅で出来ている奈良の大仏は、くわん、くわんと音を立てる。
「こいつ、散々に食っておきながら食わんだと」
木で出来ている京都の大仏は、こつこつと音を立てる。
「こつこつ働いて返すか、それなら許そう」
こうして二人の大仏は代金を返すためにコツコツと働いたとさ。


新じゃがツ奈良の大仏

白摺り胡麻をたっぷりとかけて頂く。すり胡麻の香ばしさが旨味を増す。
柔らかい新じゃがに絡むツナ。出汁つゆの味に混ざる柚子胡椒の辛み。これは新たな煮っ転がしか。
ツナからタンパク質、新じゃがのビタミンCや炭水化物、玉葱から血液サラサラ効果の硫化アリルや抗酸化作用のケルセチンと栄養たっぷり。

まんが日本昔話のような良質なアニメって最近は見掛けない。
都の方広寺大仏は寛政十年(1798)に落雷で焼失。以後は再建されず。
つまり元禄四年(1691)に奈良の大仏は再建されたので、107年間は奈良と京都に大仏が存在。蕎麦屋の食い逃げ事件はその間に起こったということになる。
というか、大仏のような巨人族が存在したということを示唆している?
そんなことを妄想しながら、新じゃがツ奈良の大仏をご馳走様でした。

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