「リサイクルショップはせがわ」

「ああ……暇(ひま)だ……」

おじさんのお店――「リサイクルショップ・はせがわ」でバイトして3年目。
いまだにフリーターでくすぶってる俺ですけどなにか?

「うう……ったく、仏壇屋(ぶつだんや)みてえな名前だから客が全然こねえじゃねえかよ」
言って、レジのカウンターにぐったりと突っ伏す。

もう9月も半ばだというのに、残暑が名残惜しげに東京の片隅にとどまり、
庶民にうとまれ続けている。
かくいう俺はお店の中でクーラーという文明の利器(りき)におぼれ、
エコそっちのけで涼みまくっているわけだが…
おかげですっかりクーラー病だ。

だるい。だるすぎる。
いや、だるいのはクーラーのせいだけじゃないか。
俺の人生がそのものが、そもそもだるいのかもしれない。

もう何度目かもわからない溜息をついたそのとき――

カランコロン♪ 

店のドアに結びつけてあった鈴が鳴り、 お客さんが入ってきた。

「い、いらっしゃいませ!」

俺はカウンターに投げ出していた体を慌てて起こした。

入ってきたのは年配の女性客で、
昔は相当モテただろうなあと安易(あんい)に想像がつくほど、
目鼻立ちの整った品のいいおばあさんだった。

銀縁メガネの奥でくりくりとした目がせわしなく泳いでいる。
お目当てのものが見つからないのだろうか。
豊かな白髪にふんわりとした上品なパーマがあてられていた。

「あの……」

――と、おばあさんが遠慮がちに俺に尋ねてきた。

「小さい子供用のオモチャは置いてあるかしら?」

柔和(にゅうわ)な笑みをたたえたまま、 まっすぐに見つめられて、
思わずドギマギしてしまう。

「あ、ありますよ! こちらです!」

うわずった声でオモチャ売り場におばあさんを案内する。
おばあさんはニコニコしながら俺のあとに続いた……


オモチャ売り場に向かいながら、
おばあさんがふと思い出したような口調で俺にきいた。

「3歳くらいの女の子なのよ。どんなものがいいかしらね?」

それで俺の緊張は和らぎ、すぐに同じ年頃の姪の顔が浮かんだ。

「音が鳴るものですね。小さい子はみんな好きですよ。
これなんかどうですか?」

売り場についた俺は、携帯電話のオモチャをひとつ
手に取っておばあさんに渡した。

おばあさんが赤くていっぱいボタンのついた携帯電話を
しげしげと眺める。

「これ……話せるの?」
「え? いや、ええと、オモチャなんで、その……」
「あらやだ、そうよね、うふふ」

恥ずかしそうに笑うおばあさんにつられて俺も苦笑する。

おばあさんが興味を電話に戻し、いろんなボタンを押し始めた。

「あ、すみません。それ今、電池入ってないので鳴らないんですよ」
「あら、残念」

おばあさんが残念そうに肩をすくめた。

携帯は『お助けキューピット! マイマイ★マリンちゃん』
というアニメキャラのグッズ商品で、ボタンを押すと
主人公マリンちゃんの声やオープニングの曲などが
電子音で流れる仕掛けだった。

おちこぼれでおっちょこちょいの天使マリンちゃんが、
天使の正式な試験に落第し、 地上へ修行に出される。

そのとき天使の羽をもがれて、
代わりにカタツムリの殻(から)を背負わされる。

アニメの中で何か怖いことに出くわすと、
マリンちゃんはすぐに殻に引きこもってしまう。
それが お約束のギャグとなっている。

それでも勇気をだして、地上を彷徨(さまよ)うあわれな魂を
天上界に送り届けるのがマリンちゃんの修行であり、
使命なのだ。

携帯のアニメキャラについておおざっぱに説明してみせると、
おばあさんはなるほどねえと感心したように何度も頷き、
「これいただくわ」といってニッコリ笑った。

「天使ちゃんの携帯なら、あの子の声が聞こえるかもしれないもの」
「え?」
「今日が孫の命日なのよ。
それで何かあの子が好きそうなものをお供えしようと思って」
「…………」

俺は言葉を失い、そのまま動けずにいた。

「あら、ごめんなさい。
こんなこと言うつもりじゃなかったのにね。
あなたと話していたらなんだか楽しくて、
ついうっかり口がすべってしまったみたい。
いろいろとご親切にありがとう」

おばあさんがぺこりと頭をさげる。

「あ、いえ……。どうも、ありがとうございました」

携帯のオモチャを袋につめておばあさんに渡したあと、
しばらく茫然としていた。

奇妙な罪悪感が胸の奥で埋み火(うずみび)のように燃えて、
じくじくとした痛みが残り続けた。

ふと、レジの傍(そば)を占領している棚に目をやる。

――っ!!(く!っと電池の束をわしっとつかんだ息芝居)

俺はそこにある物をひとつかみ掴んで、店の外へと駆け出した。

まだ間に合うかもしれない!
どこだ! おばあさんはどっちにいった!?

店を出てすぐの十字路であたりをうかがう。

いた!

おばあさんは遠くの横断歩道をゆっくりと渡っていた。

俺は息が切れるのもかまわず、全力でそのあとを追った。

「おばあさん!」
おばあさんに追いついて叫ぶと、
おばあさんが驚いた顔で振り返った。

「ごめんなさい。忘れ物でもしたかしら?」
「いえ、こ、これ……これで、話せます!」

俺は持ってきた電池のパックをおばあさんに見せた。

「!? まあ……わざわざこれを?」

「マイマイ マリンちゃんは天使です!
地上で彷徨ってる魂を天上界まで送り届けてるんです!
だから……だからきっと、お孫さんのことも知ってます!」

26歳にもなって、自分が馬鹿なこと言ってるのはわかっていた。
でも、なにか、このおばあさんにできることがあるとしたら――

「そうね。うん。きっとそうだわ……」

薄紫色(うすむらさきいろ)のハンカチをだして
おばあさんがメガネの奥をぬぐった。

俺は携帯のオモチャを預かり、電池を入れた。

ぽち。

『ハロー♪ あたしマイマイまりんちゃん♪
今日もあなたの声を届けにいきますわ!』

携帯からかわいい女の子の声が流れた。

「ほんとね。これならあの子と会話できるわね。
ありがとう……」

おばあさんが目を潤(うる)ませながら礼を言って、
またぺこりと頭を下げた。

俺は、電池の代金を払うといってきかなかったおばあさんを
なんとかなだめ、そのまま後姿を見送った。

青と白のさわやかなワンピース姿が見えなくなってから、
店へときびすを返した。

「リサイクルショップ・はせがわ」のダサい看板が目に入ってくる。

残暑の厳しい、うだるような熱気の中で
俺はちょっとの間、その看板を眺めていた。

俺の人生……案外、悪くないかも……。
そう思った。

ーおわりー







水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。