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「何かあったらと思うと心配でたまらないんです」( #別居嫁介護日誌 66)

突然降ってわいた、義父の緊急入院。義父が長期間留守にするとなるとその間、義母は一人暮らしを続けられる……? いや、難しいだろうというのがケアマネさんをはじめ、介護チームの共通見解だった。わたしも夫も同感だったのはもちろん、義父もそれに同意してくれた。

問題は義母である。

日ごろから、失禁も認めず、なくしものの大半は「2階のドロボウ」あるいは「遊びに来た小さなお子さん」(いずれも幻視によるもの)によるもの。もの忘れがひどいのは夫(義父)や息子(わたしの夫)であり、自分は、忘れたことを軽やかに忘れてしまう。そんな義母が、一人暮らしの限界など感じるわけもなく、「留守を預かるのが、わたしの務め」だとおっしゃる。

これまで義母に対して、説得を試みたことはほとんどない。理屈っぽく、感情よりも理性を優先しそうな義父ならともかく、気分屋の義母を説得したところで聞いてもらえる気がしなかった。むしろ、「いやなことを無理強いした」という印象が残るのはよろしくないとも思っていた。

しかし、背に腹は変えられない。このときばかりは必死に説得を試みた。

「おかあさんがひとりでいて、何かあったらと思うと心配でたまらないんです」
「後生ですから、お父さんが入院している間、自宅ではなく、安全な場所でお過ごしてください」
「おかあさんもお疲れでしょうから、療養所のようなところで……」

厄介もの扱いされたと感じさせないよう、あくまでも「心配だから」という理屈で押し通す。いざとなったら“泣き落とし”をするのも有効だと、何人かの介護経験者から聞いていた。ケアマネさんからもそう助言があった。
なんとか義母に状況をわかってもらおうと説明しているうちに、自然と泣けてきた。感情が高ぶり、ウソ泣きをするどころの騒ぎではない。ガチ泣きしながら、切々と施設への一時入所の必要性を訴えた。

ところが!

義母の気持ちはビタ一文揺るがなかった。あまりに平然と「それはそうかもしれないけど、療養は必要ない」と言い返され、呆然するばかり。さすがに少し迷うぐらいはしてもバチは当たらないと思うんですよ。おかあさん! もともと疎遠だったし、義理の関係なので、あれこれ生活に口を出す間柄でもないと思って控えてきたけれど、この緊急事態に、涙ながらに説得してもまるでノーダメージ。こりゃダメだ!

涙は瞬時に引っ込み、腹も立ってくる。そこまでおっしゃるなら、お好きになさったらよろしいんじゃないでしょうか。そう喉元まで出かかっていた。心の中では9割方、さじを投げていた。しかし、そこで現実に引き戻してくれたのはたまたま、その日に訪問してくれたヘルパーさんの「おひとりは難しいと思う」という意見だった。「お父さまが入院したことを忘れて、外に探しに行ってしまうかもしれません。考えたくないことですが、そのまま迷子になったり、交通事故にあったりすることも……」とも言われた。

いかにも、ありそう! 何せ、義母は「わたしはピンピンしているから、療養なんて必要ない」と手をブンブン振り回して見せるぐらい、体力があり余っているのである。頭いてぇ……。

こうなったら、かわいい一人息子(私の夫)の泣き落としでも試してみたいところだが、あいにく夫は午後から仕事の予定があり、午前中の医師との入院相談が終わると早々に実家を離れていた。残された最終手段は……医師である。

義父の入院前のインフルエンザ検査に訪れた医師に頼み込み、義母とふたりきりで話してもらった。すると、ふてくされながらもイエス! このときほど、医師が神様に見えたことはない。これまでのやりとりのなかで、引っ掛かりを感じたこともなかったわけではないが、この素晴らしい功績の前にはすべてがかすんで見える。先生、ありがとう! おかあさん、どうか気が変わらないで!!

あのとき、義父は死がすぐ隣に迫っていて、決断のタイミングが少し遅ければ、亡くなっていても不思議はない状態だった(搬送先での検査で、呼吸停止の一歩手前にあったことがわかった)。でも、そんな義父への対応より、義母の対応のほうが圧倒的につらく、消耗した。

ただ、あとから振り返ると、あの義母の強情さはちょっと笑える。一緒に暮らしてるわけでもない子どもやその配偶者が心配だのなんだの言っても、ちゃんちゃらおかしい。そんな気丈でプライドの高い義父母だからこそ、80代半ばを過ぎるまで子どもに頼ることも、泣きつくこともなく、ピンシャン元気に暮らしてこられたのかもしれないとも思うのだ。


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