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どうやらすごく悪いみたいなの(別居嫁介護日誌 #50)

きょうだいバトルの火種がくすぶるなか、久しぶりに夫の実家から着信があった。折り返すと、「はい……」と義父が出た。声がやたらと暗い。

「おとうさん、どうですか? よく眠れていますか」
「僕は大丈夫なんですが、家内が……」
「何かありました?」
「本人と話してみてください。僕ではどうも話にならなくて……」

なになに? しばらく大きなトラブルがなかったのですっかり油断していたけれど、思い切り不穏な気配が漂っている。俄然、不安になる。

「ごめんなさいね。あなたも忙しいでしょうに……。あの子は元気でやってる?」
電話口に現れた義母がまた、妙に暗いのである。ものとられ妄想が再燃したか、はたまた、まったく違う何かが起きているのか。

「おかげさまで風邪ひとつ引かず、元気にやってますよ。丈夫に生んでくださったおかあさん、さまさまですね!」
「そう……、それならよかったわ……」
務めて明るい声を出し、さらにはヨイショも織り交ぜてみたのに、ちっとも乗ってきてくれない。これはいよいよ厄介な気配がする。

「おかあさん、なんだか元気がないですけど、何かありました?」
思い切って、踏み込んでみる。でも、義母は「心配をかけるだけだから、あれなんだけれど……」とモジモジ。ええい、面倒くさい!
もう、ここまで来たら、矢でも鉄砲でも持ってこい気分満点だったのだけれど

「わたしね……、どうやらすごく悪いみたいなの」
「悪い……というのは?」
「自覚はまったくなかったんですけれどもね、どうもすごく良くないみたいで……。役所から書類が届きましてね」
「なるほど。役所から……どんな書類が届いたんですか」
「ほら、介護がどうとか書いてある……」
あ!!!!!

そういえば、介護保険の区分変更を申請し、認定調査を受けた結果がそろそろ届く頃だということをすっかり忘れてた。

「おかあさん、もしかしてその書類って要介護がどうとか……」
「そうなの! お父さまもわたしも以前は『1』だったでしょう? それが今回は『3』って書いてあって……」

要介護3、とれたのか!!!

訪問介護や訪問看護サービスを導入したことで、普段の生活ぶりが見えてきて、「要介護1」では介護サービスが足りなくなるかもしれない……と助言されての、区分変更申請だった。ただ、ケアマネさんからは「区分変更をかけても、必ずしも要介護2をとれるとは限らない」とも言われていた。

調査員さんの前ではいつも以上に張り切って、しっかりしたところを見せるのは、初回の認定調査のときにわかっていた。しかも実際、日によってはかなり調子がよく、「中程度の認知症」と診断されたとはとても思えない日も結構ある。

とくに義母は相手をよく見ているし、質問にうまく答えられないときのごまかしかたも抜群にうまい。アドリブでしれっと切り抜けてしまうのだ。

でも、どうやら義母の口ぶりでは書類には「要介護3」と書いてあったらしい。

「この『3』っていうのは、かなり進行しているってことを意味しているのよね……」
義母が今にも泣き出しそうな声で言う。まずい、早くフォローしなくちゃ。

「おかあさん、それ、大丈夫なやつです!」
「だって『3』よ。ふつう、『1』の次は『2』でしょう……?」
「その数字は大きければ大きいほど、たくさんサービスを使えますよって意味なんですよ」
「そうなの⁉」
とたんに義母の声が明るくなる。

「しかも、サービスを使うかどうかは自由なんですよ。『使わなくちゃダメ』ってことでもなくて、使える上限が広がるイメージです」
「それって……ものすごくお得なんじゃない!」
「その通りです! 申請するためにはドクターの推薦状がいるんですが、おかあさんのためにきっと、先生が一生懸命作文してくれたはずですよ」

まるっきりのウソでもない。認定調査の際には主治医からの『意見書』を提出してもらう。医師がしっかり必要性をアピールしてくれなければ、要介護3をとるのは難しかったはずだ。
「あらやだ、わたしったら心配して損しちゃったわ。ウフフフ」

電話の向こうから「ほら、言っただろう。だから心配しなくていいって」と笑う義父の声が聞こえる。「だって、“飛び級”なんだもの。びっくりしちゃうわよ」と言い返す義母の声も弾んでる。どうやら危機は脱出したらしい。

「今度、先生にあったらお礼を申し上げなくっちゃね。ところで、この書類はしまっておけばいいのかしら」
そうそう、ここで紛失しちゃうとこれまた面倒なんである。

「大事な書類なので、引きだしの一番上あたりに入れておいてください」
「例の人に盗まれると困るから、かくしておきましょうか!」
いやいやいやいや、それだけはお許しを。ウキウキと隠し場所を考え始めた義母をなんとかなだめ、引き出しにしまってもらう。アブなかった!

ケアマネさんに連絡すると、その日の夕方にピックアップに寄ってくれるという。ありがたい! あとは、夕方まで義母の隠したくなっちゃうモードが再燃しないことを祈るのみ。まあ、サイアクなくなったら再発行してもらえればいい。それにしても、要介護3とれましたか。飛び級ショックにガーン! となってしまった義母は気の毒だったけれど、これで選択肢が増える。認定調査に立ち会い、プレゼンした甲斐があった! と確かな手ごたえを感じていた。


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