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競争を降りても人生は続く

 プロサッカー選手とうつ病の関係は深い。現在、日本のプロサッカークラブ、ヴィッセル神戸に所属するアンドレス・イニエスタは、2018年に放送されたテレビ番組で、自身がうつ病にかかっていたことを告白した。

 元ドイツ代表でもあり、ハノーファー96のゴールキーパーを務めていたロベルト・エンケも同じ病に苦しみ、2009年夏、踏切から特急列車に飛び込んだ。

 2015年のFIFpro(国際プロサッカー選手連盟)の調査によれば、プロサッカー選手のうち、現役選手の38%、引退選手の35%がうつ状態、あるいはそれに準ずる不安症状を訴えていたという。さらに2020年の調査では、コロナ禍でロックダウンなどの措置を取った国のプロサッカー選手のうち、女性選手の22%と、男性選手の13%に、うつ病の診断と一致する症状が報告された。

 かたや、日本での一般に対する調査では、うつ病・うつ状態を含めた数字が7.9%で、コロナ禍以降は17.3%に増加したと言われている。決して少なくはないが、プロサッカー選手のおよそ二分の一だ。

 実力主義の世界だからこそ、常に競争し、生き残らなくてはならない。彼らが手にする富と名声の裏側には、それ以上の精神的な重圧があるのだろう。
 プロのレベルに到達するほど、サッカーだけに人生を賭けて生きてきたならなおさらだ。

 今、そんなことに関連する本を読んでいる。
 フットボールライターの豊福晋氏の著書『カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち』だ。

 この本には、名門フットボールクラブのFCバルセロナ(愛称バルサ)の下部組織に所属し、少年時代のメッシとともにプレーしていた選手たちのその後が記されている。彼らは、十数年前はメッシと並び称され、あるいはメッシよりも有望だと言われながら、その誰一人としてメッシのようなスター選手にはなれず、プロサッカーの世界から消えて行った。

 彼らのうちのある者はボクシングのコーチになり、ある者は実家の肉屋を継ぎ、ある者は動物飼育員になった。サッカーのキャリアが終わっても、人生は続いて行く。周囲の期待を一身に受けてバルサに入りながら、「メッシになれなかった」落伍者であることを抱えて、彼らは生きているのだ。
 著者の取材を受けた彼らはみんな一様に「メッシは素晴らしい選手だった」と称えるが、その言葉には「自分にメッシほどの才能はなかった」という、挫折と諦めが滲み出ているように思えた。

 登場する「元バルサ」の中の一人に、フェラン・ビラという青年がいる。彼はバルサ時代、世界最高の名門チームの下部組織でのポジション争いのプレッシャーによって、うつ病に悩み、一年間、精神科に通い続けることになった。地元で一番のプレーヤーも、精鋭ばかりが揃うバルサでは、並の選手に過ぎなかったのだ。
 フェラン少年は試合のたびに嘔吐するようになり、失敗を恐れて本来できるはずのプレーもできなくなった。そうしてチームを辞めたが、その後は、サッカーも勉強もうまくはいかなかった。
 そんな経験を通して、彼は「人生の厳しさを知った」のだと言う。

 うつ病になってまで「人生の厳しさ」を知る経験というのが、本当に必要なものだったのだろうか。そうとでも思わなければ生きて行けないという心境はわかりすぎるほどわかるけれど、ならなくて済むのならうつ病になんてならない方がいいに決まっている。――それでも、地元のみんなに期待され、あのバルサでプレーするという夢のような状況を前にした時、きっと冷静な判断なんて誰にもできないだろう。
 下部組織でキャリアを積んで、いつかトップチームに。彼もそんな華々しい将来像を描いてしまったのだ。
 彼は今、別のチームでプレーしながら実家の肉屋で働いている。

 唯一、他人よりも得意なことがサッカーだったのに、バルサに入って自分の実力はそこまでではなかったという現実を知り、うつ病になって辞めた――。「バルサに入って」というところさえ違っていたら、どこにでも転がっている話なのかもしれない。好きなことで十分に食っていける人間なんていうのは、この世界のほんの一握りだ。

 かく言う私だってそうだ。憧れていた会社に入った矢先、自分くらいのレベルでは通用しないことを知って、それでも「これしかない」「後がない」と思い続けているうちに、気付いたら精神状態がおかしくなっていた。プロサッカーの世界と比べたらあまりにも低い次元の話だけれど、多分同じようなものだ。

 当時は、今ここを辞めたら、その後にどういう人生を送ったらいいかわからないと感じていた。確か母親は「もっと自分に向いている仕事を探したらどう?」と言っていたっけ。そう言われても、他にできる事なんて何もないと思っていたのだ。今さら将来像を描き直すことなんてできなかった。

 息子がバルサに入ることを反対していたフェランの父親は、本の中でこんなふうに語っていた。

「人にはいろんな生き方があるんです。メッシは成功した。でもその他の多くは、その道では食べていけない。それでも人生は続きます。フェランがバルサをやめると決断したあのときからも、彼の人生はしっかりと続いているように。個人的には、この肉屋の仕事は彼には継いでもらいたくはないです。私の世代で終わりにしたい。名残惜しくはありますよ。でもフェランは、彼の人生を、自分がやりたいことをして生きるべきです」
(『カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち』豊福晋)

 夢破れても、人生は終わらない。人にはいろんな生き方がある。――そして多くの人は、自分が成功しないということを、どこかで認めなければいけない時がくる。そのタイミングが早いか遅いか、なのだろう。

 しかし、成功を掴んだとして、その先にも苦悩はある。フェランが辞めたバルサのトップチームで活躍していたこともあるイニエスタは、うつ病だった時の症状をこんなふうに語っている。

「日々が楽しめなくなり、少しずつ自分が自分でなくなっていった」「周りの人が無関係な人に見え始めた」「感情を失い情熱を失って、内側から少しずつ空っぽになっていった」「家でも何かが起こるのではないかと、どきどきした」
(https://news.yahoo.co.jp/byline/kimurahirotsugu/20181217-00107809)

 うつ病を患っている人が今これを読んでいるとしたら「ああ、同じだ」と頷いていると思う。私もそうだった。一般人だろうと、世界から注目されるスタープレイヤーだろうと関係なく、うつ病とは「こういう苦しみ」なのだ。世界が平板に、色褪せて見えて、自分が存在することに何の意味があるのかわからなくなってくる。目が覚めている間中その苦痛が続く。

 フェランがその才能を前に挫折を感じたメッシですら、かつて試合の度に嘔吐するシーンが放映されていた。同僚だったフェランは言う。

「ピッチの上でレオが嘔吐しているシーンが、よくテレビカメラに抜かれますよね?体調が悪い、消化器系に問題がある、なんて言われています。しかしあれは重圧からくる精神的なものです。私自身、実際にバルサ時代にピッチ上で同じ体験をしましたし、彼のことも見ているから手に取るようにわかります。あれは極度の緊張や不安がもたらす、100%精神的なものです。誰もが、メッシくらいの存在になれば緊張なんかしない、なんて思っていますが、全然そんなことはないんです」
(『カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち』豊福晋)

 プレッシャーと不安に絶えず襲われていれば、誰だって精神のバランスは崩れるのだ。(※うつ病はそれだけが原因とは限らないが)誰かの期待に応えようとするのも、他の道はないと自分を追い込むのも、一種のプレッシャーだ。それは、メッシレベルのプレーヤーにも、私たち一般人にも無関係ではない。

 たとえバルサに入らなくたって、自分を厳しく批判することを繰り返し、他人と蹴落とし合っているのなら、ある意味バルサの中で生きているのと同じだ。人は自分がそういう生き方をしていることになかなか気づけず、他人にも同じ物差しを当てようとする。

 確かに競争社会で生き残るには、強くならなければいけない。人を蹴落とし、実力で欲しいものを手に入れられるくらいに。賃金、名声、他者の承認、いろんなものを巡って誰もが競争をしている。
 だけど、それだけが人生じゃない。

「辛いのなら、そこから降りたっていいのだ」

 ということを、山間ののどかな村で暮らしてきたフェランの父や、地方の自営業者だった私の母は、きっと知っていたのだろう。
 私にはそれが、病気になるまでわからなかった。降りたら負けだ。降りたら終わりだ。そればかりで、その後も続く人生のことを、一度も考えもしなかった。

 だからこそ今、必死で模索している。

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