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#114 デパートメント小景

 もう先週の話だが。

 デパートが好きだ。なんかもうデパートというだけで異世界なところが好きだ。1階に広がる化粧品売り場なんかもう個人的には異世界すぎるんだけど、当時の彼女が化粧部員と話し込んでいるのをボーッと待っているのも好きだった。

 デパートというのは家族みんなで押し寄せて丸一日楽しめるように出来ている、というのをなにかで知っている。大学の美学かなにかの講義だったかもしれない。昼前に現地についた家族が地下に車を停め、まずは腹ごしらえということで8階のレストランに行き、食休みに同階の美術品のコーナーを眺める。そこから順々に下に降りていくとおもちゃ売り場があり、呉服があり、紳士服売り場があり、婦人服売り場があり、1階が化粧品売り場、地下が食品売り場。夕方になってまた車で家に帰る。そういう消費者のモデルがあったそうな。もちろん電車で来てもよい。駕籠でも馬でも差し支えない。あるか。なんでもええわジイチャン!

 父方の祖母が大のデパート好きで、かつては日曜になると毎週判で捺したように”特に用事もないのに”家族一同で吉祥寺の東急デパートに出かけて帰ってきていた。正月にはたいして欲しくもないのに福袋を買いに並ぶ。この強制力、あたくしの母(嫁)というのがこれに堪えきれなかったらしく、日曜も無視して勝手に動くことでこの習慣も廃れていった。
 それから数十年、祖母だけは伯母を運転手にデパートに出かけ、ぶらついてコーヒーを飲んで帰るということをしていた。これにはアタシも随分ご相伴に預かった。帰りは歩いて帰った。
 あのデパートも裏にスタバが出来たあたりからやはり変わったように思う。スタバなんぞ行く人は毎日行っていると思うのだが、そう「毎日行く」ものがデパートのパーツに組み込まれてくるあたりが大きな変化であっただろう。こどもにとっても、屋上のバルーンドーム(多分もうない)は、なんだかぽつんとあるお稲荷さん(多分まだある)は非日常の化身だったのだ。
 いまでも屋上のビアガーデンは非日常だ。

 母方の祖母というと中野のマルイであった。こちらは吉祥寺東急と比べるとおもちゃ売り場もなかったし、そんなにフロアには旨味がない、と思いきや屋上にはそうとう大規模なゲームセンターがあった。格ゲーブームなど来る前のことだ、独りで遊ぶタイプのアーケードゲームはずいぶん遊ばせてもらった記憶がある。ここの最上階のレストランのドリアもずいぶん食べた。
 ドリアといえば阿佐ヶ谷の南口にあった「ウェンディとピーターパン」という洋食屋のラザニアもずいぶん食った。麺にほうれん草が練り込んであって緑色をしていた――と、勢いに任せて書いているのですぐに話が脱線する――いや、わざとだ。「ウェンディとピーターパン」は記事として残しておく必要がある。きっとウェンディが先なのだ。なんでかは知らないけど……

 いまの家に越してからは上記記事の西武池袋、盆暮れの贈答品に大変お世話になっている。結婚指輪もここでった。アメリカ資本の連中にゃ「お歳暮」も「お中元」も判断わかりゃしないだろう。ただ、昔の人ほど「デパートの包装紙にくるまれている」といのを大事にする。今ァエコ包装だなんだとうるせえが、昔は「三越の包みに入った浅草海苔」ったら贈答品として、田舎で相当な破壊力をもった。米どころであればなおのこと、握り飯に巻くところまで想像してじっつぁまもばっつぁまも顔をほころばせた――これはかつてアタシが山形の田舎に行くときに「お土産には海苔を持っていくと歓待される」というノウハウがあり、そして実際に歓迎されたことによる。「名のあるデパートの包み紙」「浅草海苔」人間は肩書を、能書のうがきを食っている。

 そろそろ読んでいるほうも疲れるだろうから着地点を見つけるが、かつてはデパートが担っていた「非日常感」を維持できるくらいには儲かってたんだろうなぁ、と、そこに尽きる。いまもデパートの中をウロウロするのは好きだけれど、「なにか買うか」というと、買わない。高い食器を、片岡球子の絵を、なんらかのリトグラフを眺めるだけだ。茶道具を眺めているのは好きだが、実際に茶の湯をする財力もない――みんな貧しくなっちゃったんだなぁ。貧しくなっちゃうとデパートというのは本当に敷居が高いものになってしまうんだろうなぁ。と、かくいうあたしも貧乏だが、いまだにかつての慣れ性でデパートを闊歩し、やはりデパートはいいなぁ、というのは解る。でも、解るだけだ……

 先日さる筋からYシャツの生地と仕立て券のセットをもらったので、新宿の京王デパートに作ってもらいに行ったら、店員さん嬉しそうだったものなぁ。なかなか生地から仕立ててシャツを作ろう、てな人もいないんだろうな。仕立てに二ヶ月かかるってのがちょっと驚きだったが、そうした仕立ての職人もおそらくはいなくなっている。
 跡地に入るヨドバシも非日常には違いないが、アキバのヨドバシも嫌いぢゃないが、でもあればドン・キホーテと同じ種類の非日常なのだ。うず高く積まれた商品。ギラッギラの照明。明確に、デパートではない。憧れでは、ない。

みなさんのおかげでまいばすのちくわや食パンに30%OFFのシールが付いているかいないかを気にせずに生きていくことができるかもしれません。よろしくお願いいたします。