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生きているその瞬間を描く

水墨画家としても活躍する砥上裕將氏が、第50回メフィスト賞を受賞し、改題した単行本を読み終えました。

両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介は、アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。なぜか湖山に気に入られ、その場で内弟子にされてしまう霜介。それに反発した湖山の孫・千瑛は、翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると宣言する。 水墨画とは、筆先から生みだされる「線」の芸術。 描くのは「命」。 はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、線を描くことで次第に恢復していく。 (Amazon内容紹介より)

「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ。」と言った湖山先生の言葉がふいに胸によみがえった。湖山先生はあのとき、とてもたいせつなことを教えてくれていたのだ。今いる場所から、想像もつかない場所にたどり着くためには、とにかく歩き出さなければならない。p262
水墨画は確かに形を追うのではない、完成を目指すものでもない。生きているその瞬間を描くことこそが、水墨画の本質なのだ。(中略)「心の内側に宇宙はないのか?」というあの言葉は、こうした表現のための言葉だったのだ。p276

両親を1度に亡くした喪失感の中で生きる青年が、戦争で家族も夢も失い、生きる意味を失ったところを、水墨画を描くことで取り戻した水墨画の巨匠に見出され、自身も水墨画に魅了され、心の扉を開けていくという、美しいストーリーを一気に読み終えました。

心理描写ももちろんですが、本物の絵師が書かれただけあって、筆の動きがとてもリアルで、技法も詳しく、文章だけでもその世界に入り込むことができます。

現在「週刊漫画マガジン」に漫画として連載され、原作者の水墨画をみることが可能だそうです。

新しい小説が登場してきたとワクワクする物語で、今後が楽しみです。


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