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【翻訳】アリー・アブーヤシーン「ラマ/ガザよりシェイクスピアへ」『ガザモノローグ2023』

ラマ


 戦車が家を砲撃したら、すぐに自宅を離れないといけない。なぜなら、戦車は無差別に砲撃するから。悪意をもって破壊し、警告なしに人を殺すから。戦車は頭のいかれた怪物だ。見境なく建物を切り裂いていく......。
 アブー・アハメドは大事な書類の入ったカバンと服を運びながら、頭の中でそう考えた。そのカバンは、ガザのどの家にも用意されている。中に入っているのは、IDカード、パスポート、出生証明書、賃貸契約書、大学の卒業証書、そして一番大事なUNRWAのカード。そのカードが、自身が難民であること、学校に登録してもらう資格があること、そして食糧支援やマットレスなどの物品を受け取る資格があることを証明するからだ。
 アブー・アハメドは、妻、子供、車椅子の母、孫を連れて、急いで自宅を出た。彼らは通りを走りはじめた。その間にも、炸裂弾の音が耳をつんざいた。火山が噴火したかのように、まわりに石が飛んできた。彼らは走り続け、お互いに身をかばいながら、自分達をくまなく取り囲むこの地獄からどうか助けだしてくださいと神に祈った。走る間、彼らは何度も何度も躓いては起き上がった。一分一分が過ぎ去っていく。まるで何時間も経ったかのようだ。アブー・アハメドは母の車椅子を押す。毎分毎秒、彼は家族を確認する。最も大事なことは、誰一人も殉教していないということだ。今は怪我なんてどうでもいい。転んで起き上がれないものはいないか? 誰も遅れていないか? 彼の頭の中には千の目と千の心があった。
 彼らは走り続け、とうとう空爆地帯から抜け出した。一息つくと、次はサラーフッディーン通りを目指して歩き続けた。ガザ渓谷の先の安全地帯へ、つまり南部へ行くためだ。アブー・アハメドは、テレビドラマ「故郷喪失 al taghriiya al filastiiniyya」の離郷のシーンを思い出さずにはいられなかった。悲しみを誘う音楽が流れる中、移民たちは持ち物を背負って亀と変わらない速さで歩いていた。しかし、彼が怒りを覚えたのは、家を追われた彼らの移動が、自分たちほど素早く恐怖に満ちたものではなかったということだった。瞬く間に、私たちは6000mを移動した。どうやってこんなことができたのか、自分達にもわからない。そのドラマのシーンを止めてくれ、私たちに最後まで歩かせてくれ。
 戦車が近づいてくると、人波がとつぜん彼を飲み込んだ。この人たちは何処から来たんだ? あのドラマの監督ハーテム・アリーが、この追放と移動のシーンを撮るために、大勢のエキストラを呼びこまなければいけなかったらしい。ああ、私は何を話しているんだ。ドラマのシーンなんて放っておけ、自分自身に注意を払え、自分の身に降りかかった明白な災厄から目を逸らすな。
 戦車に近づくと、クワットコプターが飛んでくる。そして全員の姿を撮影し、怪しい者はその場で撃つ。最も大事なこと、それは止まることは徹底的に禁止されているということ、そして、手を下げることが禁止されているということだ。手はバッグを運んでいる間も上げ続けなければいけない。もしバッグを手から落とし、それを拾うために屈もうものなら、あなたは即座にクワッドコプターから撃たれて、殺される。
 彼は家族のもとに戻った。大丈夫だ、前へ歩いて、そうだ、みんなここにいる。手を離さないで、もっとくっつこう。まるで私たちは復活の日にいるみたいだ。前へ進んで、止まっちゃダメだ。気を付けて。数分後には、戦車が私たちのために道をあけてくれる。必ず、すぐに通り抜けられる。
 ああ、なんてことだ。まるでガザの人口が200万人ではなく1億人になったかのようだ。さあ、行こう。ゲートが開いた。急がないと。すると突然、戦車の上にいた兵士が言った。「お前、女の乗った車椅子を押しているお前だ、車椅子を置いていけ」
「はい、今すぐ」と言って、彼は母を持ち上げると、母と共に走り始めた。二人は戦車の間を通り抜けるまで走り続けた。しかし、南部まではだいぶ距離がある。南部まで、どうやって母を運べばいいのだろう? 戻って母の車椅子を取り戻さなければいけない。命のかかった決断、だが問題ない。私の母が死ぬか、私が死ぬかだ。彼は母を地面に置くと、車椅子に向かって走っていった。シャハーダを唱え、いつ死んでもいいように身構えた。どうにか、彼は車椅子まで行くことができた。車椅子を取り戻し、戦車が道を塞ぐ前に急いで戻った。最後の最後、封鎖される前に、彼は戦車を通り過ぎた。彼らは全員で走りはじめた。その間も、兵士の声はずっと「止まるな、止まるな」と呼びかけていた。
 彼は再び家族を確認した。だが、今度は8歳の娘がいない、ラマだ。彼は家族に向かって叫び始めた。「ラマはどこだ? 私のラマはどこにいる!?」。誰も答えなかった。すると息子のアハメドが言った。「必ず戻ってくる」。狂ってる、奴らに撃たれるにきまってる。止まることは禁じられている。ましてや戻るなんて。戻ったら絶対に死ぬ。息子よ、もう行こう。彼は無理矢理、彼を引っ張りはじめた。その間も、アハメドの父は繰り返し言っていた。「神があなたを守ってくれますように、ああラマよ。神があなたを守ってくれますように。私の小さな娘よ、愛しの娘よ」
 彼は南部を目指して歩いた。その間ずっと、ラマの姿が脳裏から離れなかった。思い出したのは、彼女が生まれた日のこと、そしてはじめて歩いた日のこと、彼女が歩くのを助けたときのことだった。どれほど多くの子供の歌や物語を、寝る前に聞かせてやっただろう。はじめて小さなカバンをもって幼稚園に行った日、彼女はまるで無垢で色鮮やかな蝶のようだった。ああ、ラマ。心の一部、心の喜び。ああ、私の愛するラマ。
 彼は妻の声で我に返った。「ヌセイラートキャンプの入り口に着いたわ。このままサラーフッディーン通りで待ちましょう」。もしかしたら、誰かがラマを連れて行ってくれたのかもしれない。その人がラマを連れてきてくれるかもしれない。アブー・アハメドは妻に言った、「そうだな、ここに座って待とう」。彼らは通りに座り続けた。すると突然、彼は人々の顔が険しく、埃にまみれているのに気づいた。その顔には、この世のありとあらゆる悲しみ、怒り、不条理があった。しかし、家族の顔を見ると、更に険しく惨めだった。「神がラマを守ってくれますように」彼はそう言いはじめると、何度も何度も繰り返した。彼らは3時間座り続けた。突然、人ごみが割れると、ラマが子供を連れた男性と歩いて来た。ラマは家族を見つけると、素早く母のもとへ走っていった。誰もが泣きはじめ、その男に娘を連れてきてくれたことを感謝した。
彼らはハーン・ユーニスにたどり着いた。そこで、ラマと家族はUNRWAの傘下にある産業施設に身を寄せている。ビーチキャンプの破壊された自宅に帰る日を待ちながら。

実話
2023年11月30日
アリー・アブーヤシーン


ガザからシェイクスピアへ

 
 友よ、助けてくれ。500年以上が経った今、どうやって目の前に現れたんだ? あなたはありとあらゆる映像と絶叫を伴って眼前に飛び込んだ。子供達と泣き叫び、母たちと子供たちの慟哭を分かち合うあなたの声が聞こえる。あなたはハムレットの父のように黒く身を覆い、子供のおもちゃを手にして瓦礫の下から現れる。教会の鐘の上に現れて、崩壊を警告して鐘を鳴らす。モスクがミナレットの他に何も残らなかったときには、ミナレットの上に立っている。病院の中庭で倒れた者を助けようとしている。あなたはどこにでも現れる。まるで、幽霊の一団がわかれていって、今ガザで起きている虐殺や民族浄化を、何が何でも世界に止めさせようとしているかのようだ。
 これは戦争ではない。別の何かだ。魔女たちは「バーナムの森がマクベス王の宮殿をめがけて移動する」と予言した。まるで君は「ガザの街はこのありとあらゆる死と破壊のあとで海に移動する」と予言しているかのようだ。住民と共に破壊されなかった家や建物はない。あなたが「ガザは海に移動するだろう」と予言したかのようだ。しかし、森が移動したとき、兵士たちは勝った。建物は壊され、セメントと鉄筋が積み重なっている。子供の、女性の、老人の、父親の、何千もの遺体が、いまだ瓦礫の下にある。戦争が終わった後でこれらが海に流し去られてしまうのは避けられないのだろうか。どの戦争の後でも、建物はそうなる運命であったように。
 しかし、今回異なるのは、建物が血肉と混ざっていること、そしていずれ海に聖別されるということだ。私たちは70年にわたり自由のために闘ってきた。その自由の代償が、まるでこの自由のための洗礼であるかのようだ。
 なぜか、占領者の首相ラビンの言葉を思い出さずにいられない。「目が覚めたら、ガザが海に飲み込まれていたらいいのに」。起きたことはすべて計画されていたのだろうか? シェイクスピアよ、あなたは自由の代償が街と森の移動だと知っていたのか? この波一つ立てない水はよどんだ水なのか? そうさ、もしこれが私たちの自由と尊厳の代償なら、私たちは喜んで払おう。敬意と共に、太陽への憧れと共に。
 戦闘機も移動のうちに含まれていただろうか? 私の友人マジードの肉体は100mも吹き飛ばされ、アパートのバルコニーに落下した。体は120人の家族と共に彼を殺したミサイルに引き裂かれた。戦争は真夏の夜の夢ではない。むしろ、恐怖と涙に満ちた悪夢だ。ショーの主役は子供たちに熱々の石を投げつける飛行機・戦車・戦艦といったピエロだ。ウィリアム・シェイクスピアよ、どうしてあなたはロミオとジュリエットの中で私たちに警告できたのだ。誰もが代償を払うことになる、いとこ同士の争いの醜さを。わが友よ、状況は変わった。状況ははるかに難しくなった。ロケットの音は心臓を恐怖でドキドキさせる。硝煙の匂いと発がん性の煙は有無を言わせずあなたの肺に染みこんでいく。国際的に禁止されている白リン弾は植物を焼き尽くし大地からあらゆる水分を奪う。あなたの愛する人がバラバラになるのを見る。来る日も来る日も、あなたの心は消しカスのように何千回も引き裂かれる。立ち上がってくれ、シェイクスピア。助けてくれ、わが友。本当に疲れたんだ。あなたの賢明なペンで抵抗してくれ。愛で、喜びで、革命で、人道で、希望で、自由で満ちた賢明なペンで。きっと、この青空の下で私たち全員が兄弟になれる。
 
アリー・アブー・ヤシーン
2023年11月5日


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