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学校の授業にこういう場面って本当に少ない。だけど、これが求められている。 - 里庄町立里庄中学校【体験者インタビューVol.6】

【体験者インタビューVol.6】

こんにちは、ベネッセアートサイト直島 エデュケーション担当の大黒です。

ベネッセアートサイト直島でのプログラム体験者の声をお届けするインタビュー企画・第7回となる今回は、「岡山県里庄町立里庄中学校」の末廣彩子先生にお話を伺いました。

■プロフィール

公立中学校の美術教師です。20代の頃、同僚と共に初めて直島を訪れました。その時、直島コンテンポラリーアートミュージアム(現在のベネッセハウス)を訪れ、以来、定期的に直島に足を運ぶようになりました。テーマパークやレジャー施設とは一線を画し、景観とアートの島として再生と発展を果たした瀬戸内の島々の歴史に魅了され、瀬戸内周辺在住地元民として誇りに思っています。

ベネッセアートサイト直島では2021年に、当時末廣先生が在籍していた倉敷第一中学校の2年生 約300名の生徒を対象としたプログラムを実施。里庄中学校に赴任後、2023年には里庄町にて教員を対象とした研修の依頼をいただき、対話型鑑賞のレクチャーと体験会を行った。直島にて対話型鑑賞のファシリテーター認定プログラムにも参加し、ファシリテーターの認定も習得。


大黒:ベネッセアートサイト直島のプログラムを体験しようと思ったきっかけや目的、期待していたことを教えてください

末廣:2021年10月に倉敷第一中学校の2年生約300名で直島にお邪魔したのが最初でした。この学年の子たちは、コロナ禍のため入学式の時から学校行事が思うようにできなくて。何かしてあげられないかと考えた時にふと浮かんだのが、直島でした。私は直島が好きでよく行っていたんです。だから、「中学生が班別でウォークラリーのような活動を行うのに、直島は島の大きさも、自然豊かな景観も安全面も、最適な場所だ」、「中学生たちはここで有意義な時間を過ごすことができる」と思いました。そして、直島に行くからには、美術館を訪れたいと思いました。まずは300人で受け入れてもらえるかどうか心配しながら、ベネッセアートサイト直島の教育プログラムの問い合わせ先にメールを送りました。びっくりするほど早くお返事をいただいたのを覚えています。こちらの要望にかなり寄り添ってくださり、色々と提案をしてくださって、直島に渡った先での活動がどんどん明確になっていきました。「この企画は成功しそうだ」と思うに至ったのは、まさに福武財団の藤原さんのきめ細やかなサポートがあったからです。

しかし、直島に渡ったことのない先生方や、美術に普段馴染みのない先生方は、この展開にかなり戸惑っていました。そのような状況の中で、学年団の先生方は複数回にわたり直島を訪れ、リサーチを行ったり、下見では徒歩で島内を歩いて安全性を確認したり、この活動をPBL(*)としてどう進めるか話し合いを重ねたり、生徒たちが楽しく島内を歩くための工夫を考えたりしながら準備を進めてくださいました。当時ICT活用も丁度始まった頃だったのでそれらも上手く活用し、当日は本当に充実した1日になりました。特に、平均年齢の若い担任の先生方が本当によく頑張ってくれました。

倉敷第一中学校の生徒約300名が直島に来島

末廣:今思うと、返す返すも無謀でした。コロナ禍で見通しが持てず、何度も緊急事態宣言に対峙し、奇跡的に隙間を縫いながら実現できました。私にとっても、学年団の先生方にとっても、そしておそらく生徒たちにとっても、素晴らしい思い出です。行事が終わった後に「前例のないまっさらな取り組みを実現させることが出来たのは本当にすごいこと」という言葉を中堅の先生からいただきました。

*「Project Based Learning」の略で、課題解決型学習と呼ばれる学習方法。


大黒:プログラムに参加する前後で、生徒さんの様子に何か変化は見られましたか?

末廣:生徒たちはSDGsをテーマに自分なりの課題を設定して、直島で取材活動をし、最後はプレゼンするというプロセスで学習を進めました。最後の発表を聞くと、生徒が自分なりに色んな視点で面白い調べ方、まとめ方をしていて。生徒がまとめたスライドも発表もみんなバラバラで、いろんなことに興味を持ってまとめていてすごく楽しかった。子どもたちは感受性がやっぱり豊か。綺麗な海の景色を見ながら歩いても楽しいし、友達と一緒に歩いていても楽しいし、次々と目の前に現れる面白いアートと出合ったり、普段行かないような美術館に入れたり、島の方と積極的にコミュニケーションをとったり、いろんな刺激に触れる特別な体験だったんだと思います。1日の訪問でしたが、生徒にとって一生忘れられない思い出になっただろうなと思います。


大黒:2023年には里庄町にて教員向けの研修として対話型鑑賞の講演と体験会を依頼いただきました。その経緯もお聞かせいただけますか

末廣:前任校のプログラムでは、事前に指定された鑑賞施設を班ごとに訪れ、SDGsをテーマにそれぞれが設定した調べ学習の狙いに沿った取材活動を行い、美術館以外にスタッフの方々が設けたワークスポットに立ち寄り対話をしながら考えを深めるというミッションのもと、島内を徒歩で散策をする内容でした。当日私は裏方として生徒のサポートにまわっていたのですが、生徒たちの感想からは散策中のワークスポットでの対話を通した気付きがたくさんあったことが分かって、あそこでどんな対話が起きていたのか、すごく気になっていました。翌年、藤原さんから「VTC/VTS日本上陸30周年記念フォーラム2022」を紹介していただいて、オンラインで視聴しました。フォーラムを見ていて「対話型鑑賞って絵を深く理解すること以上に、すごく可能性がある」と感じました。

ちょうどその頃、私は里庄中学校に赴任しました。里庄町は非認知能力の育成に力を入れていました。非認知能力をどう高めていけるか、それをどう評価していくか、その研究をさらに深めていくにはどうしたらいいかという話が町内の研修の場面で出ているのを聞いて、教育委員会の指導主事の方に「対話型鑑賞がいいんじゃないですか。対話型鑑賞の研修を町でできませんか?」と提案しました。その結果、教育長さんも理解を示してくださって、研修の実現に繋がりました。8月に幼・小・中学校の先生方を対象に対話型鑑賞の講演とプチ体験会を開いていただいて、12月には有志の先生方対象の、もう少し実践的な研修をしていただきました。


大黒:実際に講演会や対話型鑑賞の研修に参加してみていかがでしたか。印象に残ったことがあれば教えてください!

末廣:有志の先生方で参加した研修は長かったんですよ、3時間くらい(笑)だけど、皆さんすごく前のめりに参加してくださっていて。最後に対話型鑑賞のファシリテーターを順番に実践してみるロールプレイングがありましたが、それがすごく楽しくて勉強になったという感想を多くいただきました。教員対象に何度でもやってほしい研修だなと思いましたね。研修後、先生方と「子どもたちを対象に対話型鑑賞を学校で実践するのであれば、先生みんなでファシリテーターのスキルを習得して、教科を超えた取り組みとして進めていくのがいいかもしれない」、と話したりもしました。深く聞いて、深く考える姿勢が先生から子どもたちに広がって、集団としてすごく変容するんじゃないかと思います。


大黒:末廣先生はその後、直島で対話型鑑賞のファシリテーター認定プログラムにも参加してくださいましたね。実際に参加してみていかがでしたか?

末廣:前任校の生徒を直島に連れて行った時から、あの場でどんな対話がなされていたのか、というのはすごく気になっていました。ちょうど認定プログラムと予定の合う日があったので、「これは行けということだ」と思って参加しました。

私は教員なので、生徒を導くスキルとして対話型鑑賞の必要性を感じていたのと、これを美術鑑賞以外の場面で応用できる可能性を感じていたのもあって、研修を受けました。実際に参加してみて驚いたのは、ファシリテーションはすごく難しいということ。ファシリテーターとして、鑑賞者の言葉をパラフレーズしたり、発言を深めていく問いかけをしたりしなければいけないと頭では分かっているけれど、自分の価値観をもとに話を進めてしまって。自分の考えをフラットにするのがすごく難しかった。でも、それができるようになったらすごくいいなと思いました。

末廣:それと、自分が対話型鑑賞で作品を鑑賞するのはすごく楽しいということにも気付きました。アートを通して話すと、年代や役職といった壁を超えて深い話ができる。それがすごく楽しかった。自分の内なる感覚が多様に引き出され、他人の意見が驚くほど新鮮で、連続的な驚きを通じて自分の内に新たな気づきが生まれ、イメージが湧いてくるーーそんな体験を通じて、「学校の授業にこういう場面って本当に少ない。だけど、これが求められているんだろうな」って感じました。研修が終わった後は、ファシリテーションを上手くやっていくにはどうしたらいいのかをさらに真剣に考えるようになりました。


大黒:対話型鑑賞のファシリテーターのスキルを使って、今後挑戦してみたいことはありますか?

末廣:とにかく学校現場にうまく活かせたらいいなと思っています。具体的に何なのかはまだ分かりませんが、先生のファシリテーションスキルが高まるとそれだけ子どもたちに返せるものも大きくなると思うんです。活かせていると言えるのかは分かりませんが、対話型鑑賞のファシリテーターの問いかけを日常会話の中で応用して使うことはすでにしています(笑)


大黒:ベネッセアートサイト直島のプログラムで「こんなことがしてみたい」ということがあれば教えてください!

末廣:願望に近いのですが、300人の生徒を連れて行った時のように、また生徒を連れていきたいですね。大人数で島に子どもを渡らせてみませんか、そこでいろいろな研修をしてみませんかと、福武財団さんと一緒に協力してプログラムがまたできたらいいなと思っています。

また、ベネッセアートサイト直島の対話型鑑賞の強みは、感じたことを自由に発言し、それをファシリテーターが深く聞いて受け止めてくださること。また他の人の意見を聞いて、新たな気付きが誘導され、コミュニケーションの楽しさを味わえることにあると感じています。以前の私は作品のキャプションや図録の情報がないと不安になる感覚がありましたが、先日美術館で様々なアートを観たときに「どの作品にも良さがある」という感覚が自分の中で増していることに気が付きました。アートに物怖じしなくなった、アート鑑賞の敷居が低くなったというのも、私の中で起きた変化の一つです。さらなる変化を期待して、対話型鑑賞の学習プログラムには、今後も積極的に参加していきたいです。


おわりに

今回は「里庄町立里庄中学校」末廣彩子先生のインタビューをお届けしました。ご協力ありがとうございました!

これまでのプログラムはこちらからご覧いただけます↓
ウォークラリーでSDGs学習(倉敷市立倉敷第一中学校)


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