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【現代歌人シリーズ(その3)】心で感じなければ


うさだだぬきさん撮影

木々の梢に

視線を

寄り添わせて

そこに

小さな

花をつけた

大木を

みていると

ふと

相対する

二つの表情が

あることに

気付く

それは

幼さと老い

無垢と傷

光と闇

人間同様

花や木の枝

にも

表情があって

気をつけながら

それを捉える

目を

養う



「@&Premium特別編集 花と緑を愛でる。」(MAGAZINE HOUSE MOOK)マガジンハウス(編)

春になると、黄色い花を、よく見かけるようになりますね。

日本で咲く花のうち、黄色は、2番目に多い花色なんですよ。

実に、国内で咲く花の3割にのぼるとされています。

春に黄色い花が多いのはなぜなのか。

それは、植物の種の保存戦略に理由があるそうです。

実のところ、ハチなどの昆虫は、黄色いものに集まりやすいという習性があります。

植物が花を咲かせ、受粉して、子孫を残そうとする場合、受粉を媒介する昆虫たちを呼び寄せるために、黄色い花を咲かせるとされています。

特に、早春に咲く花に、黄色が多いのは、昆虫が活発に動き始める前、ようやく活動し始めたばかりの数少ない虫たちに、いち早く見つけてもらうためなのです。

植物たちの巧みな生存戦略が隠されているとはいえ、まだ、寒い時期に、いち早く咲く黄色い花を見つけると、春の到来を予感して心が躍り、こと、黄色い花を咲かせる花木には、可愛さだけではなく、強かさ、また、そればかりでない穏やかさも感じられますね(^^)

縮こまった気持ちさえも、ふっと解かす黄色。

闇より光。

老いより若さ。

そして、何より、温もり(元気や希望)を感じさせる色です。

春をあけるは黄色い花。

毅然と春を告げる花たち。

さあ、これから、次々と、見ごろを迎える、春の黄色い花たち。

いちりんといわずに、全部、どうぞ(^^)

「タンポポ」

「菜の花」

「ミモザ」

「ロウバイ」

「スイセン」

「レンギョウ」

「マンサク」

「フリージア」

「ゴールデンクラッカー」

「世界で最も素晴らしく、最も美しいものは、目で見たり手で触れたりすることはできません。

それは、心で感じなければならないのです。」

- ヘレン・ケラー -

世の中、しんどい事も多いけど。

それに打ち勝つことも、満ち溢れています(^^♪

「ミツマタ」

「BRUTUS特別編集 合本 花と花束。」(MAGAZINE HOUSE MOOK)

「花のしつらい、暮らしの景色」(天然生活の本)平井かずみ(著)

【現代歌人シリーズ(その3)】


「Confusion」(現代歌人シリーズ21)加藤治郎(著)

【収録歌より】
(タンタタタタタ)僕には愛がある(腕を前から上にあげて)銃殺
くくくくとキャベツの上の桜えびわずかだがまだ選択肢がある
くちびるのようなあなたの靴をみてちぎれちまったゆうぐれのゆめ
ごごごごとまたしちしちと鳴くゆえに旅行鞄の中の歯ブラシ
ショーンK、いつも見事にキッパリと脚を開いていた。ショーンK
それはもうみかんのような太陽だお尻に爪をずぶりと入れて
でも俺は伝統詩だが、曇天のどうてことない駅に降り立つ
どちらの言葉も、醜いことがたまらない牛肉石鹼 美しい歌をだれかうたってくれないか
やや飛び上がり飛び下りるのだあかねさすむらさきの仮仮置場に
銀いろの回転寿司のレーンから離脱した皿、ひかりのなかに
終電の次の電車で帰りなよ みかんの沸騰しそうなこたつ
沼水の行く方もなきわが心 深夜、息子の部屋に踏み込む
消えたいと声になるまできみは言うそれはかすかな葉擦れのような
雪の積もった色とりどりの観覧車ずっと止まったままの光だ
飯盒炊爨はんごうすいさんどうみても火星人やんけ爨、爨爨、爨爨爨、爨
番号は俺の何処かに付いていて足の小指のちっちゃい爪よ
蜂蜜のような匂いにつつまれてあしたの雨のまんなかにいる

「カミーユ」(現代歌人シリーズ22)大森静佳(著)

【収録歌より】
〈在る〉ものは何かを裂いてきたはずだつるつると肉色の地下鉄
〈死の床のカミーユ・モネ〉のカミーユもおそらくは寒い光のなかを
ああ斧のようにあなたを抱きたいよ 夕焼け、盲、ひかりを掻いて
あなたはわたしの墓なのだから うつくしい釦をとめてよく眠ってね
いっしんに背骨は蒼く燃えながら何から逃れようとする線
かわるがわる松ぼっくりを蹴りながらきみとこの世を横切ってゆく
さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり
しろじろと毛深き犬が十字路を這うまたの世の日暮れのごとく
そこだけは無毛の羊の腹のあたり切り裂きぬ前脚を摑みて
そののちの長い月日の 狂うとき素足はひどく透きとおるけど
そのひとは怒りをうつくしく見せる〈蜂起〉の奥の蜂の毛羽立ち
だって五月は鏡のように深いから母さんがまたわたしを孕む
たてがみに触れつつ待った青空がわたしのことを思い出すのを
どんぶりで飲む馬乳酒のこくこくと今を誰かが黒き紫陽花
ひとがひとに溺れることの、息継ぎのたびに海星(ひとで)を握り潰してしまう
ビニール傘の雨つぶに触れきみに触れ生涯をひるがえるてのひら
ふる雪は声なき鎖わたくしを遠のくひとの髪にもからむ
レシートに冬の日付は記されて左から陽の射していた道 『てのひらを燃やす』
わたくしが切り落としたいのは心 葡萄ひと粒ずつの闇嚥む
わたしを溢れわたしを棄てていったのだ、心は。銀の鴉のように
何があったか全部言って、と迫るうちに蔓草の野となってしまった
河沿いをひとりあゆめば光へと身を投げるごとく紅葉する木々
皆殺しの〈皆〉に女はふくまれず生かされてまた紫陽花となる
顔の奥になにかが灯っているひとだ風に破れた駅舎のように
兄というもっとも遠い血の幹を軋ませてわれは風でありたし
見たこともないのに思い出せそうなきみの泣き顔 躑躅の道に
骨を煮る臭気のなかにまどろめばきみの子を産むぎんいろのゆめ
細部を詠めという声つよく押しのけて逢おうよ春のひかりの橋に
殺されてうすいまぶたの裡側をみひらいていた 時間とは瞳
枝から枝へおのれを裂いてゆくちから樹につくづくと見て帰りたり
紫陽花の重さを知っているひとだ 心のほかは何も見せない
時間っていつも燃えてる だとしても火をねじ伏せてきみの裸身は
手をあててきみの鼓動を聴いてからてのひらだけがずっとみずうみ
樹のなかに馬の時間があるような紅葉するとき嘶(いなな)くような
春の日に手を見ておればとっぷりと毛深しわが手夕闇のせて
唇(くち)もとのオカリナにゆびを集めつつわたしは誰かの風紋でいい
全身できみを抱き寄せ夜だったきみが木ならばわたしだって木だ
早送りのように逢う日々蒼ざめた皿にオリーブオイルたらして
草原に火を芯として建つ包(パオ)のひとつひとつが乳房のかたち
痛いほどそこに世界があることをうべなうごとし蝿の翅音も
天涯花ひとつ胸へと流れ来るあなたが言葉につまる真昼を
冬の虹途切れたままにきらめいて、きみの家族がわたしだけになる
冬空に根を張るようなつよい声それっきり声というものは見ない
頭蓋骨にうつくしき罅うまれよと胸にあなたを抱いていたり
肉体の曇りに深く触れながらカミーユ・クローデル火のなかの虹
馬の腹に手を押しあてる少しだけ馬の裡なる滝を暗くして
蝿払う彼らの無数のてのひらがぼとぼととわが胸に墜ちくる
風を押して風は吹き来る牛たちのどの顔も暗き舌をしまえり
暮れ残る浴室に来て膝つけばわが裡の宦官も昏くしゃがみぬ
亡骸にふたたびそれを縫いつけよ もう声が軋むことはないから
夕暮れは穴だからわたし落ちてゆく壜の砕ける音がきれいだ
揚げ餃子(ホーショール)手づかみで食む指の間を油が〈今〉が滴り落ちる
欲望がフォルムを、フォルムが欲望を追いつめて手は輝きにけり
老けてゆくわたしの頬を見てほしい夏の鳥影揺らぐさなかに

「としごのおやこ」(現代歌人シリーズ23)今橋愛(著)

【収録歌より】
「4月からピンクの帽子のここちゃんです!」/おかあさんはさみしいのです。
あかるいみらい/あかるいみらいに立っている/じめんをふんで ぼくはあるきぬ
いきてたらいいことがいっぱいあるって/むかしのわたしにいうてやりたい
うれしいのは/ももがすきな子にももをむき/おいしいと言って/たべるの みること
おいかけて/とととと と とりあるいてて/まえぶれもなく/とぶ/きゅうに ぱっと
ここちゃんの髪の毛は/クリームブリュレや/カヌレのようなにおいがするよ
ここちゃんは全身で表現するから/すきにならずにいられないです
この子ねことちがうか/ふとんにくるまる子/このこねこでも/この子/あいする
じてんしゃをこいでいるんだな/このまちで/それが全然いやじゃないんだ
すべての/子どもを産み/子どもを喪くした人へ/しみじみと届けたい「うた日記」
そこにいるときすこしさみしそうなとき/めをつむる。あまい。そこにいたとき
たくさんのおんなのひとがいるなかで/わたしをみつけてくれてありがとう
ママ5才/ここは4才/おかしいね。/かささしていく/としごのおやこ
ママのバラの服のうしろにへびがいた/最近ゆめみのわるいここは
もうたりひんことをかぞえるひまはない/このひとたちと生きていきます
わたしうむの。うむよ/はねをぬいて/せかいを/うまれたまちで あかちゃんをうむの。
工場のドアをあけると/じいちゃんばあちゃんがいて/そうだった わたしの場所は
女ありけり/何かから解き放たれて/息をはきだす/40で やっと
暮らしに。子が、ウインナーのケチャップが、ぐちゃっとからんで 遙か女性誌

「遠くの敵や硝子を」(現代歌人シリーズ24)服部真里子(著)

【収録歌より】
あかときの雨を見ている窓際にしずおかコーラの瓶をならべて
いのちあるかぎり言葉はひるがえり時おり浜昼顔にもふれる
うす青き翅もつ蝶が七月の死者と分けあういちまいの水
おびただしい黒いビーズを刺繍する死よその音を半音上げよ
つばさの端のかすめるような口づけが冬の私を名づけて去った
テーブルに夕陽はこぼれ芍薬の死してなおあまりある舌まがる
ひかりよ なべて光は敗走の途中 燕にひどく追われて
ビスケット無限に増えてゆくような桜並木の下の口づけ
ふいの雨のあかるさに塩粒こぼれルカ、異邦人のための福音
わたくしが復讐と呼ぶきらめきが通り雨くぐり抜けて翡翠(かわせみ)
愛を言う舌はかすかに反りながらいま遠火事へなだれるこころ
火は常に遠きものにてあれが火と指させば燃え落ちゆく雲雀
海面に降るとき雪は見るだろうみずからのほの暗い横顔
近代の長き裾野の中にいて恍とほほえみ交わすちちはは
空の見える場所でしずかに手をつなぐラザロの二度目の死ののちの空
月の夜のすてきなペーパードライバー 八重歯きらきらさせて笑って
見る者をみな剥製にするような真冬の星を君と見ていつ
広野(こうや)へと降りて私もまた広野滑走路には風が止まない
今宵あなたの夢を抜けだす羚羊(れいよう)の群れ その脚の美(は)しき偶数
災厄を言う唇が花のごとひらく地上のあちらこちらに
傘を巻く すなわち傘の身は痩せて異界にひらくひるがおの花
死者たちの額に死の捺す蔵書印ひとたび金にかがやきて消ゆ
春ひとつゆくのを待てり十本の指にとんがりコーンをはめて
床に射す砂金のような秋の陽がたましいの舌の上に苦くて
神さまのその大いなるうわのそらは泰山木の花の真上に
神を信じずましてあなたを信じずにいくらでも雪を殺せる右手
水を飲むとき水に向かって開かれるキリンの脚のしずけき角度
水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわずかなる水
前髪をしんと切りそろえる鋏なつかしいこれは雪の気配だ
存在と存在の名はひびきあい棕櫚の葉擦れの内なる棕櫚よ
地下鉄のホームに風を浴びながら遠くの敵や硝子を愛す
鳥葬を見るように見るあなたから声があふれて意味になるまで
柘榴よりつめたく死より熱かったかの七月の父の額よ
灯のもとにひらく昼顔おなじ歌を恍惚としてまた繰りかえす
灯のもとにひらく昼顔おなじ歌を恍惚としてまた繰り返す
肺を病む父のまひるに届けたり西瓜の水の深き眠りを
白木蓮(はくれん)に紙飛行機のたましいがゆっくり帰ってくる夕まぐれ
父の髪をかつて濯(すす)ぎき腹這いの光が河をさかのぼる昼
父を殺し声を殺してわたくしは一生(ひとよ)言葉の穂として戦ぐ
風の日にひらく士師記は数かぎりなき報復を煌めかせたり
蜜と過去、藤の花房を満たしゆき地球とはつか引き合う気配
名を呼べばよみがえりくる不凍港まどろみながら幾たびも呼ぶ
野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた
夕映えは銀と舌とを潜めつつ来るその舌のかすかなる腫れ
羊歯を踏めば羊歯は明るく呼び戻すみどりしたたるばかりの憎悪

「世界樹の素描」(現代歌人シリーズ25)吉岡太朗(著)

【収録歌より】
こぼれゆく 君の非侵襲的陽圧換気(NPPV)のマスクから空気漏れ 時の砂
だれひとり殺さずだれにも殺されず生き抜くことができますように
にんげんが塔婆のように立っとってことばときもちしかつうじひん
ほかの世に袖擦り合うもかわたれのおなじ花にて渇きゆく露
君の見る夢んなかにもわしはいてブルーベル咲く森をゆく傘
死ぬまでをこの世におるとゆうながい生前葬に花はあふれて
自転車が自転車を抜く遠景の橋 そこに感情はあったやろうか
世界樹のこれから描こうとするもんとかかれるもんのあわいに繁る
電話する君の肩へと腰掛けるどっこらしょとかゆわへんように

「石蓮花」(現代歌人シリーズ26)吉川宏志(著)

【収録歌より】
オスプレイがやがて来る森 その風は木々を圧(お)しつけ焦がすと言えり
かまぼこの工場裏を歩みおり風やみしとき魚臭ただよう
その命うしなうときに青鷺の脚はそのまま骨となるらむ
どれもみな鳥の内部をくぐりたる桜の色の卵に触れつ
パスワード******と映りいてその花の名は我のみが知る
みずうみの岸にボートが置かれあり匙のごとくに雪を掬いて
みずからに餌を与える心地して牛丼屋の幅に牛丼を食ぶ
遠くから見る方がよい絵の前に人のあらざる空間生まる
海の場面に変わる映画のひかりにて腕の時計の針を読みおり
幾万のねむりは我を過ぎゆきて いま過ぎたのは白舟のよう
金網は海辺に立てり少しだけ基地の中へと指を入れたり
死ののちに少し残りし医療用麻薬(フェンタニル) 秋のひかりのなか返却す
児洗(こあらい)というバス停の過ぎゆけり百済伝説残りいる道
舟二つすれちがうほどの川にしてすれちがうなら木の軋む音
初めのほうは見ていなかった船影が海の奥へと吸いこまれゆく
水に揺れる紅葉見ており濃緑(こみどり)のときも映っていたはずなのに
赤青の蛇口をまわし冬の夜の湯をつくりおり古きホテルに
早春の道に小さく足縮め花より先に死にし蜜蜂
窓に付くしずくしずくに灯の入りて山裾の町にバスは下りゆく
多喜二そして恋人のタキ 同じ名に呼び合いながら海に行きしか
二(ふた)しずくずつ減ってゆく目薬のわずかとなりぬ夜の机に
髪垂れてむすめの眠る部屋に入りスティック糊をちょっと借ります
疲れたよ。自分の身体に言ってみた 水辺に羽をひらく蜻蛉
病むひとは遠くに粥を食べており少し残すと朝(あした)の雨に
分かりやすいところを引用してしまう鰭のように揺れていたのを切りて
命なき母のからだに下がりたる尿袋(にょうたい)へ朝の光はとどく
幼な子が顔を出したり見つめれば座席の裏にひゅっと沈みぬ
琉球の玉虫ならむ掌(て)に置けり斜めに見ると浮き上がる赤

「たやすみなさい」(現代歌人シリーズ27)岡野大嗣(著)

【収録歌より】
「生きなきゃ」が「起きなきゃ」に漕ぎつくまでの「う」と「え」における長い逡巡
404 not found 初夢のどこにあなたは隠れていたの
いつのだか忘れたけど、が件名で餃子の羽根がきれいな添付
おもちゃ売り場の階までのこと階のこと記憶のどこをあたってもこわい
おろしたての憂鬱だからできるだけ光の届かない場所で履く
カフェで観るライブのときに厨房で食器のこすれあう音がすき
ギター弾き終えて見つめる指先にたぶん小さな心臓がある
きみのキーホルダーにまたもふもふがふえて儀式にでも使うのか
この役の歳より若くで亡くなった俳優のその劇中での死
これからっていうのに夏のおしまいに聴くような曲聴いてんの? いいね
こんなとき力になってあげたいのに布団のなかで思うしかない
サイダーのコップに耳をあててきくサイダーのすずしい断末魔
さわれる位置のはさわらないでさわれそうにないさくらへ手を伸ばす
すごいのにぜんぜん売れてないひとの歌で泣く鼻セレブでぬぐう
そういうのいちばんきらいですと言われそれを心に織り込む作業
そこにぼくがいない教室から漏れるリスニングテストの声がすき
たった今うれしい夢をみていたようれしかったのだけがわかるよ
だれもいないロングシートに正座して子供のぼくが海を見ている
ねむくなるとねむいにおいになる犬のねむいにおいをかぎながらねる
ねむるように死にたい布団職人がその目的で仕立てる布団
バースデイ最初の「おめでとう」を聞く洗面台の鏡の前で
バスってば窓ばっかりで明るさも暗さも真に受けるのがいいね
ひとりとひとりとひとりとひとりだけのミニシアターのまばらな嗚咽
ひやごはんをおちゃわんにぼそっとよそうようにわたしをふとんによそう
フレンチクルーラーの空気は新緑の季節がいちばんの食べごろさ
ぼくの聴く音楽こそが素晴らしいと思いながら歩く夜が好きだよ
ポケットに入れた切符がやわらかくなるまでひとり春を寝過ごす
ぼろぼろのからだをひきずってあしたまたぼろぼろになるためにねる
みずうみを喉を鳴らしてのみました塩らーめんのおいしい店で
みぞれ、みぞれ、みぞれはぼくの犬の名で祖父が好んだ氷の味だ
もう一軒寄りたい本屋さんがあってちょっと歩くんやけどいいかな
ゆっくりとゆっくりと漕ぐ自転車をきみの早歩きのスピードで
ゆぶね、って名前の柴を飼っていたお風呂屋さんとゆぶねさよなら
リュック抱きしめて都会の路線図は虹のほつれのようで見上げた
レンタルに落ちてくるまで待っていた映画をいくつ観ずに死ぬかな
雨よけのビニールありがたかったな/人はさておきタルトは無事で
駅前に本屋があるということの概念をわれわれは愛そう
何も死ぬことはなかったのに、という励ましが死後ぞくぞく届く
何も死ぬことは無かったのに、/という励ましが死後ぞくぞく届く
夏空はいちめんのソーダフロートでぼくらは底にいるさくらんぼ
歌詞わからないまま好きな洋楽のそういう良さの暮らしをしたい
鍵括弧なしで会話が続いていく場面のように夜、夜明け、朝
好きだった曲を好きなまま歳をとっておんなじ歌詞になんどでも泣く
再生がPLAYならREPLAYは再再生どのみちいきづまる生
始まる前から終わってしまうのがさびしいときは犬を抱くんだ
自動返信の候補に出た「ありがとう」で返したけど真意だよ
実際よりだいぶ近くに見えてる気がしない?/ニトリの文字でかくない?
写メでしか見てないけれどきみの犬はきみを残して死なないでほしい
春を背景に撮ろうとした犬がリードの先でぼくをみる春
人間はしっぽがないから焼きたてのパン屋でトングをかちかち鳴らす
銭湯のにおいがすると幸せでそういう香水はありますか
窓にうつる自分を見たくなくて見る隣のひとのソシャゲの画面
窓に雨粒の流れていくものと細かく付いて留まるものと
走馬灯になんにも映らないんです再起動とか間に合いますか
誰だ? お前が神か?/俺の手にフリーハンドで生命線を引きやがった奴か
知ったときからいなかったロックバンドをいるみたいにどこが好きか喋ろうよ
地下鉄の乗り場から吹き上げてくる風につつまれながら笑った
着いて見上げても離れて見てたのと同じでかさでニトリの文字だ
聴かせたい曲がYouTubeになくてさわりを歌うきみが良かった
渡っちゃえ、って渡った信号を渡りきるまできみと渡った
土砂降りで店から駅へメロコアの出だしのリフのように走った
冬と春のあいだになにか秋っぽいのりしろを見つけてそこにいる
二回目で気づく仕草のある映画みたいに一回目を生きたいよ
付かなくて燃やした花火の燃え方がきれいでどうしたらいいんだろう
部屋に音楽が流れてる網戸越しに住んでる町の夜が明けていく
平成はTSUTAYAの返却ボックスを中までくまなく照らした夕日
返信はしなくていいからアメリカっぽいドーナツでも食べて元気だして
抱きしめるのにちょうどいい電柱がこんなにあって誰も抱かない
夕方にやっと目覚めてで歩けばやけにリアルになびく前髪
夕方のサービスエリアで息を吐くあと百年は持たない肺で
良かったひとを良く思えなくなっていく気持ちを白湯の喉ごしで消す

「禽眼圖」(現代歌人シリーズ28)楠誓英(著)

【収録歌より】
あかつきに傷をさらして耐へてゐき十二のわれかただよふ浮標(ブイ)よ
ことのはの手前によこたふ幽暗よやまは深々とうずくまりをり
この世では家族をもてぬ亡兄(あに)とゐて団地のあかりがやけにまぶしい
さるすべり炎天にひらく形にて暗くよぢれる臓物(わた)もつわれら
したしたと二本の脚の生えてきて夜気ぬらしゆく真鴨のありて
はつなつの光をとほす浅瀬には獣の骨にあそぶ稚魚あり
まなうらに羽ばたくかげあり 小禽を愛せし兄の弟なれば
もう一度弟になりたし鉄橋をすぐるとき川のひかりは満ちて
ロッカーのわたしの名前の下にある死者の名前が透けて見えくる
わが胸に一枚のドアの映りたりトンネル内を電車止まりて
右の靴ばかりがならぶ店の奥箱に眠れる左の靴よ
花の色素つきたる兄の骨いだくあの日のわれが雨降る奥に
海に花手向けるときのくらさにて少女は抱いた子猫を放す
鞄のなか昨日の雨に冷ゆる傘つかみぬ死者の腕のごとしも
乾きたるプールの底に立つひとのまばゆし死後のひかりのやうに
教室に残る少年となへたる論語のなかを渡りゆく鳥
橋梁を渡るとこちらはあちらになり絮(わた)とぶなかに亡兄(あに)の立ちたり
狂ふことおそるるときに狂ふとぞ頭蓋に響くシューマンのソナタ
継父に虐げられし少年と白皮厚き朱欒(ザンボア)を断つ
軒下に寄れば自動でつく灯りものかげ消えて死後のあかるさ
桟橋にゆれる舫(もやひ)の一束となりて眠れり水泳ののち
自傷痕隠す少女の瞳の奥 レニングラードに雪は降りけむ
出窓にて膝をかかへて闇の後の光を話すきみとデミアン
少年から青年にかはる身体にて抱(いだ)けば波に倒るる自転車
深夜灯てらす花屋にめぐり来て渇きて一夜香るダアリア
人の腰にゆはへられ雉は見ただらう逆さにゆるる空山のさかひ
人界の余白のごとし青白く光る公園車窓より見ゆ
人間が消えた車両かまひるまの校舎の間(かん)の渡り廊下よ
人型の残りしシートに身をそはせ死なざるわれの手足を置きぬ
青銅の腕(かひな)に抱かるる一瞬の暗さのありて湖(うみ)は暮れたり
洗濯機の内側ふかく陽の射さず朽ちゆくネジのかがやきが見ゆ
組み伏せしきみのまなこに廃れたる灯台一つおく海がある
跳ねてゐる金魚がしだいに汚れゆく大地震(おほなゐ)の朝くりかへしみる
灯の下にとりどりのパン集まりて神の十指のごとく黄昏
透明な傘ゆゑ君の両肩は灯にさらされて夜に沈みぬ
薄明をくぐりて眠るわがからだ枕の下を魚(うを)が泳ぎぬ
半身を窓より出して風を受く君はいつの世の水夫であったか
悲壮なる猛禽の叫び天にあり奪はれつづけ残りしかわれ
伏せられしボートのありてこんなにも傷はあるんだ冬の裏には
片側を闇にのまれてそよぐ樹を観ればかつてのわたくしならむ
亡き兄のかはりになれぬ日の暮れに礫のひとつは波紋なく落つ
木の下の暗がりのなか雨をみる禽(きん)のまなこになりゆく真昼
朗読の声の途切れて右耳からざんと抜けゆく白き両翼
柩なく死体はならびて窓とまどのほのほのあかり揺らめいてゐた

「リリカル・アンドロイド」(現代歌人シリーズ29)荻原裕幸(著)

【収録歌より】
あのひとが鎖骨を見せてゐることのどこかまぶしく囀りのなか
ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖
さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに
そこに貴方がここに私がゐることを冬のはじめのひかりと思ふ
そらいろの小皿の縁が欠けてゐてにはかに冷える雨のひるすぎ
それは世界の端でもあつてきみの手を青葉を握るやうに握つた
だしぬけになんとはなしに藤色の服が着たくてユニクロに来る
たまに夢でつながる人の部屋に来てけふはしづかに秋茄子を煮る
ひとを待つひるのすさびに雨傘の無防備なひろがりを眺めて
ふゆの日はふゆのひかりをやどらせてひとの利手にひかる包丁
まだ誰もゐないテーブルこの世から少しはみ出て秋刀魚が並ぶ
わたくしの犬の部分がざわめいて春のそこかしこを噛みまくる
わたしを解凍したらほんとに人間に戻るのかこの冬のあかつき
雨戸を数枚ひつばりだせばそこにある戸袋の闇やそのほかの闇
雲が高いとか低いよとか言ひあつて傘の端から梅雨を見てゐる
曲線がどれもあざやかになる春先の曲線として妻を見てゐる
曲面をたどるあなたのゆびさきがとびらにふれるまでの夕映
空が晴れても妻が晴れないひるさがり紫陽花も私もずぶ濡れで
嫌だなあとやけに泡だつこゑが出て自らそれが嘘だと気づく
嫌なだけだと認めずそれを間違ひと言ふ人がゐて春の区役所
香車の駒のうらは杏としるされてこの夕暮をくりかへし鳴る
皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬
式場を出て気疲れの首かたむけて本音のやうな骨の音を聴く
秋のはじめの妻はわたしの目をのぞく闇を見るのと同じ目をして
秋の字の書き順ちがふちがひつつ同じ字となる秋をふたりは
春が軋んでどうしようもないゆふぐれを逃れて平和園の炒飯
春の朝があると思つてカーテンを開いた窓の闇におののく
常に世界にひかりを望むといふやうな姿勢ゆるめて緑蔭をゆく
新緑はご覧のスポンサーの提供であなたの窓にお送りします
人の内部はただの暗がりでもなくてあなたの底の万緑をゆく
喪主と死者のやうにひとりが饒舌でひとりが沈黙して寒の雨
他意のないしぐさに他意がめざめゆく不安な冬の淵にてふたり
棚や椅子や把手のねぢを締めながら白露わたしのゆるみに気づく
同じ本なのに二度目はテキストが花野のやうに淋しく晴れる
半生のほぼすべての朝を瑞穂区にめざめてけふはあぢさゐの朝
蕪と無が似てゐることのかなしみももろとも煮えてゆく冬の音
母音のみのしづかな午後にペダル漕ぐ音を雑ぜつつゆく夏木立
夢の続きがしばらく揺れて早春のここがまたいまここになる朝
優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて梅を見にゆく

「自由」(現代歌人シリーズ30)大口玲子(著)

【収録歌より】
「ひさしぶり、誰だつたつけ」と言はれたるわれはふつつかな嫁として立つ
オーロラを動かすマウスに触れて子はひとり極地に立つごと冷えて
きみがため秋のクレソン買はむとし霧深き朝の自転車をこぐ
ジャカランダの落ちたる花も木に残る花もむらさきにけぶるあしたは
海暗くあるのみ白き灯台は光の問ひを投げつづけをり
学校には自由がないと子が言へり卵かけご飯かきまぜながら
見せることあらねど見せしめのごとき死を死ぬのか人は目隠しをされ
食前の祈り英語は短くてきみより長く祈りて食べる
食用と鑑賞用を区切る石 鯉はそれぞれの生を泳げり
生きのびる自由を捨てて餓死刑を選びしコルベ神父の自由
川沿ひと信じ歩いてきた朝のここは川ではなくて海峡
前世はすずめと言ふ子 キリスト者のお前に前世なんてないのに
大阪拘置所面会室3番/面会の椅子は低くて冷たくてアクリル板の汚れが目立つ
滝壺に女は消えて悲しみし男の一首は地上に残る
読むべき本すでに読みつと言ひて子は図書室登校やめてしまへり
二泊三日を英語キャンプに過ごしたる息子帰りきてしばらく無言
背伸びしてパンを差し出す子どもの手うつくしかりき息子に言はず
晩おそなつ夏の阿修羅像きみは正面をわれは左の顔を見てをり
不登校は悪くないといふ物言ひに悪意はなくて慰めもなし
夜の更けのつらつらつばきつらつらに燃料プールを見たりし記憶
冷笑も共感も受け一輪となりて立ちたりフラワーデモに

「ひかりの針がうたふ」(現代歌人シリーズ31)黒瀬珂瀾(著)

【収録歌より】
『どうぶつのおやこ』の親はなべて母 乳欲る吾児を宥めあぐねて
うみそらの澄みゆく朝に切る舵の肌寒を妻と分かちたきかな
ゴミ袋提げつつ仰ぐ桜樹の、〈家〉を得て知るさみしさもある
しばらくを付ききてふいに逸れてゆくカモメをわれの未来と思ふ
てんたうむしさんおきてーと薄明の小さなる死へ児は呼びかけつ
もはやわが生み得ぬ歓喜ここにあり出汁巻き卵に児は歌ひ出す
やねのむかういつちやつたね、と手を振る児よ父に飛行機(ぶーん)はまだ見えてゐて
をさなごの放置死ののちはCMに蒙古斑なきさらさらおしり
一歩一歩干潟を重く歩めるに鯊(はぜ)は逃げゆく吾の影より
海沿ひに二年を生きて去るわれへ朝の汽笛は低く響けり
言葉を五つ児が覚えたるさみしさを沖の真闇へ流して帰る
光漏る方へ這ひゆくひとつぶの命を見つむ闇の端より
産めやしない、産めはしないがアメジスト耀け五月なる疾風に
詩が僕を訪ねないので浜を這ふ蔓菜に死者の記憶を語る
昇る陽に影は伸びつつ小さき刃に老いし漁師は梨剝きくれぬ
蒸し焼きの豆腐を「おにく」と頰張れる吾児よ気づくな父の歌業に
人去りし村にて仰ぐ上空のどこまでダムに抱かるるだらう
生なべて死の前戯かも川底のへどろ剥がれて浮かびくる午後
生のなべてを振り捨ててもと泣き叫びなめこを欣求(ごんぐ)する吾児である
風絶えし朝のひかりは漿膜として広ごれり曽根の干潟に
柳川の朝の農道に振り上げて弁慶蟹の爪あかきかな

「バックヤード」(現代歌人シリーズ32)魚村晋太郎(著)

【収録歌より】
おろそかにしてたとおもふ雨がふればヴィニール傘をむだにふやして
からだよりゆめはさびしい革靴と木靴よりそふやうにねむれば
きつと誰かほどいてくれる使はずになくした傘の透明な襞
てらてらとフランクフルトソーセージ鉄板のうへに切れ目はわらふ
ねむたさうにひとはみてゐるあかるくてなにもみえない四月の窓を
はじめから記憶のやうに降る雨のなかあらはれる桃色の傘
ヘッドフォン耳につめたし篠懸(プラタナス)たちにきおくのもどる冬きて
まだなにかをわすれたいのかゆりの木はからだをひらく五月の雨に
まなざしはこころをためす。銀の斧だつたかと訊く水辺のやうに
もう雨に濡れることなき青梅は照らされてをり夜の西友に
ローソンのバックヤードでくちづけをおぼえる子供たちによろしく
何処かとほく、は僕らになくて降りるとき土のにほひをくちびるはいふ
公平さの象徴として拉麵屋にならぶ列あり紺のゆふぐれ
砂あびる雀みてをり砂あびるといふたのしみをつひぞ知らずに
咲きのこる野菊ひとむらこころからのぞまなかつたむくいのやうに
三月の雨はおとなふ木の肌がなにもおしへてくれない朝も
手をふれてさびしいふたり何にでもなれる万能細胞のやうで
種子のくるしみはめざめるジュラルミンのつばさを濡らす二月の雨に
天津飯れんげですくふ船にのりおくれたやうなはるの夜更けを
匂ひの記憶、ではなく記憶そのものの匂ひとおもふ四月の雨は
薄き硝子いちまいへだてふれるのはわたしの指だぬれた黄の葉に
流木がかつてつくつてゐた木陰まで歩かねば 声がきこえる

「青い舌」(現代歌人シリーズ33)山崎聡子(著)

【収録歌より】
「この子はしゃべれないの」と言われ笑ってた自分が古い写真のようで
あざみ野の果ての暗渠よ夏服の記憶の祖母をそこに立たせる
アベベって祖母に呼ばれた冷蔵庫の前のへこんだ床に裸足で
あやめ祭 てんてんと立つ灯籠をたどって知らない沼地に来たの
うさぎ当番の夢をみていた血の匂いが水の匂いに流されるまで
くるう、って喉の奥から言ってみるゼラニウム咲きほこる冬の庭
テールランプのひかり目の奥でブレてゆく見てごらんあれは触れない海
どうしてこの人に似てるんだろう夜の手前で暗さが止まって見えてた日暮れ
なんのまじないだったのだろう石鹸を箪笥のなかに入れていた祖母
にせものの車に乗ってほんものの子供とゆけり冬のゴーカート場
ヒメジョオンの汁でつくったマニキュアでにぶく光っていた爪の先
ぶらさげるほかない腕をぶらさげて湯気立つような商店街ゆく
モノクロが色彩を得る一生を歪んだように笑ってた祖母
わたしはあなたにならない意思のなかにある淋しさに火という火をくべる
烏賊の白いからだを食べて立ち上がる食堂奥の小上がり席を
雨後の土に触れるわたしに絡みつく物語からとおく離れて
花の名前の若死にをした祖母よまた私があなたを産む春の雨
花柄のワンピース汗で濃くさせた母を追って追って歩いた水路
花柄の服の模様が燃えだしてわたしを焦がす夏盛りあり
海開きひとりで祝うビニールシート広げて去年の砂を逃がして
甘い油のチキンライスを飲み込んだ実家の隙間だらけのキッチン
蟻に水やさしくかけている秋の真顔がわたしに似ている子供
魚卵のいのちが真っ赤に灯る食卓でお誕生日の歌をうたった
君のべろが煙ったように白かったセブンティーンアイスクリーム前
菜の花を摘めばこの世にあるほうの腕があなたを抱きたいという
子どものあたまを胸の近くに抱いている今のわたしの心臓として
死に向かう わたしたちって言いながらシロップ氷で口を汚して
死後にわたしの小さな点が残ることライターの火を掲げて思う
遮断機の向こうに立って生きてない人の顔して笑ってみせて
十代が死んでくれない 強くあなたをなじって夏の終わりがきてる
女の名前よっつぽつぽつと降るようにある長命の画家の年譜に
水たまりを渡してきみと手をつなぐ死が怖いっていつかは泣くの
水禽の目をして君は立ち尽くす水いちめんを覆う西日に
生き直すという果てのない労働を思うあなたの髪を梳くとき
西瓜食べ水瓜を食べわたくしが前世で濡らしてしまった床よ
脱がせたら湿原あまく香り立つわたしが生きることない生よ
縄跳びに入れないままおしっこで湿る体を携えていた
背泳ぎで水の終わりに触れるとき音のない死後といわれる時よ
非常階段の錆びみしみしと踏み鳴らすいずれは死んでゆく両足で
伏せると影のようにも見える目をもってとおく昼花火聞いていた夏
墨汁が匂う日暮れのただなかのわたしが死ねと言われてた道
夢に見る母は若くてキッチンにバージニアスリムの煙がにおう
椰子の木が鉛筆みたいに細かったフェンスの網のむこうの基地は

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