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【曲からチャレンジ】最後の本当の嘘

━君が嫌いになった訳じゃない。それだけは信じてほしい━ それは、私が一番受け入れがたい言葉だった。

2人だけの生活に大きな変化はなかったけれど、その変わらない日常が好きだった。

朝、先に起きるのは大抵あなたのほう。カーテンを開け、ベッドから出てキッチンへ。ケトルに水を入れる音が聞こえる。とても慎重に水を溜めるあなた。私とは大違いだよね。

家族が増えたら引っ越せば良いよ。そう言われて、このアパートで始めた生活も、5年は過ぎた。

仕事は忙しく充実していたし、あなたも同じだと思っていた。私達は互いの生き方を尊重できるパートナー。2人ともリモートワークが増えたし「東京から田舎に引っ越そうか」そう私が提案したのは3ヶ月前、5月の連休中だった。あなたは「東京から離れたくないな」と苦笑い。今頃、その理由に気づいた。気付かされた。結婚記念日の暗証番号、せめて変えて欲しかった。無防備すぎるよ。そんなに気づいて欲しかったの?

「やっぱり彼女のことを大事にしたいんだ。君が嫌いになったわけじゃない」

昨夜言われた言葉の意味が、直ぐには分からなかった。彼女はラインの相手で、あなたの幼馴染で、私があなたに会うずっと前から、2人はお互いをよく知っていて。

でも、一緒に生きる誓いをしたのは私達。毎日この部屋の窓から朝日を浴びて、あなたが入れる熱めのコーヒーを飲んで、私が焼いたパンを食べる。交わす言葉は少なかったけれど、それでも良いと思っていたのは私だけだったのかな。

「それ、ずるくない?ガサツな私のことが、嫌いになったで良くない?」

返事はなかった。隠し事はできても、正面から嘘はつけない人だ。

「私が嫌いになったから、一緒に住めない、別れたい。そう言って欲しいな」

精一杯口角を上げて言って見る。あなたは目をそらして「ごめん」と小さく言うと、席を離れた。


「最後の嘘」松任谷由実










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