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かいぶつのうまれたひ #22

  目次

 屋上に足を踏み入れたその瞬間に、攻牙は状況を看破した。
 血まみれの篤。なぜか膝立ちで天を見上げている。その頭から生えるウサ耳は、片方が折れて顔面に垂れ下がっていた。白毛の中から、おびただしい内出血の様子が透けて見えた。
 タグトゥマダークは笑っている。嘲っている。
 要するに、頭に何らかの攻撃を受けて大切なウサ耳が折れちゃった、の図らしい。
「左耳……左耳よ……! あぁ――なぜ! なぜお前がかくも無残な仕打ちを受けなければならないぴょん! こんな俺ごときに気高く美しい輪郭を授けてくれたお前が、なぜ……! この世には、神も仏もないのかぴょん……!」
 血涙でも流さんばかりの無念を滲ませ、篤は唸った。
 ――ホントになんなのコイツ!
 攻牙は頭を抱えた。
「おぉ、耳左衛門みみざえもんよ……お前の無念は哀切となり、我が胸の裡に涙の花を灯すぴょん……」
 ――ウサ耳に名前をつけだした!?
 どこまでも理解を拒む男、諏訪原篤。
「はっは! 折れちゃったニャン! 潰れて血を流して折れちゃったニャン! もうどうしようもないニャン! ウサ耳人間としてのキミは今死んだニャン!」
 タグトゥマダークは嗜虐に満ちた笑顔で篤を睨み付けている。
「まだ僕の踵には感触が残っているニャン! 命中の瞬間、耳左衛門くんが苦しみ悶え肉が潰れ血を吐き散らし絶望のうちに息絶えるその感触が! 踏みにじり、穢し尽くした感触が! 僕の頭の耳音みみねちゃんと耳美みみみちゃんも悦び震えているニャン!」
 お前もか!
 センスの欠片も感じられない命名である。
「まだだ――」
 篤が、低く呟く。
 立ち上がる。
「まだ俺には、耳右衛門みみえもんがいるぴょん……!」
「笑止だニャン! 僕には耳音ちゃんと耳美ちゃんがいるニャン! 相方を喪った手負いごときに勝てる道理はないニャン!」
 タグトゥマダークは、姿勢を極限まで屈め、猫科の捕食者じみた構えを取る。
 その手にバス停はない。
 ――無音即時召喚ってやつか。
 普段は界面下にバス停を隠し、攻撃の瞬間だけ実体化させるのだ。
「その綺麗なウサ耳を、造作もなく刈り取ってやるニャン!」
 そして――消えた。
 超スピードで掻き消える……という感じではなく、本当にその場で消え失せたのだ。
 攻牙は直感する。
 ――ははぁ、なるほどね。
「篤! 後ろだ!」
 そうして、初めて攻牙は声を上げた。
「むう!?」
 篤はその言葉通り、旋回しつつ振り向きざまに『姫川病院前』を叩き込んだ。
 閃光の炸裂。そして轟音。
「ニャにッ!?」
 タグトゥマダークの狼狽した声。篤の打撃を、自らのバス停で防御している。
 彼の下半身は、何もない空間にぱっくりと開いた次元の裂け目の中にあり、見ることができない。上半身だけがニョキッと生えている状態だ。
 ――見た瞬間わかったぜ。
 自ら界面下に潜り込み、死角から襲い掛かる。
 ――それが虚停流ってわけだ。
 わかってしまえばなんてことはない。奴が界面下に潜航している間、こちらからは見えもせず攻撃もできないが、それは奴とて同じこと・・・・・・・・・・。対処法さえわかっていれば決して慌てるような代物じゃない。
「篤! 奴が唐突に消えた時は十中八九背後から襲い掛かってくる! 気をつけとけ!」
「むう、そうであったか……ぴょん」
「無理に語尾つけんな!」
 どんだけ気に入ってるんだよ。
「ふぅん、ずいぶん鋭い観察眼を持ってるじゃニャいか」
 タグトゥマダークは音もなく地面に降り立ち、冷徹な視線を攻牙に向けてきた。縦に裂けた猫の妖眼が、冷たい殺意を宿す。
「邪魔だニャ、キミ」
 一瞬身を屈め、跳躍。一瞬で十五メートル以上の高みに至ったタグトゥマダークは、右腕を界面下に突っ込んでいた。上空からの急襲をかけるつもりか。
 攻牙は緊張に身を強張らせた。
 と同時に、違和感を覚える。
 ――なんだ?
 なぜ奴は跳躍している?
 普通に駆け寄って斬り捨てればいいだけの話ではないか。飛び込み攻撃が強いのは格闘ゲームの中だけの話だ。途中で止まることのできないジャンプアタックは、現実では死に技である。動きが読まれまくるから。
 にもかかわらず、なぜ?
 ――まるで、そこに障害物でもあるかのように。
「虚停流初殺――」
 空中で身をよじり、刃を抜き降ろしてくる。
 攻牙は飛び退る――が。
 雷光より眩く鋭い、垂直の軌跡。
「くあ……!」
 頬から腹にかけて、赤い線が刻まれる。痛みではなく熱を発する。
 間に合わなかった。だが浅い。致命傷には程遠い。
 見ると、タグトゥマダークはバス停を振り下ろした勢いのまま界面下にしまい込み、その姿勢のままさらに踏み込んできていた。
「――〈燕天地〉」
 吹き上がる、斬光。
 初撃から第二撃までの間に当然あるべきタイムラグは、すべてキャンセルされていた。体感的には、ほとんど同時に振り下ろしと振り上げが来たように感じられる。
 回避不可。
 防御不可。
 ――おい! こんな序盤で負傷イベントかよ!
 などとメタ思考で現実逃避してみるも、いやいやこれは負傷どころか確実に死ぬ感じの攻撃ですぞと脳内執事(元傭兵)が上申してくるのを聞き流しつつこれちょっとマジやばくねえかよオイこれどうすんだよオイ!

【続く】

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