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競争社会「内巻」が深刻化する中国。大学ポストをめぐっての競争も壮絶

最近、中国社会で問題となっている「内巻」について何本かnoteを書いてきました。「内巻」現象はインターネット大手や若い社会人、学生の間での現象だけではなく、大学教師までが厳しい競争現実に直面しています。

最近ちょっと切ない殺人事件がありました。6月7日、中国で三本の指に入る大学、上海にある復旦大学の数学学部で、39歳の教員が学部の党委員会書記(49歳、学部長相当の職位にある人)をナイフで刺殺しました。すぐに捕まり、被害者と仕事上のトラブルで恨みがあって殺してしまったと冷静に犯行を認めました。

注目が集まる名門大学で、比較的社会的地位の高い人による犯罪。とんでもない事件となり、すぐにネットで広く議論されました。

ネットユーザーの情報によると、犯罪者は2004年に復旦大学数学学部を卒業し、在学中には校長賞という在学の学生にとって最も高い評価の賞をもらったこともあります。その後、アメリカで統計学の博士号を取り、トップ学術雑誌での論文発表もあり、イェール大学からも教職の声がかかっていた非常に優秀な人物です。

彼はアメリカの研究所で数年ポストドクターを経て、人材招致の形で帰国し蘇州大学に入りました。6年後、復旦大学に転職し、6年間の契約期間を終えると、大学からは「ノルマを達成できなかったので契約を更新しない」という決定が言い渡され、今回の犯行に及んだのでした。

悪質な殺人事件であるにも関わらず、なぜ切なく感じさせるかというと、中国の若手学者たちが非常に「内巻」されている現実が隠れているからです。

「内巻」に巻き込まれた原因の一つは、現在中国の多くの大学で実施されている「非升即走」の人事制度だとみられてます。「非升即走」とは、そのまま訳すと「職位を上昇できなければクビになる」ということ。発祥はアメリカの大学のtenure-track制度です。中国では元々はより多くの人材資源を集め、大学教師の研究へのモチベーションを向上させるため、1993年からトップクラスの大学から次々とこのような改革を行ってきました。そして現在は、一般的には6年間の契約期間内で副教授まで昇進できなければゲームオーバーとなります。

アメリカのtenure-track制度は、アメリカ大学教授協会とアメリカ大学協会が長年の闘争によって決めた制度で、最初は学者が市場や社会からの圧力を回避できるようにと、学術生産と学術の自由を維持することが目的だったそうです。しかし、一見同じように見える制度が中国ではミスマッチとなり度々トラブルがありました。その理由は両国の制度上の問題にあります。

アメリカに比べ、中国の大学の教師には「事業編制」というものがあり、本来は採用されたら公務員みたいに国の財政から給料などが支給されていて、より多くの医療保険や年金がもらえる非常に待遇のよい職位です。しかし財政予算には限度があり、事業編制の枠も厳しく決められてます。そこでtenure-trackの制度が活用され、採用して6年を経て副教授になれれば終身採用との事業編制になりました。

ここまでは特に問題を感じませんが、問題はここからです。アメリカの場合、アシスタントプロフェッサーが複数の博士課程の学生を取ってもいいですが、中国ではベテランの教授でも年間3人を超えちゃいけないルールがあります。若手の学者だと、博士課程の学生を取る資格さえもない人もいます。大学の講義や論文発表、国や企業からの研究プロジェクトの競争と獲得、財務経理などの事務仕事にいたるまで、一人でやらなければならない人も少なくないです。

そして学者への採用の年齢制限も競争を熾烈にしています。大卒時に22歳、順調であれば2年間の修士課程と3年間の博士課程で卒業でき、その時点で27歳になります。相当な実績がある場合を除き、基本的には若手学者への採用は35歳まで。35歳までに制限されている理由は、人材育成の面の配慮もありますが、海外からの流入が増えていることも大きい。中国の経済がよくなってから、私費留学の人も増えて、留学後も海外ではなく中国に戻りたいという希望を持つ人が昔と比べられないほど増えています。

このような状況なので、「トップクラスの人材ではなくそこそこレベルの人」はいくらでもいると言っても過言ではないです。

若者の学者が、もしこの内巻のレール(学者競争)に乗れば、初回の6年間での挑戦が失敗し、2回目で成功できなければ年齢的にも他の大学に採用してもらうことが難しくなり、中国での正式教職への道が絶望的となります。今回、犯罪を犯した方は39歳で2回目が終わるところでした。後がないことからクビになって将来真っ暗だと考えてしまった。27歳で博士号を取得しかなり優秀だったこともなおさらプレッシャーになったのかもしれません。

アメリカの終身教授のように、評定時は専門家や同じ分野の学者によるものが多いですが、中国の場合は学術だけではなく、行政の管理層も重要な意見を口に出せることから基準が非常にわかりづらいと指摘されてます。特に行政のトップが変われば、ノルマの基準とかも新しいトップの方針で変わったりすることも可能で、出口が益々曖昧になるというのが現実です。それこそ急なルール変更に合わせて、研究者が身を守るため不正をしてでも論文発表することなども起きています。

ということで、半分くらい中国の大学の仕組みについての紹介となってしまいました、マニアックすぎて面白くなかったらごめんなさい。そっと好きを押していっていただけますと嬉しいです!競争社会中国で社会の歪が問題になってますので、今後も注目すべき内容があったらnoteに書いていこうと思います。応援お願いします。

(参考資料)


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