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最後に待っていたのは「歓喜」。

昨日は今年最初で最後のクラシックコンサートに行ってきた。メインはベートーヴェンの第九。日本では毎年年末にあちこちで演奏されているが,今年はコロナの影響があり開催されるか微妙だったが,無事行くことができた。

毎年数回はコンサートに行く。クラシックで好きな曲は多いが,中でもブラームスの交響曲第1番とマーラ―の交響曲第8番,そしてベートーヴェンの第九は自分なりに「聴き余すところがない」と表現しているが,何度聴いても演奏中ずっと集中が途切れない曲である。

この中でも人生で第九だけはなぜかこれまでコンサートに行く機会がなかった。ずっと行きたいとは思っていたのだが,スケジュールがなかなか合わなかった。今年は夏終わりごろにチケットを予め取ってしまい,年末のスケジュールを第九に合わせた。開催されようがされまいが,行けるとしたらスケジュールの取りやすい今年がベストだと思ったのだ。

今年はベートーヴェンの生誕250年記念ということもあり,不思議な縁を感じる。無事開催してくれたホールや,指揮者であるヴァイグレ,読売交響楽団,新国立劇場合唱団に感謝したい。結論から言えば,今回の第九は非常に素晴らしかった。

第九の前にオルガン・ソロでベートーヴェン『笛時計のための5つの小品』より「スケルツォ」「アレグロ」,バッハのトッカータとフーガが演奏された。こちらも素晴らしかった。聴き手の助走もついて,少しの休憩を挟んでいよいよ第九である。

音楽の専門的な用語などにはあまり詳しくはない。だから生で演奏を聴くときは純粋に身を任せるようにしている。メロディやテンポの分析などはできないので,音楽を聴きながら自分と向き合う。そうすると,演奏を聴きながらいろんな感情や考えが浮かんでくる。その後で詳しい人と話をするといろいろ専門的なことを教えてくれるので,これも楽しみ方の一つである。まさに今回の第九ほどいろんな感情や思考が浮かんできたことはなかった。

会場では観客は制限され,歌手の前には透明の板が置かれ,合唱団は初めからその場にいるわけではなかった。日常生活において感染症対策はもはや当たり前になってきたが,会場のこうした対策から改めて感染症があった年であることを感じさせられる。

演奏中は終始鳥肌が立っていた。第1楽章の荒々しさ,第2楽章のティンパニの強烈なリズム,第3楽章の静かで美しい旋律はCDなどの音源で聴くものとは全く質が異なり,馴染んだ曲であるのに新しいものを聴いているような感覚になった。ヴァイグレの指揮は緩急がしっかりついていて,それもまた新鮮だった。

第2楽章と第3楽章の間で合唱団が入ってきた。人数はかなり抑えられていて,全員で30人いるかいないかという感じだったと思う。皆が黒いマスクをしていて,ソーシャルディスタンスを保ちつつ位置に着いた。そして第3楽章の終わりに近づいたときに全員が一斉にマスクを取った。この演出も良かった。

第4楽章で歌が入った時,また強く鳥肌が立った。そして合唱が始まった時,自分の中で色んな思考が一気に駆け巡った。まず初めに浮かんだのは,この素晴らしい合唱を聴けているということに対する感謝であった。その時涙が出そうになったが,こらえてしまった。後で一緒に行った人にそんな話をすると,「コンサートで感情を我慢をしてはだめだ」と教えてくれた。その人は終わった後にスタンディングで拍手をしていた。

合唱を聴きながら,いろんな思考が頭を駆け巡り,今年あったことがすべて浄化されていくのを感じた。終わりの方は自然と少し上の方に顔が向き,何も考えられなくなっていた。「もうすぐ終わってしまう…」と寂しさを感じながら,終わった時には自然と手が動いていた。拍手は一向に鳴りやまず,会場の電気がつき,扉が開いてもまだ拍手が鳴りやまなかった。泣いている人,立って拍手をしている人も大勢いた。

日頃はあまり意識していなかったが,やはり今年はいろんなことがあったのだと,自分は一年をたしかに生きてきたのだと強く感じるコンサートであった。またそれは人それぞれで,それぞれの一年があったのだと会場を見渡しながら思った。

毎年この時期は一年を振り返ろうと思うのだが,能動的にそれをやるとどうしても「この辺でいいか」と頭で考え,頭で打ち切ってしまう。しかし今年は音楽に合わせて感情や本当に大事なものをもう一度強制的に振り返らされたような気がしている。論理的な振り返りも大事だが,こういう振り返りも同じように大事なのかもしれないと思った。

いろいろ変化の多かった年だったが,最後は前向きに,感謝の気持ちをもって締めくくることができたと思う。そういえば第九の合唱の主題は「歓喜」であった。この時期に皆が第九を求める理由も理解できる気がする。

今年あったすべてのことに感謝して,また来年の終わりも良い年であったと思えたらと思う。本当に素晴らしいコンサートであった。

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