小説「カタパルト」
男はじっと潜んでいた。そこは狭くて、暗くて、そして熱かった。
砲身は三度たたかれる。その合図で彼は宙をとびだすことになる。
――ここは人間大砲のなか――
男はふとこの状況を不思議に思う。俺はバイクの乗り手だろうに。
もっとも、男は、たった一人で担当するために人間大砲の乗り手と認知されていたかもしれない。
ずどんと大砲がうちあげられて、くるりと一回転してネットにおちる。
この瞬間の芸当がひどくむずかしいと男はいつも緊張する。
だから砲身のなかでじっと息をひそめている。
男にはいまの時間がおそろしく長いものに感じられはじめている。
観客たちに手をふって、大砲にすべりこんださっきまでの時間と、
砲身が鳴らされてすぐ体に衝撃を覚える未来の時間との間の長さが。
そのはざまにある宙づりの時間に、男はじっと息をひそめている。
いよいよくるか。
本当にくるのか?
緊張がピークを迎えそれがゆるんだ刹那、合図なしに大砲が発射された。
男から純粋なおどろきの感情が発された。
不幸な手違いのため、彼の一回転の芸当は失敗で演目はおわった。
ケガせずにすんだ幸運のことはそのときには考えられなかった。
不満がはちきれそうな様子で男は退場し、安全ネットが取られた。
するとすぐさま、一輪車に乗った団員たちが入場する。
しかし、男が発したおどろきの感情は中空に残った。
宙づりの時間のさなかに生まれて。
だれの眼にもこころにも届けられることないそれ。
不意に射出された極彩色の激しいおどろきが、サーカスの中空にまだ残っていた。
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