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有馬記念、完璧なストーリー。

さあ、年末の大一番、有馬記念。
男は競馬新聞をテーブルに広げ、印をつけるためのペンを手にとった。
広げた新聞の横には、気分を落ち着けるために淹れたコーヒー。
さて予想するかと、コーヒーを一口すする。
「いや、待てよ」。つぶやく男。
予想は予想としてやるとして、なんと言っても有馬記念だ。
考えられる限りのドラマチックなストーリーを組み立ててみよう。
予想と関係なく、ドラマとして見るなら、どんな筋立てがもっとも心を動かされるか。
そうだ、今年の大谷翔平劇場のように、漫画かよ、とつっこみを入れたくなるぐらいの出来過ぎのストーリーを思い浮かべてみよう。

「勝つのは、武豊のドウデュースだ。」
ドウデュースは去年の日本ダービー馬だが、その後はG1で勝ち星から見放されている。昨秋のフランス遠征、凱旋門賞での大敗以来、歯車が噛み合わなくなった。

今年の春、ドバイ遠征では現地で出走取消の憂き目にあった。
対照的に、ダービーで負かしたイクイノックスは同じ遠征でドバイターフを制した。イクイノックスはドバイターフ含めG1を六連勝し、世界最強馬の座を揺るぎないものにした。そして今年の有馬記念への参戦を見送り、種牡馬への道へと歩み出した。

この秋、イクイノックスに二連敗を喫したドウデュース。
リベンジの機会がもうないのは残念だが、ここは、ダービー馬としての意地を見せなければならない。

そして、なんと言っても鞍上の武豊はドウデュース以上にここに賭ける思いは強いはずだ。
この秋はドウデュースとのコンビでG1戦線を戦うはずだったが、あろうことか騎乗馬に太ももを蹴られ負傷し、休養を余儀なくされた。
秋の二戦、ドウデュースの背に武豊はいなかった。
しかし、武豊の心は決して折れない。
有馬記念でのドウデュースへの騎乗を目標にし、治療を経て復活してきた。

有馬記念と「復活」と言えば、1990年の同じ有馬記念。
終わった、と誰もが思った稀代のスーパーホース、オグリキャップを引退レースで復活勝利に導いたのが、若き武豊だった。

今年は、馬もそうだが、自分自身の復活を賭け、最高の騎乗を見せてくれるはずだ。

勝つのは、武豊しかいない。

ここで復活の狼煙を上げ、再び凱旋門賞挑戦への道を開く。

男は、新聞の片隅の空白に「◎ ⑤ドウデュース、武豊」と書き込んだ。

ドウデュースが勝つなら、2着はルメールのスターズオンアースだ。
フランス出身ながらいまや日本競馬の押しも押されぬトップジョッキーとなった、クリストフ・ルメール。

異国でトップジョッキーとなるための努力を重ねた彼は、いまや、馬の操縦のみならず、流暢な日本語を操り、馬を送り出す厩舎やメディアと円滑にコミュニケーションし、毎週のようにトップホースにまたがり結果を出し続けている。

そんな彼が常々、崇敬の念を惜しまないのが日本競馬のパイオニア・武豊だ。
日本競馬の枠だけに収まらず、若手時代から現在に至るまで海外競馬への挑戦を続け日本競馬の裾野を広げていく姿を讃え、また同時に、なぜ他の日本人騎手は武豊の後を追わないのか、不思議に思うとルメールは口にする。

やまぬ技術研鑽への向上心、国際舞台への挑戦、それらを支える、誰よりも強い勝利への欲望。
国籍は違えど、数々の大レースでワンツーフィニッシュを決め、心を通わせてきた武豊とルメール。
ゴールを駆け抜ける武豊とドウデュースの背に真っ先に祝福の声をかけるのはルメールだ。

「◯ ⑯スターズオンアース、ルメール」、男は新聞に書き足した。

ここまででももし実現すれば十分ドラマチックだが、ここは欲張って3着にも感動の彩りを加えたい。
となると、ここが引退レースとなるタイトルホルダーしかいない。

タイトルホルダーは、昨秋にドウデュースとフランスに遠征し凱旋門賞に挑戦。1番人気に押されたが、直前の豪雨で泥沼のように変わってしまった芝生に泣かされ惨敗した。
その後の日本のG1では、昨年末の有馬記念9着、今春の天皇賞(春)では競走中止と、それまでに積み重ねたG1三勝の栄光が霞む敗戦を続けている。

タイトルホルダーにとっても、ここは引退戦ながら、復活を賭ける舞台だ。

タイトルホルダーは、逃げ馬だ。
実況において、レース序盤からゴール直前の勝敗が決する瞬間まで、最も多く名前を呼ばれるのが逃げ馬だ。

”直線に向きました、タイトルホルダー逃げる、
後続が近づいてくるぞ、
しかし果敢に逃げる、逃げる、タイトルホルダー、引退レースで復活の勝利か!”

しかし、ゴール線に逃げ込む寸前、彼を目標に追い込んでくる馬たちに捕まってしまう。
それでも3着を死守する。

復活ならずも、意地を見せた引退レースの3着。

「▲ ④タイトルホルダー、横山和」。

男は、

◎ ⑤ドウデュース、武豊
◯ ⑯スターズオンアース、ルメール
▲ ④タイトルホルダー、横山和

と書き込むと、「いやいや、漫画かよ」とひとりごちた。

そして、これはこれで置いておくとして・・・と、真剣に予想を始めた。


(終わり)


これはレース後に書いた、おかしな形の観戦記です。
男は、自分で描いた完璧なストーリーに100円でも投じたのでしょうか?
それとも、それはそれで置いておいて真剣に取り組んだ、(ほとんどの場合残念な)予想に殉じたのでしょうか?

#スポーツ観戦記

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