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内定取り消しにあった件について

 先日、内定取り消しにあった。簡単に経緯について話していこうと思う。
 内定を貰った。食品の卸売会社である。年々業績を伸ばしていて、面接時の採用担当の方の人柄も、概ね好印象だった。完全週休二日制ではないのがやや気になったが、それでも風通しの良さそうな社風と、採用担当の方の素直な人柄にほだされたのか、私は入社の決意を固く決めていた。
 そこで、先々週辺りに内定承諾の連絡を入れることにした。内定承諾の旨を説明し、入社日を言い渡すと、採用担当の方から入社までの持ち物の説明が入る。転職活動も足掛け3か月と長かったが、決まる時はあっけないものだ。この数か月の軌跡をしみじみ振り返っていると、採用担当の方から「何か他に気になる点などございますか?」という質問が飛ぶ。私はふと、在職時に睡眠時無呼吸症候群について検査を受けたことを思い出した。検査結果では異常なしとは出ている。前職では発達障害を疑われ、会社というものが時にはとても冷たい面があるということを知っていたはずなのに。次の職場ではなるべく真面目に大人しくしていようと決めたはずなのに。何故だろう。この時の私はついほんの情報共有のつもりで、無呼吸症候群について打ち明けようという気になっていた。これぐらいいいだろう。何故なら検査結果では異常なしと出ているのだから。
 「実は睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるというか…検査結果では異常なしとは出ているのですが…時々呼吸が苦しくなって眠れない時があるんですよね…」私が話すと、やや採用担当の方の声色が変化するのを感じた。「それは心配です…。少し相談させてまた連絡させて頂きますね」。電話を切る。どこかモヤモヤとした不安が、白い紙に落とした墨汁が染み渡る様に、広がっていくのを感じた。ひょっとして、俺はとんでもない失言をしてしまったのではないか。もう少し一言、予備情報を電話で伝えておくべきだろうか。いやそんなことをしたらますます怪しいだろう。嫌な予感がした。気分転換に外に出た。向かう先は福岡の警固公園である。ベンチが沢山あり、若者たちをはじめ、様々な人種が集う憩いの場である。芝生の丘の上に座ると、景色を眺めた。子供が鳩を追いかけて遊び、親が温かく見守っている。女の子2人組にナンパ師たちが話しかけている。いつもは興味深く観察している風景であるが、この日はどこか「関係のない」ものだという実感が沸いた。この人たちは私とは何の関係もないのだ。内と外を隔てる溝が深くなっていくのを感じた。
 
 翌週の火曜日になっても、採用担当から連絡がなかったので電話を入れると、

「あれ…まだ連絡してませんでしたっけ?ウチの会社は朝礼で大きな声を出すので…やはり厳しいとの判断でして…」

「ということは…内定は取り消しということですか…」

「はい…」

電話をしていて、耳がカッと熱くなっていくのがわかった。面接ではあれほど従業員を大切にするなどとは言っていたではないか。たった一度の電話で判断するのか。

「はあ…すみません…検査結果では異常なしなのですが…御社がそういった判断を下されたということでしたら…」(すみません睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるとは言っても、医者から言われたのは仰向けにして寝るなということでして、横にして寝たら問題はないみたいです)

「申し訳ございません…」

「御社…非常に魅力的に思った会社でして…その…これからも頑張ってください…どこかでご縁があったらよろしくお願いいたします…」(たった一度ですか!!たった一度の電話で判断するんですか!?すみません、検査結果では異常なしとは出ていることに関して、御社では何か議論があったのでしょうか??あの情報だけで判断されたらただの偏見ですよ!!)

 私の中で、言いようのない怒りが煮えると、会社の不手際を告発するようなエモーショナルなシーンが目まぐるしく脳内に浮かび上がる。しかし、そんなことをしても意味などないのだ。同時に、この世界にそびえたつ社会という枠組みの残酷さに言いようもしれぬ不気味さを覚えた。この会社で働いている人間達は、たった一つの要素で外の人間を弾き、中で自分達は就活サイトのページにあるような笑顔を見せているのだろうか。いやそうではない。恐らく他の会社でも、家族だの風通しの良い職場だの言いながら、選考という過程で多くの人間を残酷にも振い落しにしているではないか!瞬間、とある絵画が目に浮かぶ。何かの漫画でみた、ペストの感染を防ぐために、城に入ろうとする感染者を上から槍でつつく兵士たちと、内側の城内で笑っている幸せそうな住民たちの絵画だ。漫画では、ペストから避難した住民たちを守るために、仕方なく感染を防ぐための処置だったということで、概ね内側の住民たちに対して焦点が当てられ、美談になっていた。しかし、外側の感染者たちはやはり死んだのだろうか。私は自分が侵入を拒まれた感染者のようで居たたまれなくなった。まさにあの絵画は偏見の構造そのものではないか。

マスターキートン10巻
確かペストの絵が遠い日本に渡っていたという話だった。マスターキートンはオススメな漫画である。

 色々あったが、書いているうちに少し落ち着いてきた。ペストの絵画は言いすぎたかもしれないが、要するに、会社は元々利益追求の組織だから、私たちも身構えなければならないのだろう。気を取り直して、これからは軽率なことを申告せずに就職活動を進めていこうと思います。


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