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この1枚 #8 『Court and Spark』 ジョニ・ミッチェル(1974)

長らく闘病していたジョニ・ミッチェルですが、昨年見事に復活し、2023年にもライブを開催したという嬉しいニュースがありました。また先日アサイラム期と呼ばれる1970年代中期のアーカイブがリリースされ、今またジョニへの注目が集まります。そんな中、そのアサイラム期にリリースされたジョニ最大のヒット作『Court and Spark』を取り上げます。


Court and Spark』はJoni Mitchell(ジョニ・ミッチェル)が1974年1月に発表した6枚目のアルバム。

絵はジョニ・ミッチェル自身が描いた

ジョニ最大のヒット

ジョニと言えば現代の評価だと「Blue」、ジャコ・パストリアスが参加した「Hejira」が評価を二分しています。その狭間に埋没しがちですが、セールスでは本作がダントツで、完成度とポップさと言う面でも随一の作品です。
アルバムはチャートで最高2位となり、200万枚のダブルプラチナに輝きました。グラミーのアルバム・オブ・ザ・イヤーにもノミネートされます。
弾き語り中心のサウンドから脱皮して、フュージョン的な演奏にポップソウル的な歌唱を載せたサウンドに、大きく変貌を遂げた一枚となります。
1974年の時点では世にないAOR的なサウンドを、先取りしたジョニの先進性にも感心するばかりです。

内側の写真はノーマン・シーフが撮影した。

Help me(A-2)

シングルのHelp meは最高 7 位まで上がり、彼女にとって唯一のベスト10入りとなり、ジョニ最大のヒットとなりました。

東のStuffと並び立つ、西のセッションミュージシャン集団の代表格Tom Scott and LA Expressをバックに起用しています。
Tom Scott(sax)、Joe Sample(piano) 、 Larry Carlton(guitar)、John Guerin(drums)、 Max Bennett (bass)
まだ25歳と若き日のラリー・カールトンが参加し、自身が「キャリアにおけるベスト5」の中に選んでいる程の充実したプレイが満喫できます。

弾き語りのデモと比べると、アレンジとバンドの演奏で曲がいかに進化したかが明解です。
「ジョニは完全なデモを持っておらず、ただギターを弾いて歌ったカセットがあっただけ。ジョニは指示は出さずに全てを任せてくれた。1時間ほどで演奏は完成した」と言うようにラリー・カールトンは述懐しています。
歌い出しの一行の後に差し込まれるG major 7thは、彼にとっても会心の伴奏でした。

リリース後のツアーでLA Expressを起用したライブ映像

Tom Scottとの出会い

For the Roses

サックスプレーヤーのTom Scottとの出会いが発端となって、『Court and Spark』にはジャズ&フュージョン的な要素が取り入れられました。
1971年に名作「Blue」をリリースするも、恋人だったジェイムス・テイラーとの別離もあり、鬱となりLAのローレルキャニオンを引き払い、ジョニは母国カナダのブリティッシュコロムビアに帰国し隠遁生活に入ります。
そして心機一転アサイラムに移籍しての初作品が、1972年リリースの「For the Roses」となります。

For the Roses

この録音中にTom Scottの「Great scott!」に収録されたWoodstockのカバーを聴くこととなり、気に入ったジョニはスコットを招聘したのです。

Cold Blue Steel and Sweet Fireではスコットのソロが聴けます。また、ベースはクルセイダースWilton Felderで、ジャズ畑のミュージシャンの起用が始まった過渡期の作品でもあります。

LA Express

翌年1973年彼女は数回しかライブを行わず、大半はスタジオでの録音に費やされます。「For the Roses」でドラムを担当したRuss Kunkelは、複雑になる新しい曲に苦戦し、「ジャズドラマーに依頼するべきだ」と本作への参加を辞退したと言います。

そしてジョニは、前作に参加したトム・スコットのグループLA Expressを、LAのジャズクラブBaked Potatoで見染めて、『Court & Spark』への参加を依頼したのです。
当時のLA Expressは、スコットにJohn Guerin(drums)、Max Bennett (bass)にクルセイダーズと兼務のJoe Sample(piano)、Larry Carlton(guitar)という布陣。
John GuerinMax Bennettはフランクザッパのジャズロックの名作『HOT RATS』(1969)にも参加し、ジャズからロックまでをこなす職人でした。
ドラムのJohn Guerin(ジョン・ゲラン)とは録音中に恋仲となり、その後暫く同棲するのです。
本作を通してLA Expressが全面的にバックアップを担当することが決まり、ジョニのジャズ路線の序章がスタートするのです。

余談ですが、自分がスコットを知ったのは、2年後の映画「タクシードライバー」 (1976年)のテーマです。

そして78年にはスティーヴ・ガッドリチャード・ティーエリック・ゲイルのスタッフの面々に、ラルフ・マクドナルド、クルセイダーズのロバート・ポップウェルを従え来日し、「トム・スコットと素晴らしい仲間たち」と銘打ったライブを展開。運良くその熱演に遭遇したのでした。

『Court and Spark』

Free Man in Paris(A-3)

シングルにもなったFree Man in Parisはチャート22位となります。
当時所属していたアサイラム・レコードの社長デヴィッド・ゲフィン
同じカナダ人のロビー・ロバートソン夫妻とパリに旅行に行った時
生まれました。ギターにホセ・フェリシアーノ、元恋人のデヴィッド・クロスビーグラハム・ナッシュがバッキング・ボーカルで参加しました。
この曲のベースはWilton Felderで、クルセイダース3人が顔を揃えます。同年リリースのスティーリー・ダンの「Pretzel Logic」にもFelderは参加しています。
1977年に世に出た「Aja」的な音を先取りしている感すらあり、それもそのはずTom Scott、Joe Sample、Larry Carltonは「Aja」にも揃って起用されていたのです。

LA Expressを従えたライブ演奏。

ライブ盤「Shadows and Light」に収録の1979年のFree Man in Paris。その頃にはJaco Pastoriusとタッグを組んでいたジョニは、ジャコが編成したPat MethenyMichael BreckerLyle MaysDon Aliasと言うジャズの精鋭とツアーに出ます。フュージョンからさらにジャズへと進化したジョニの変貌ぶりが見て取れます。

Court and Spark(A-1)

本作の冒頭を飾るタイトル曲のCourt and Spark。ジャズ風のコードに乗って弾き語る従来のジョニの路線で始まりますが、暫くすると、LA Expressの演奏が控え目に入りいつしかフルバンドとなり、リスナーは新しい路線に引き込まれて行くのです。
最高レベルの歌伴で新生ジョニのプロローグとなります。

Car On A Hill (B-1)

スコットのサックスがイントロから活躍するCar On A Hillスティーリー・ダンと通底するタイトな演奏が、ジョニの変貌を顕著に表しています。
その頃に恋仲だったグレン・フライのことを歌ったと言われています。

そして、最近アーカイヴシリーズ第3弾としてアサイラム時代にフォーカスした『Archives -Vol.3: The Asylum Years (1972-1975)』で公式にLA Expressとのライブ演奏がリリースされました。

Raised On Robbery(B-4)

ロックンロール調のこの曲は、ラリー・カールトンではなく、ロビー・ロバートソンがギターを担当。アサイラムに移籍したジョニは、当時ディランをアサイラムに紹介したロバートソンと親交を深めていたようです。

1973年8月25日のNeil Young & The Santa Monica Flyersとのセッション音源

LA Expressとのライブ

そして、Shadows and LightのDVDに収録されたジャコ編成のジャズ精鋭バンドとのど迫力映像。ロックンロールでのジャコのベースも聴き物。

Down To you(B-2)

Down To youはグラミーの最優秀伴奏ボーカリスト編曲賞を、編曲をしたジョニとトム・スコットが獲得しています。ジョニは編曲家としても才能の片鱗を見せ始めたのです。David Crosbyがバッキング・ボーカルに参加。アーカイブに収録の弾き語りと聴き比べると編曲の素晴らしさが理解できます。

Twisted(B-6)

ジャズへの接近を表すのが、初めて他人の曲を歌うTwisted。オリジナルは1952年のジャズナンバー。ジャズ歌唱の初披露です。「For the Roses」でトライしてお蔵入りしたデモと、本格的なジャズ演奏を入れた本作と比較すると進化がわかります。
アルバムの最後に収録されているため、今後のジャズ路線を結果的には示唆しているような気がします。

LA Expressとのツアー

Miles of Aisles

本作リリース後にジョニはLA Expressを従えてツアーに出ます。その記録はライブ盤「Miles of Aisles」として1974年11月にリリースされ、本作同様チャート2位となるヒットとなるのです。
実はセールス的にはこの時期がジョニのピークとなるのです。

ジャケットにもLA Expressの名前がフューチャーされた

カールトンとサンプルは多忙を理由に同行を拒絶し、ギターにはRobben Fordが抜擢され、鍵盤はLarry Nashに代わりました。

左からTom Scott、Max Bennett (bass)、Robben Ford (guitar)、Larry Nash( piano)、そして恋仲だったJohn Guerin ( drums)とジョニ

過去に弾き語りでリリースした楽曲をバンド演奏で変貌させ、大きな話題になります。特にWoodstockの変わりっぷりには驚きです。

「Miles of Aisles」に収録されたツアーと同時期のLA Expressとの映像。

ジョージ・ハリスン

さらにジョニを橋渡しに、LA Expressジョージ・ハリスンの新作レコードに参加するのです。
1974年4月、ツアー中のジョニのロンドン公演を観たジョージは、彼らを気に入り楽屋で次作「Dark Horse」への参加をオファー。翌日には自宅 (Friar Park)にあるスタジオに招き、2曲をレコーディングしたのです。
※ジョージが観たロンドン公演

それが珍しいインスト作のHari's on Tour (Express)です。
彼らはFriar Parkに一泊し、翌日からはまたジョニのツアーにジョインしたと言います。

その後、スコットとRobben Fordはジョージのツアーメンバーにまでなるのです。

ジャズへの接近

Jaco Pastoriusとの異次元コラボ

そのRobben FordよりジョニはJaco Pastoriusの音源を聴かされます。
「僕のソロ・アルバムが出たとき、彼女はツアーの最中で、バンド・メンバーのロベン・フォードが彼女にそのアルバムを聴かせたところとても感動して、すぐに僕をつかまえようと思い立ったらしい。」とはJaco Pastoriusの話。

そして1976年ジャコが初参加した名作「逃避行」(Hejira)にその成果は結実するのです。
ここからがジャズ期と言われ、本格的なジャズミュージシャンと互角に共演したアルバムが4作品続くのです。
ジャコを筆頭にウェイン・ショーターハービー・ハンコックなどの巨星たちとスタジオで共演し、映像のライブではジャコ、パット・メセニーなどの精鋭を従えたバンドと堂々共演したのです。
そして、ジャコとのコラボレーションも1980年で終わりを告げるのです。

カバー

Help me/Chaka khan

ジョニには珍しいポップ・ソウルな曲調はチャカが歌っても自然です。

Help me/KD Lang

Free Man In Paris/Elton John

Down to You/Brandi Carlile

2022年ジョニの復活ステージをサポートしたBrandi Carlileによるカバー
(2015年に脳動脈瘤を発症して以来、病に苦しんでいた)

Court and Spark/Norah Jones

ジャズとポップの融合を図った、ジョニの後継者とも言えるノラ・ジョーンズのライブでのカバー

Court and Spark/Herbie Hancock

Wayne Shorterも参加したHerbie Hancockによるカバー。ハンコックのジョニのカバーアルバム「River」より。
グラミーの最優秀アルバム賞を獲得します。

ジョニのバースデーを祝うライブの音源。Spotifyでも聴けるのでお勧めです。本作よりも3曲が選ばれました。

Raised on Robbery(2023 Live)

そして本作に収録されたRaised on Robbery
今年6月に開催された「ジョニジャム」より、復活ライブの映像での嬉しい元気な姿で締めとします。

ジョニ本人が手掛けた未発表のペインティングアートが使用されたアサイラム・ボックス

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