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土壌の奥深き世界の探求~②農業における土壌の役割

前回の記事では、土壌の生成過程や分類、特徴について概観した。土壌は、長い年月をかけて風化作用や生物活動によって形成され、その性質によって様々なタイプに分類される。
ひと口に「土」といっても、種類によって異なる特徴を持ち、植物の生育に大きな影響を与えている。

今回は農業の側面から土壌を考える。
農耕の歴史を振り返った後に、土壌の3要素である、物理性、化学性、生物性について解説する。


土壌と共に歩んだ農耕の歴史

今から約1万年前、人類は狩猟採集から農耕へと生活様式を大きく転換させた。この転換により、人類と土壌の関係が大きく変化した。
農耕の始まりとともに、土壌が食料生産の鍵を握るようになったのである。

農耕の誕生と弊害(1万年前)

農業の発達とともに人口は急増した。
農耕が始まる12,000年前の世界の人口は500-600万人程度だった。しかし、1万年後の2000年前(西暦0年あたり)で2-4億人まで増える。
農耕により人口は約40倍以上に膨れ上がった。

農耕は人類にとってまさに革命であった。しかし同時に様々な弊害ももたらした。
まず、二足歩行で腰をかがめて作業をするため、腰痛に悩まされるようになる。
また、これまでは狩猟採集のため、広い土地で人口密度は小さく過ごしていた生活から一変、定住し人口が増加したことで感染症に悩まされるようになった。

それでも、人類は農耕をやめることは出来なかった。農作業がいかに重労働で、いかに食物が偏っていても、倍近いカロリーを得られる農耕で一度増えてしまった人口から後戻りはできない。
狩猟採集の生活に戻れば飢餓が発生するからだ。

また、農耕の普及で、人口が増え、社会の構成単位が大きくなったことで、人間社会はより複雑化していった。
特に農耕は土地の専有である。これまでは、動く生き物(虫や鳥、動物)が人類の奪い合いの対象だった。
しかし、農耕社会になり、人類の争いは「土地を巡る争い」へ変化していく。
また、その土地も、肥沃度の高い土地が争いの対象となっていった。肥沃な土地を得られれば、農作業の労力が少なくと大きなリターンが得られる。

また、農耕を行う上で最も重要な要素は労働力の確保だ。
戦争により勝者と敗者が生まれると、敗者は奴隷として労働力に貢献した。上位階層が下位階層の労働力を使うことで文明が発展していった。

文化活動の発展

人間の文化的活動が一気に発展したのもこの頃だ。
農耕により、労働力を使いこなすことで、上位階層は労働せずとも、長期間の食の安全性を確保できるようになった。
その分、人生の暇を持て余すことになり、そこから哲学や芸術などの文化的活動が発展していった。

不毛な土地、土壌の改良へ(2000年前~)

紀元前には既に、過剰耕作や土壌侵食、塩類集積などの問題が発生し、かつて肥沃だった土地が不毛な土地へと変貌していった。

古代ローマ帝国は、長年の耕作で収量が落ち、かつ3世紀に寒冷期に入ったことで食糧の確保ができなくなる。この辺りから勢いを失うようになった。

その後、各地で土壌を労わる持続可能な農法が開発された。

自給自足・循環経済の江戸時代の農業

我が国日本の例を挙げたい。
日本は江戸時代に、人口が倍増したにも関わらず、265年の間、安定的な政権が保っている。そこには土壌改良の効果が大きい。

新田開発が行われたことに加え、肥料の供給体制も整い、収量が確実に増加した。

集落に近い里山では、落ち葉や朽ち葉を定期的にかることで堆肥を得ていた。
江戸や大阪の大都市では、近郊の農家が野菜を売った帰りに、人糞を肥料として持ち帰る仕組みが出来ていた。
街道に落ちていた馬糞は農家が収集していたため、当時の街道はキレイだったと言われている。

江戸時代中期以降、人糞よりも栄養価の高い魚肥が普及した。千葉の房総半島はイワシを干したついでに粉にした干鰯(ほしか)と呼ばれる魚肥の一大産地になっていた 。

江戸時代は鎖国社会だ。現代とは異なり海外からの食料輸入はほとんどない。現在は食料自給率40%弱、6割以上を輸入している。当時は食料自給率はほぼ100%だった。
また化学肥料も発明以前であり、糞尿や魚肥を使いオーガニック農業をしていた。

日本だけではなく、ヨーロッパでも持続可能な農法が生み出されている。

中世ヨーロッパで開発された「ノーフォーク式輪作」だ。この農法は、季節により植える作物を変えた。「輪作」だ。春まきの大麦、秋まきの小麦、家畜飼料としてのクローバーとカブを巧みに組み合わせることで、土壌の肥沃度を維持したのだ。マメ科のクローバーに共生する根粒菌が空気中の窒素を固定し、そこに家畜の糞尿も加わることで、地力が向上していった。

出典:Wikimedia Commons, ©Riccardo Romano 208, CC BY-SA 4.0

産業革命~化学肥料革命へ

しかし、産業革命の時期になると、環境汚染が問題となった。
都市部では、化石燃料の採掘や燃焼によって発生する硫黄酸化物や窒素酸化物が深刻な環境汚染を引き起こし、大気汚染が深刻化した。
さらに、これらの硫黄酸化物や窒素酸化物が酸性雨となり、都市以外の森林や農業地帯の土壌を蝕んでいった。

その後、20世紀に入ると、化学肥料が発明される。
化学肥料の始まりについては、以前にこちらの記事で書いた。

植物の生育に欠かせない栄養素のひとつ、窒素(化合物)。窒素は空気の約78%を占め大量に存在する。しかし、大気中の窒素ガスは極めて安定しているため、ほとんどの生物はこの窒素ガスを栄養として取り込むことはできない。そのため、植物は根を通して地中から窒素を得る必要がある。

当時、人工的に生成するのは不可能、工業生産は不可能と言われた窒素をアンモニア合成により実現したのがハーバー・ボッシュ法だ。

上記の記事より。

なぜ、化学肥料は広まったのか。
一言でいえば、土壌などの条件に左右されずに、素早く容易に生産量を高めることができるからだ。
(中略)
つまり、丁寧に土壌作りをする手間を飛ばしても、短期間で作物を育てるのに適した環境を整えることができる。
(中略)
20世紀の人口増加を支え、カバーするに足りる食料の生産量を生み出したと言われる所以だ。

化学肥料の発明により、人口はさらに急激に増大した。

日本を例にとっても、江戸時代末期の人口3000万人から、現在の4倍の1億2000万人に増えているのは、食糧貿易と化学肥料のおかげだ。
江戸時代の有機堆肥や土壌改良により、江戸時代初期の人口が1500万人程度から江戸時代末期に2倍の3000万人に増えているが、それを遥かに凌ぐ人口に増えている。

この4倍の人口を支えた要因の半分は、食糧貿易による輸入だ。
特に第二次大戦以降は食料自給率は割込み、全体のカロリー消費の約半分は海外からの輸入で賄われている。

そして、残りの半分が化学肥料の施用による。

世界中で、化学肥料の大量使用による「緑の革命」が起こった。
食料生産は飛躍的に増大したが、同時に土壌の劣化や環境汚染といった新たな問題が表面化した。

化学肥料の問題点についても、以前にこちらの記事で詳しく述べているので参照頂きたい。

記事の目次を抜粋

そして、現在、世界的に化学肥料の使用が制限されてきている。
持続可能な農業を実現するには、土壌の健康を維持し、再生することが不可欠だ。

前置きが長くなった。では、今回のお題である、土壌の健康とは何だろうか?

作物にとって良い土壌とは?


作物が健やかに育つためには、適切な土壌環境が不可欠だ。では、作物にとって理想的な土壌とはどのようなものだろうか。

良い土壌の条件は、大きく分けて5つある。

  1. 作物の支持:土壌が厚く軟らかいことで、根が容易に伸びていける環境が整う。(物理性)

  2. 水と酸素の供給:適度な水持ちと水はけにより、根に水分と酸素が十分に行き渡る。(物理性)

  3. 養分の供給と調整:窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)などの養分が根から吸収されやすい状態にある。(化学性)

  4. 物理的・化学的緩衝能:気温変化が緩やかで、pHの変動も小さい。(物理性と化学性)

  5. 土壌微生物の存在:有益な微生物が豊富に存在し、根の成長を促進する。(生物性)

根の成長に適した土壌は、通気性、排水性、保水性に優れ、柔らかい土だ。また、肥料成分のバランスが良く、pHが適正であることも重要である。微生物が豊富で多様性に富んでいることも、健全な土壌の証だ。

一方、養分の欠乏や過剰、重金属汚染、過湿・過乾、硬すぎる土などは、作物の生育を阻害する要因となる。

興味深いことに、作物によって好む土壌特性が異なる。
例えば、黒ボク土は表層部の腐植含有量が高く、土層が柔らかいため、根菜類やイモ類、落花生などの地中作物の栽培に適している
一方、赤黄色土は粒子が小さく強粘土質で有機物が乏しい強酸性の土だが、酸性を好む茶樹の栽培に向いている。

最近では、表層が柔らかい赤黄色土も多いため、粘り気に強いジャガイモや、アルカリ化させた上で幅広い野菜作りにも利用されている。

さらに、同じ土壌の種類でも土性により適した作物が異なる。
特に果樹と根菜は、土壌の物理性の影響を大きく受ける。
例えば、ナシは比較的粘土の多い埴壌土でよく育つが、モモ、ブドウ、リンゴは通気性の良い砂壌土の方が適している。

このように、作物にとって理想的な土壌条件は一様ではない。しかし、土壌の物理性、化学性、生物性のバランスを整え、作物の特性に合わせて土壌環境を整えることが、豊かな収穫につながるのだ。

地力:土壌の3要素(物理性、化学性、生物性)

土壌が作物を育てる力を地力(地力)という。
地力は、物理性、化学性、生物性の3つの要素の掛け算で決まる。

物理性は、土壌の排水性、保水性、柔らかさなどを指す。
土壌の物理性は短期間での改善が難しく、土木的な改良が必要となる。

化学性は、pHや窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)などの肥料成分の状態を表す。
化学性は、石灰によるpH調整や肥料の施用により、比較的短期間で改善できる。

■生物性は、有機物の分解や病害の抑止など、土壌微生物の活動に関わる性質だ。

さらに、この3つの要素は相互に連携し合っている。

■「物理性」と「化学性」の重ね合わせは、土壌の保肥力(CEC)などに影響する。
■「化学性」と「生物性」の掛け算は、地力窒素の供給や酸化・還元作用を左右する。
■「物理性」と「生物性」の掛け算は、団粒構造や腐植の形成につながる。


上記の図はJA西春日井のページから拝借(様々なページや文献で紹介される)

つまり、地力とは、土壌の3要素がバランスよく機能することで生まれる、作物を育む総合的な力なのだ。

持続可能な農業を実現するには、この地力を維持・向上させることが欠かせない。そのためには、物理性、化学性、生物性のそれぞれの性質を理解し、適切な管理を行うことが重要となる。

地力を測る~土壌診断とは?

農業における土壌診断は、上記の地力を診断することを目的とする。
最も多く普及するのが化学性の診断だ。化学性は目に見えないため、ラボでの分析が必要となる。
一方、物理性は目でみて手に取って分かるため、化学性ほど重要視されてこなかったが、実は大事な要素である。

最後に、生物性だが、まだ解明されていない部分も多く、因果関係が不明確なこともあるため、あまり診断が行われていない。

次回は、これらの土壌の三大要素である化学性、物理性、生物性について、より詳しく解説していきたい。それぞれの性質が作物の生育にどのように影響を及ぼすのか、また、どのような管理技術によってそれらを改善できるのかを探っていく。

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