小説「イチブとゼンブ」④
ー千橋達几ー
切り詰めすぎるなという父親の助言は正しかったのかもしれない。
俺は、来海高校の剣道部に入ってから狂ったように練習をしていた。
元々剣道が好きだったわけじゃない。
塞ぎがちの俺の性格を心配した父親が、家の近くにあった叔父さんの剣道場に通わせ始めたのがきっかけだった。
でも、死に物狂いで勉強して入った来海高校で何かを頑張りたいと思うのは自然な流れだった。
せっかく人生に良い波が来ているのだ。
俺がそれを止めてどうする。
「メーーーン!!」
「千橋、気合い入ってるな。だが力みすぎだぞ。もうちょっと残心を丁寧にとった方がいい」
「…はい」
残心とは、相手を打った後に気を抜かないことをいう。
これがきちんととれていないと、得点がもらえないことがある。
俺は、少しボロが出てきた自分の竹刀の剣先を見つめていた。
アドバイスをくれた元木部長は俺のことを怪訝そうに一瞥し、自分の元立ちへと向かっていく。
今、元木部長の技の受け手となる元立ちを務めているのは、たしかナカノトモキ先輩。
元木部長の迫力に押されているのか、端正な顔がぐにゃりと恐怖に歪む。
「おい、達几」
後ろの方から、男だらけの剣道場には馴染まない高い声が聞こえてくる。
「元木部長が助言くれてんだ。もうちょっと、しゃんと返事しろよ」
「…うっさい」
同級生の大崎弘也が、クルッと光る目でこちらを見ていた。
「うるさいじゃない。お前がそんなんじゃ、気持ちよく剣道できねぇよ」
「別に…。遊びでやってるわけじゃないんだし、気持ちよくなくても良いだろ」
「皆んなの雰囲気をぶち壊してるぞって言ってんの!」
「…知らん」
大崎は、まだ何か言いたげにこちらを見ていたが、やがてクルッと向きを変え、自分の稽古に戻っていった。
別に良い。俺は必死で練習をするだけだ。
練習後、ミーティングの時間に元木部長は今度の全国高校剣道大会の決勝で当たる相手を発表した。
「皆んな、相手は陸奥高校だ」
瞬間、ピリッとした雰囲気が皆んなの中に流れる。
「まぁ、とは言え決勝まで勝ち進んだらの話だ。まずは、目の前の敵を倒していくことになる」
「うちは勝ち進んでいけると思いますよ」
大崎が小柄な身体を目一杯大きく伸ばしながら、発言している。
「大崎、お前の言いたいことはわかる。だが、油断は大敵だ」
俺は、陸奥高校と決勝でやれる可能性があることを知り、身体の底から熱が昇ってくるのを感じた。
と同時に、惨敗の歴史を悔しそうに語る先輩方の顔が浮かんできた。
膝を抱えていた腕に力が入る。
ミーティングが終わり、各々が帰り支度を始める。
体育座りを解くと、腕が当たっていた部分がほんのりと赤くなっていた。
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