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小説「イチブとゼンブ」①

ー 大崎弘也 ー

来海高校から帰ってきた俺は、宿題も無いので、お気に入りの竹刀の手入れを始めた。

俺は、今日から来海高校に通い始めた。

これまたお気に入りの黄色い部屋着を着て、竹刀の手入れを余念なく行う。

クルミ高校という名称はカッコいいので気に入っていたし、自分の好きな剣道ができる。それに、偏差値も申し分ない。

期待と不安の入り混じった入学式ではあったが、俺は学校そのものには満足していた。

「明日から仮入部かぁ」

吐き出すように言ったのは、自分に気合いを入れるためだ。元気がなきゃ剣道なんてやってられない。



次の日、学校の授業が終わり剣道場へ行くと、ヒョロっとした奴が更衣室で着替えていた。

色も白いが、何やら真剣な眼差しが目に止まった。

「あの、1年生の方ですか?」

クルッとこちらに向き直ると、そいつは口を開いた。

「そうですけど。」

「あ、俺も今日から。よろしくどうぞ。」

「ん。」

おいおい、なんか無愛想じゃないか。なんて思っていると、続々と部員が到着し始めたので、何となく会話は終了した。

全員が着替え終わると、部長らしき奴が集合をかけた。

「はい、集まって〜。今日から仮入部の新入生が来てます。俺は部長のモトキコウダイです。よろしく。あと新入生は全員、軽く自己紹介をお願いします。」

その場にいた新入生が順番に自己紹介をしていく。

俺の次があのヒョロっとした奴だったので、なんとなく耳をそば立てる。

「センバシタツキです。中学から剣道をやってます。好きな食べ物は冷奴です」

パチパチと儀礼的な拍手が起こる。どうやら剣道部上がりは俺とこの千橋達几ぐらいのようだ。


稽古の後、先輩方としばし歓談という流れになった。

この際だから強そうな人に部の話を聞こうと、元木部長のところへ行く。

と、先に千橋達几が部長とあぐらを かいてなにやら話をしていた。

「あの、俺もここ入れてもらっても良いですか?」

「あぁ、いいよ」

部長にオーケーを貰ったので、スルッと千橋の隣に滑り込む。

「とまぁ、つまりうちの部はムツ高校にこっぴどくやられてるんだ。正直、部の創設以来、1度も勝ったことがないらしい」

「え、来海高校がですか?」

千橋が口を挟む。

「そうだな。まぁ、陸奥高校に勝つ。それから、大会で優勝する。これがうちの部の念願ってわけだな」

元木部長は、大きな体格に似合う頬の広い顔を悲しげに上に向けていた。

千橋は、そんな部長の姿をまじまじと見ていたがやがて目を逸らした。

その後も歓談は続き、俺は、部の士気の高さやなんとなく誰が強いのかなどを割り出していた。

みんな思い思いの先輩と話していたが、千橋は頻繁に話す相手を変えていた。

そんなことが気になるのは、あいつが剣道部上がりだからだろう。もしかしたら、ライバルになるかもしれないのだ。


2話へ続く→

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