小説 受験の季節 2/4話
夏休みが終わり、長袖で登校してくる生徒も増えて来た。
授業が始まる前、なんとなく、ぐるりと周囲の様子を探ってみる。
懸命にノートに何かを書いている女子、一対一で単語帳から問題を出し合っている男子生徒。
その一方で、スマホゲームに夢中な3人組もいるし、寝ている女子生徒もいる。
このクラスも、大分雰囲気変わったなぁ…
そんなことを思っているうちに、授業開始のチャイムが鳴った。
下校の時間になり、廊下の窓から、サッカー場でサッカーをしている後輩を眺めながら歩いていると、前に知った背中が見えた。
中条亜由美。俯きながら歩いている。
「よぉー、おつかれ!」
「あ、おつかれ〜」
彼女の手元には、英語の単語カードがあった。手書きで書かれた Difficult の文字が、はっきりと、しかし柔らかな字体で書かれていた。
ふと、そういえば亜由美はどこの高校を受けるんだろうと疑問に思った。
「そういえば、亜由美ってどこの高校受けるの?」
彼女は、口元に綺麗な笑みを浮かべた。
「中野高校だよー」
「中野かぁ。なるほどね」
「うん」
中野高校は、県内の中堅高校だ。頭は良いが、すごく難しい高校という訳じゃない。
「それは、なんで?」
亜由美は、少し目を見開くと、クスッと笑って答えた。
「ん〜。私の実力で、届きそうな高校だったから」
それは、俺にとっては意外な答えだった。
亜由美の実力なら、もうちょっと上の高校を狙えると思っていた。
「そうなの?」
彼女は、コクっと頷くと、単語カードを1枚捲った。Daughterの文字。
「あんま上いっても、仕方ないから。」
単語カードに手をかけながら、ポツリと呟いた言葉が、1人手に宙を舞った。
家に帰り、ノートを開く。今日の勉強の復習をしていくが、なんとなく、彼女の呟いた言葉が忘れられなかった。
俺は、サッカーの強い高校に行きたくて、努力をしている。
彼女は、どんな目線で受験を捉えているのだろうか。
窓の外の暗い空に目をやる。
俺は、自分の中の常識が崩れていくような感覚を、寒々と感じていた。
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