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小説 受験の季節 4/4話【最終話】

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何が気に触るんだろう。

俺は、疑問の渦に呑まれながら、勇気を出して聞いてみた。

「何が、気に触るんだよ」

「お前の、必死に頑張ってるところ」

頑張ってるところ?

俺は混乱した。今までに、頑張ってることを蔑まれたり、攻撃された思い出はない。友人からとなると、尚更だ。

「なんだよ…。いいだろ、別に。ほっとけよ」

俺の口から出たその言葉を聞いた謙介は、途端に悲しそうな顔になった。

そして、少し黙った後、おもむろに口を開いた。

「お前さ、頑張れなかった経験とかないの?」

頑張れなかった経験。そう言われると、ないかもしれない。

俺が答えられずにいると、彼は続けた。

「優祐、正直クラスでも頭が良い方じゃないじゃん。だから、俺と似た奴なんだと思ってた。俺は、勉強苦手だから、頑張れない。でも、毎日不安だ。良い高校に入らずに、この先の人生楽しいのか?上手くいくのか?ずっと考えてるよ」

謙介は、真面目なやつだ。剣道に打ち込む姿勢や、普段の会話から、それはわかっていた。

「そうか…」

なんと言えば良いのか分からずに、視線が宙を彷徨さまよう。

謙介は続ける。

「そんな中、優祐が頑張ってるのみると、焦るんだよ。俺は何やってるんだろうって。でも、頑張れなくて。そして、きっと明日も頑張れない」

謙介は、そこまで言うと、ふと自分の足元に視線を落とした。

俺は、その視線にすがるように謙介の足元に視線を合わせたが、視界に入るのは、謙介の上履きだけだった。

謙介は、クルッと向きを変えると、スタスタと歩いていってしまった。小柄な謙介の背中が、いつにも増して小さく見えた。


受験の日、当日になった。

制服に着替え、靴を履く。

玄関を出るところで、母親が「行ってらっしゃい」と声をかけてきた。

今年43歳になる母親は、元気そうな顔色で、これまた張りのある声を出していた。

「行ってきます」

玄関を出る。これから受ける試験のことを考えると、背筋に震えが走るのを感じた。

自分の緊張を感じながら、それでもやるんだという気持ちで歩き出した。

今は、強豪校でサッカーをやるという以上に、その先の人生を考えながら試験に立ち向かえている自分がいた。

スマホを取り出し、"試験がんばろうな!"とメッセージを打ち込む。

そのメッセージに既読がついた。謙介は、なんと返してくるだろうか。

俺は、一旦スマホを仕舞しまって前を見た。

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