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SF小説「ジャングル・ニップスの日常」3−6

(タイトルを「ジャングル・ニップスの日常」に変えてみます。たぶんまた、タイトルは変わるのかもなと思っています。)

ジャングル・ニップスの日常 第三章 作戦会議

エピソード6   タンポポ

「違うんだよ。エミちゃん、それ違うの。」

エースケがコーヒーを一口飲み、大げさにため息をつく素振りをした。

「うんとね。違うの。ヤスオはね、小二の時から絵が無茶苦茶に上手かったの。」

この話は初めてだ。ショーネンはそう思ってヤスオを眺めた。

「エミちゃん、コイツね、すげえ物静かな奴でさ。オレみたいに学校行ってドッジボールしかしない奴とは別世界の奴だったの。」

エミとワタナベサンが頷いた。

「オレもさ、まあ絵が得意だったんだけど。図工であるでしょ、外で絵を描く時間。オレ、鶏小屋でウサギを描いて、スゲエ上手くいったから見せびらかしたくって、そこらじゅう歩き回ってたんだよ。」

エースケさんは、子供の頃からあまり変わってないようだ。

「そうしたら、エミちゃんね、校庭側の花壇でさ、チューリップの前で座っている女子二人が、ヒソヒソ話しているのが聞こえてさ。ヤスオの絵のことを、スゴイヨネホントスゴイヨネって言ってんだよ。」

ヤスオさんが可笑しそうに額を掻いている。

「で、オレすぐヤスオを探してさ。どこに居るんだあのヤロウって。そしたらさ、グラウンドの隅のウンテイの下でね、画板を地面に置いてウズクマッてやがったんだよコイツ。あ、スイマセン。屈んでいたんですヤスオ君が。」

オカアサンとワタナベさんが楽しそうに笑った。

「で、オレ、どんな絵だと思ってそっと後ろから寄って、背伸びして見たの。そしたら、まだ鉛筆で書いているんだよ、ヤスオ。なんだコイツもう絵の具を塗る時間ないじゃんか、そう思いましたよ小学生のボクは。」

トシさんもカウンターの席に腰掛けた。

「で、どこが凄いんだよって目を凝らして、ジッと白い画用紙をみたら、タンポポ。ウンテイの根本に生えているタンポポなんだけど、それを、花びら一枚一枚、葉っぱの葉脈までビッシリ細い線で描いてやがったの。」

はぁーっと、ワタナベサンが声を上げた。

「そうなんですよ、この本の昆虫の絵ぐらい細かい、精密画のタンポポですよ。小学校二年生ですよ。ガーンですよボクは。ガーンって金槌で頭を殴られたみたいに、ショックでしたよ。」

「精密画って、それは大げさだろ。」

ヤスオが笑らい声で言う。

「もうボク、それがショックで、小学校では二度と絵が描けなくなってしまいましたよ。」

エミとオカアサンが眼を合わせて頷いている。

「ヤスオさん。その絵はまだどこかにあるんですか。ボクも一度でいいから、その絵を見てみたいです。」

トシがヤスオに声をかけた。

「たぶん実家にあるはずだけど、どうだろうな。」

「アタシも観てみたい。」

エミが言う。

「でも、そうなのよね。だから、エースケちゃんは、その時のヤスオさんの絵を目指して、絵描きになったのよね。」

エミが付け足した。

「そういうこと。」

はーっと、ワタナベサンがまた声を上げた。

「なんていうかオレは全部、いっつも、たまたまなんです。たまたまヤスオの絵を見て、その才能を目撃して、それに憧れて絵を描いて、たまたま外国で絵をまたやり始めたら、たまたま少し売れた。そんな感じなんです。」

エースケの表情がオカアサンに話しかけているものに変わった。

「でも、飾っていただけている絵は、まだそこで生きていて、なんというか、たまにここに来ると少し自分がして来たことに納得出来るというか、いつも感謝してます。ありがとうございます。」

オカアサンが眼を閉じて静かにウンウンと頷いている。

「ワタシも子供の頃から、絵をかくたびにエースケが褒めてくれたから、今があるんです。」

ヤスオがオカアサンに静かな声でそう言った。

「やめてよヤスオさん、エースケちゃんも、そんな話を聞いたら涙が出ちゃうじゃないの。」

エミが涙をボロボロ流していることに気づき、ホホホホッとヤスオが楽しそうに笑った。

「エミちゃん、ほら、もう、泣くことないでしょうに。」

ワタナベさんがナプキンを手渡すと、エミは涙を拭きながらカウンター行き、トシからティッシュボックスを受け取り鼻をかみ始めた。

オカアサンとワタナベさんが嬉しそうに微笑んでいる。

「エースケさん、ヤスオさんのタンポポの絵ってそんなに凄かったんですか。」

ショーネンはテーブルに体を近づけてエースケにそう聞いてみた。

「ああ。あんな凄いモノ、あれからオレは見たことないね。ショックで頭が真っ白になったもんな。」

懐かしそうにそう言うと、エースケは両手でカップを持ちあげ、コーヒーを静かに飲んだ。

つづく。

ありがとうございます。