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SF小説「ジャングル・ニップス」 3−4

ジャングル・ニップス 第三章 作戦会議

エピソード4  シンクロニシティー



テーブルに戻るとエースケさんが本をめくっていた。

「スゲエよこれ。」

モーニングセットのトーストを一口だけ齧って、本を読み始めてしまったようだ。

差し出されたページを見ると、カナブンのような昆虫が並んでいた。

標本のように整然と並んでいるが、これはどうやら写真ではなく絵のようだ。

隣のページに外国語で何か説明が書いてあるが読めない。

ドイツ語みたいだ。

「ヤスオが頂いたんだ。一緒に座っているカタの旦那さんの遺品だよ。」

ヤスオさんはオカアサンのテーブルでまだコーヒーを飲んでいる。

オカアサンの隣に座っているヒトからのプレゼントのようだ。

「すげえだろ。昆虫採集が趣味だったんだって。ドイツの有名な図鑑の複製らしい。ディテールがスゴイよなホント。」

エースケが本をテーブルに置き、適当にめくると、首が奇妙に長い虫のページが現れた。

「ヤバイよな虫って。なんでこんな形にって思うだろ?天才達って、ああゆう、メンサに招待されるようなIQが高い連中、子供の頃みんな虫に夢中になるらしいよな。バカの壁の養老先生もあれ、世界的なゾウムシのコレクターだろ?」

「ヨウロウ先生ですか?」

「ああ、解剖学者の、たまにテレビとか出てるだろ。」

「はあ。」

誰だが分からなかったが、ショーネンはうなずいて絵を眺めた。

「これもスゲエぞ。」

図鑑を閉じて横に置くと、今度は漫画の単行本くらいの本を出した。

掠れた可愛い表紙にトンボやバッタが描かれている。これもドイツ語みたいだ。

エースケが無造作に開くとハエの絵が現れた。

この本は標本みたいにではなく、生きているように描かれている。

古い本の甘い匂いがする。

「旦那さん、ヤスオの画集が好きだったから、奥さんこの二冊、ヤスオに貰って欲しかったんだって。」

「スゴイっすね。ハエってカッコイイんすね。」

「ああ、たぶん、これアブだろうけど、カッコイイよな。」

「ショーネン君。オマチドーサマッ。」

エミがドライカレーとトーストを持ってきた。

「あ、ヤスオさんのは。」

ショーネンが尋ねる。

「もう食べているわよ。ダイジョブ。トーストはどうする?オカアサンもう一枚頂こうかしらって笑っていたけど。」

美味そうだ。

「オレ、食べられそうだけど、一枚でも大丈夫です。」

「そっ。なら、オカアサンのトコに持って行く。」

ドライカレーとトーストのセットは想像していたより美味そうだった。サイドのコールスローに切ったプチトマトが乗っている。

「フォークとスプーンそのカゴに入っているからね。」

「オレもドライカレーにすりゃ良かったな。」

エースケがエミに甘えている。

「ドライカレーなんてカレーじゃないって言ってたの何処のどいつよ。」

「さすが、エミちゃん、ドイツ語の図鑑にかけてそう来たか。」

エミが大げさに白けた顔をしながらカウンターに戻っていった。

「すっげえいい匂い。」

エースケが笑っている。

「ちょっと食べますか。」

「ああ、いいよ、コーヒーもう一杯飲むから。」

エースケがメニューの横のカゴをショーネンの前に置きながらそう言った。

「オカアサン、ヤスオが来るの分かっていたんだって。」

プチトマトの味が濃くて美味い。

「うん、まだ早いけど、たぶん友達がハウスで育てた奴だろ。いや、まだ早すぎるな。たぶんどっかで買ったんだろ。」

オカアサンは予知能力があるようだ。

「ああ、あのくらいの年齢のヒトは、ミンナ予知能力くらいあるよ。」

エースケがカウンターのマスターにカップを指して、トシもう一つと声をかける。

「誰でもですか?」

「うん、健康なら誰でもだ。心配事が多いのは予知って言わねえけどな。」

エースケは当たり前のことのようにそう言った。

「それよか、この本二冊持ってきた、あのオトモダチが凄くないか?」

「そうっすね、たしかに。」

「素直なヒトなんだな。シンクロニシティー。頭で考えなくても良い方にシンクロしてんだ。」

なるほど、そういう物か。

魂の窓。

眼が受け取る光に敏感なんだ。

「うん。センセイが良く言ってたあれだ。素直なヒトはさ、色んな事がいっつもスムーズにシンクロするから、それが当たり前だと思ってる。あのヒトもちょっと驚いたくらいで、特別な事が起こったなんて思ってもいないよ。」

さっき、ちょうどタイミング良くドライカレーが出てきた。オレも今日はシンクロしているようだ。

「オマエね。そんなわけねえだろ。トシが冷めないように、フライパンに乗せたままにしてくれてたんだよ。エミちゃんが怒ってたろうよ。トーストもトースターの中だ、アホチン。」

エミの笑い声が店内に響いた。

「ああ、今のはシンクロだな。」

そう言ってエースケがクククと笑った。


つづく。




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