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SF小説「ジャングル・ニップス」第1章、8

ジャングル・ニップス 第一章・集合 

エピソード8 パルム


「いらっしゃいませ、おはようございまぁす。」

ノッポの店員はサンドイッチを棚に並べていた。

「おはようございます。」

ショーネンはアイスケースに手を置いて商品を眺めた。

「ブラック、仕入れなくなっちゃったんですよぉ。」

空になったコンテナを横に置きながら店員がつぶやく。

「え?」

ブラックを仕入れなくなった、店員はそう言った。

マジかよと、ショーネンが顔をしかめる。

店員が手を止めて、ショーネンの方に体を向ける。まったく可愛いオジサンだよな、そんな表情をしてコクリと頷く。

ガリガリ君、ピノ、パルム、シロクマ、ジャンボモナカ、雪見大福、スーパーカップ。まさかパピコなんて、朝からオレでもさすがに無理だ。

早朝、この時間、この季節、中年が買っていいのは赤城乳業のブラックアイスバーだけで、それ以外は考えられない。

店員が女性であったとして、ブラックなら照れることなく買うことができる。あら、二日酔いなのかしらん、そんな風に思ってくれるだろうと想像している。

「それって、これからずっとですか?」

店員に尋ねてしまった。

「ワタシではちょっと。店長に訊いてみないと。」

「ブラック中止?あ、それ痛いっす。だって、ほらオレが朝からハーゲンダッツクリスピーサンド買ったら不審者だけど、でもブラックなら、このヒトアイス好きなんだろうなくらいで済むし。ああ最低だ。」

勝手に言葉が溢れ出て来る。

「だいたいなんすかこれ。ハーゲンダッツクリスピーサンドッ?抹茶のクレーム・ブリュレ?ブリュレって、いらないっしょブリュレなんて。日本人にはブリュレなんて、なんのこったか分からんし。だいたいファンのニーズに答えないコンビニなんてありえないっすよ。ブラック党のオレ達を無視っすか?あのヤロー。あのデブ店長マジでクビだ。」

エースケの影響を受けてしまったようだ。

「それ、すごく美味しいらしいですよ。多分、他の商品を売りたいのでしょうね、新しい担当さんになったし。」

店員がクスクスと笑って、メガネを下げて目尻をかいている。

「ああ、まいった。スニッカーズだけで我慢しますは、オレは根っからの硬派なんで、あの手この手で誘惑する企業なんて眼中にないんで、今朝も明日もこれからずっと。ブラックオンリーでブラックオンリーなんで。オレの朝はもうブラックサンダーかスニッカーズだけ。そうします。」

ショーネンがそう言うと、エースケがMAXコーヒーのペットボトルを振りながら戻ってきた。

「シェケナベイベーしても缶じゃないと感じ出ないよまったく忖度。缶じゃないMAXコーヒーなんていかんでしょ。朝からゴメンナサイね。ホントどこ行ってもこうだから。息子がいつもご迷惑おかけしているんでしょ?ねえ店員さん、この子、誰かれ構わず話しかけちゃう、かわいそうな子だから、カンベンしてあげてね。でもウチに帰るとアナタのことばかり話すんですよ、ペットボトルって便利だよねお母さんなんて、もうこの子、あまりお友達いないものだから、これからもお友達でいてあげてください。アタシから、文句言わずに今朝はパルムを買うように言いますから。おいっショーネン、パルムで我慢しやがれこの野郎。まったく、どうしてこんな子になってしまったのかしらん。どうぞこれに懲りず、ウチの息子を今後ともよろしくお願いします。パルム、美味しいですよね。アズキバーなんて最近の子供達は見向きもしないし、こまったはね、あっ、それでさ、店員さん、アイスコーヒーのカップどの冷蔵庫かな?」

「あ、申し訳ありません。ウチはこちらで用意いたしております。」

笑いを堪えながらそう応える店員を見て、へーっと感心しながら、エースケは菓子パンの棚からロールパンの袋を掴むと、また奥に向かった。

「面白いお父さんですね。」店員が微笑む。

「ジョーダンきついっすよ。」

「オイ、ショーネンッ。ジョーダンは顔だけにして、店員さんにご迷惑おかけしないよう、帽子脱いで、列に並んでちゃんと待っていなさい、そんな息子に育てた覚えはありませんよお母さんは。」

エースケがそう奥で叫ぶと、バタンと冷蔵庫を閉じる音がした。

「ああ、冷凍・カボチャってなんだよ、カボチャプリンが食いたいんだよホントはオレはよう、どうなってんだよこの日本はよう。」

まだ言いたりなそうだ。

エースケさんがああなると、どれが本音なのか分からなくなる。

「全部ホンネですよぉ。」

店員がサンドイッチを棚に置いて、ハッハッハと乾いた声で笑った。


第一章おわり。

第二章につづく。

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