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ボードレール『悪の華』より『通りすがりの女に』を訳してみました|フランス詩🇫🇷

通りすがりのひと
──シャルル・ボードレール


街がとよもし
僕の周りで吠え立てている
と、そこへ
ほっそりと背の高い女が通りかかった
喪の正装、辺りをはらう苦悩のうちに
贅を好む手で裳裾をつまみ
花綱と縁飾りを揺らめかせながら

彫像のような脚に連なる軽やかな気高さよ
僕はといえば、飲み干していたのだ
正気を失った人間のように身体を引きつらせて

彼女のまなざしのなか
鈍色にびいろの空は いま嵐を孕む
とろけるような優しさ
そして命を奪う快楽けらく

閃光…それから闇
──一瞬の 美しきひと
そのまなざしはいきなり僕をよみがえらせたのに
もう 永遠の中でしか
君に会うことはできないの?

ここではないどこか 遥か彼方で?
遅すぎる──二度と無いだろう

だって
君がどこへ立ち去ったのか知らずにいるし
僕がどこに行くのか君も知らない

ああ 僕が確かに愛したはずのひとよ
君もそのことを
確かに 知っていたのに


詩集『悪の華』より


💎 フランス語の原詩


A une passante

La rue assourdissante autour de moi hurlait:
Longue, mince, en grand deuil, douleur majestueuse;
Une femme passa, d’une main fastueuse
Soulevant, balançant le feston et l’ourlet;


Agile et noble, avec sa jambe de statue.
Moi, je buvais, crispé comme un extravagant,
Dans son œil, ciel livide où germe l’ouragant,
La douceur qui fascine et le plaisir qui tue.


Un éclair… puis la nuit! – Fugitive beauté
Dont le regard m’a fait soudainement renaître,
Ne te verrai-je plus que dans l’éternité?


Ailleurs, bien loin d’ici! trop tard! jamais peut-être!
Car j’ignore où tu fuis, tu ne sais où je vais,
O toi que j’eusse aimée, ô toi qui le savais!


Charles Baudelaire, Les Fleurs du mal



💎 「人生は一行のボオドレエルにもかない」

...(略)...彼は梯子の上に佇んだまま、本の間に動いてゐる店員や客を見下みおろした。彼等は妙に小さかつた。のみならず如何にも見すぼらしかつた。
「人生は一行いちぎやうのボオドレエルにもかない。」
 彼は暫く梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。

芥川龍之介『或阿呆の一生』「一 時代」より


ボードレールといえば、本人の詩作よりもまずこちらが思い浮かぶ私です。

この「一行」というのは、一編の詩の一節であるだけでなく、ボードレールの詩作、また彼自身の生涯や時代を凝縮したものであるはずです。つまりは、"小さくみすぼらしい"同時代の人々に象徴される〈いま、ここ〉から逃れて、"Ailleurs, bien loin d’ici!"(ここから充分に遠い別の場所)に行きたいと願う、芥川龍之介の哀しみがほの見えてくるようです。


💎 シンクロニシティ:どこか遠くへ


ボードレールは、他にも類似のフレーズを残しています。

"私"(ボードレール)が自分の魂(âme)と会話しているという設定の詩。âmeは女性名詞で、下にも出てくる"mon âme"は、一般に、独立して用いられるときには「愛しいきみ」と女性に呼びかける言い回し。
自分の魂を恋人に見立てて会話をするということですから、フランス語の特性を生かした、粋な書きぶりです。

Enfin, mon âme fait explosion, et sagement elle me crie :
≪N'importe où ! n'importe où! pourvu que ce soit hors de ce monde !≫
ついに私の魂は爆発し、賢くも私に向かって叫ぶのだ──「どこでもいいわ! どこでもいいのよ! この世の外ならどこでも用が足りるから!」

≪ Any Where out of the World  - N'importe où hors du Monde ≫
散文詩集『パリの憂愁』Le Spleen de Parisより


〈いま、ここ〉に居続けるのがほんとうに苦手な、私のような人間は、感激のあまり固い握手を交わしたくなる眷属、それが象徴主義の文士であり画家であったりするのです。

💎 象徴主義ってなあに


ボードレールが出現しなければ、象徴主義は始まらなかっただろう、と言われるほどですから、『悪の華』を読めばおのずと立ち上がってくるのでしょう。

ですが、かいつまんで言うなら、《観念》に感受可能な衣を着せ、人間の《無意識》に手を触れようとした精神活動、と言えばいいのかもしれません。

《観念》や《魂》を追い求めようとすればするほど、宿命的に、〈いま、ここ〉から遠く離れてしまいます。

というよりも、生きることの本質である〈いま、ここ〉から逃げ出したくてたまらない人々の集団、なのかもしれません。なぜそんなにもイヤなのかは、その人それぞれなのでしょうけど…。


💎 名高き『悪の華』裁判


あまりの背徳性ゆえに裁判沙汰となった『悪の華』。ボードレールは敗訴し6編の詩を削除することとなりました。

といわれると、ぜひ読んでみたくなるのが人間のさが(*´艸`)クスッ

削除された詩は、現在では『禁断詩篇』として本の中に収まっています。
テーマはエロスで、グロテスクなものもありましたが、他の詩と比べて、際だって悪魔的ということもなく…もともと、どの詩もけっこう突き抜けてらっしゃいますから(^^ゞ

私がちょっと戦慄しかけたのは『禁断詩篇』ではなく、『悪の華』のなかの『殉教した女──知られざる巨匠のデッサン / Une Martyre - Dessin d'un Maître inconnu』。

こういった先行作品があったからこそ、ワイルドは『サロメ』を書けたのだろうなあと、妙に納得させられます。男女が入れ替わった『サロメ』。
サロメがキス止まりだったのはかわいいもんよ、と言わせていただいてもいいですか?(汗)
これは、間違ってもnoteに載せられないから訳したりしませんが…。でも、最後まで読むと、ボードレールもほんとはいい奴なのよね...と肩を持ちたくなったりもします。


ひとつ言えるのは、内容の背徳性はさておき、比喩がすごい。この表現力たるや、です。あまりにも的確かつ流麗な表現技法に気を取られて、出来事の異常さから意識が離れたり、戻ったりしているうちにすっかり幻惑される...それが、ボードレールの魔術的な媚態、なのかも。少しひもといただけで、描写の輻輳、暗い豊穣、絶望の多弁さに驚かされます。

ボードレールの"風紀紊乱"ですが、個人的に思うには、調和や神といった崇高なものに憧れれば憧れるほど、自分が惨めで穢らわしく思えてきて、悪行の限りを尽くして救いを諦める堕天使のように、背徳の沼に深く沈んでいこうとした、ということなのではないでしょうか。サタンに救いを求める絶唱を聞けば聞くほど、本当は神に救いを求めたかった、あまりの謙虚な自虐に、切ない気持ちになってしまいます。
憧れるものと書くものとが正反対の方向に割かれてしまったひと。たまに、至純なる美しさや哀しい静けさを見つけると、はっと胸を衝かれます。泥のなかからすっと伸びて咲く蓮の花みたい。
生々しい《生》のなかに澄んだ《死》を、生々しい《死》のなかに澄んだ《生》を見た人、なのかもしれません。

魔術的な神秘性をたたえている『悪の華』。ただ、腐臭のするような詩もありますので、好き嫌いを決める前に、いくつか読んでみることをお薦めします。私も少しずつ(日本語で)読んでいますが、天の高みから地の底まで引き回されますので、一度にたくさんは読めません。ボードレール風にいうなら、「魂の処女性を奪われそうな」スリリングな体験でもあります。

ボードレールと『悪の華』。締めくくりに引用するのは、雑誌『ヨーロッパ評論』に掲載されたという詩『禁断の書への銘句エピグラフ』( Épigraphe pour un livre condamné )から、後半部分。おそらく、『悪の華』の巻頭言として詠まれた詩だろうと考えられているそうです。

Mais si, sans se laisser charmer,
Ton oeil sait plonger dans les gouffres,
Lis-moi, pour apprendre à m'aimer;
Âme curieuse qui souffres
Et vas cherchant ton paradis,
Plains-moi!... Sinon, je te maudis!


だがもし君の目が、居すくめられることなく
深淵を覗き込めるなら
読んでくれ
私を好むことになるから

好奇に駆られた君の魂が悶え
己が楽園を探し求めているなら
私を憐れんでくれ
さもなくば
おまえを呪ってやる




↓初版から完全版まで、各版ごとのタイトル増減はこちらで確認できます↓(🇫🇷/🇺🇸)
https://fleursdumal.org


💎 訳してみて思ったこと


今回の詩『通りすがりのひとに』に戻ります。
そもそも、知らない単語のオンパレードで、往生したのですが...いろんな意味でとにかく手こずった詩でした。その分愉しかったので時間を忘れて過ごしておりました(◍•ᴗ•◍)✧*。

前回取り上げたランボー『サンサスィヨン』では、単純未来形の語末の音が小気味よく続くのですが、ボードレールのこの詩は、半過去や単純過去、現在形、未来形などいろんな時制がたくさん出てきて、それによって物事の順序や背景が示され、まるで小説のような手法だなあと思いました。

なかでも、いろんな種類の過去形が入り乱れるなか、恋人との逢瀬で突然現在形が出てくると、そこだけが色鮮やかに浮き立ってくる感じがします。

そこで、時制がわかりやすくなるように訳すことに。
たとえば、現在形には「今」を敢えて付け加えてみたり。場面を示す半過去のあとには「そこへ」を挿したり。完了の時制には、確度を高める副詞を足してみたり。

それで、もとは韻文なのですが、叙述している感じにしか訳せませんでした......💦

そして、なんと言っても悩まされたのが、最後の一行。
まず、文法がややこしい。
フランス語には、直接法、条件法、接続法、という法があります。さらに、人称、時制が組み合わさって、動詞の活用が複雑多岐にわたります。
辞書を引こうにも、もとの形がわからないとたどり着けないことも。

でも、逆に言うと、動詞を見れば、主語、時制、話者の気持ちを判定することができるので、英語や日本語よりも迷わずに済みます。

最後の行に、(人騒がせにも)接続法大過去が出てきます。文語の場合には、条件法半過去の代わりとして用いられることがあるといいますから、どちらを採るかによってまったく意味が変わります。それも、愛していたのかどうか、という核心が変わります(ボードレールの作為?)。訳者によっては「愛していたかもしれない君」と訳していたりも。


原文の形を踏襲してシンプルに訳すと:

ああ 僕が愛した君よ / ああ そのことを知っていた君よ

となります。
踏み込んで説明すると、

左の文→過去のある時点で、それより前に愛していた(大過去)と、"僕"の主観(接続法)で思っているところの、君

右の文→(上記をleで受けて)そのことを、過去のある時点で知っている状態だった、君

となります。訳本を二冊ほどあたってみましたが、原文の形に倣って「〜君(よ)」で締めていました。

ですが、日本語だと不自然な上に、最後の〆がそれだと余韻がないので、「喪失感」を響かせるための訳文にしました。たぶん、ボードレールが言いたかったのは、そこではないかな、と。

"僕"の気持ちになって朗読できる訳になっていればうれしいです。


💎 番外編【星の汀旅行社】〜最近訳した3篇の詩から


(ある旅行代理店の一室)

エージェントH.M.「みなさま、それぞれ遠くへ行きたいということで、弊社の説明会にお集まりいただいたわけですが…具体的に、どちらあたりまで?」

ランボー「僕は、碧い海の彼方に、船に乗って…あの、恋人と一緒がいいなあ…なんて。(顔を赤らめながら)でも、付き合ってる女の子はいないんです」
「船の手配はお安いご用です。…恋人も、なんとか探してみましょうね(うぶなお年頃だしマッチングアプリでいけそう)」

ネルヴァル「私は、冥府に行きたいのですが…我が運命の妃はおそらくそこに」
「…冥府…? ええと、でしたら、ギリシャの…たとえばキュアネ河のほとりにある洞穴までお連れして、あとはご自分で黄泉下りしていただけます? 弊社ではお命の保証はいたしかねますが(っていうか死なないと入れないような)...そういうことならこちらにチェックマークと、一筆お書き添え願います。あ、念書というほどのものでは…で、お次の方は…(わ、次のひとやっぱりこわもて。でもちょっとイケメンかも...っていうか写真が写真としてかっこいいからホログラムで出てきてもらってよかった♡)」

ボードレール「少々遠いので、難しいと思うがご尽力願いたい」
「とりあえずお話は承りましょう(^^)(酒瓶持ってるよ...いやだなあ...絡み酒かしら。ん? 阿片も...?)」
「……この世の外まで」
「は? ……この世の外、ですか…? それはさすがに私どもでは──あ、呑んでおられます?(^^ゞ」
「いや、まだ。これからです」
「......(しらふでこの世の外って)」
──別の女性エージェント、通りすがる。神秘的なまなざしで
「でしたらわたくしがお供いたしますわ」
──なよやかな手つきで、エージェントP.はボードレールと腕を組んで立ち去る。
「い、行ってらっしゃいませ...お気をつけて!(ホログラムでいいのかエージェントP......ま、彼女も生成AI搭載型ヒューマノイドだしね? その組み合わせなら相対性理論も超えられるかも☆)」




タイトル画像は serbuxarev様@pixabay です。


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