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千の夜、千の月|詩

真夜中に
夜伽よとぎ臥所ふしどから
半身を起こし
高い窓を見上げる

天頂に花ひらく満月は
夕べの血の色を脱ぎ捨て
浄められた青い裸身に還る

傍らに目を向け
先ほどまで
自分を抱いていた男の
静かな寝顔を見る

青ざめた月影が
精悍な面差しに
奇妙な幼さを投げかける

時折 瞼をよぎる
苦悶の影

亡き処女おとめらの亡霊か

それを見守る
私のまなざしは
いったいどれほどの冷たさなのか

つまらないというだけの理由で
何人もの処女おとめの首をはねた男

けれど
不思議にも
怖ろしいとは思わない

私はきっとこれからも
巧みに語り
この男の胸を躍らせ
満足させるだろう

私が愛しているのは
この男ではなく
この唇から
毎夜 紡がれ流れ出る
物語なのだから

いつかこの男が
本当に私を愛したら
私も愛し返すのかもしれない

そのときは
数知れぬ乙女らに
詫びながら
その唇で
口吻くちづけを受ける

けれど
なにより怖ろしいのは
そのときに

あらゆる豊潤さ
馥郁たる香りをもって
私を魅了した
物語が
かき消えてしまうであろうこと



けれどいまは
心を煩わせることはすまい

あの月が明るすぎて
苦しいというのなら
窓覆いを下げ
深い闇へあなたを連れて行く

優しい夜に
魂ごといだかれながら

この漆黒の髪の先まで溜め込んだ
月の雫を滴らせながら

そして歌う
あなたの中のおさなごころへ
届くように

おとなの彼が眠りにつけば
子どものあなたが目覚めるから

あなたはなにもかも知っている
正しさも
優しさも
慈しみも
儚い愛も

ただ
目覚めさえすれば
そのときに
すべてが満たされる

わたしはいつか
あなたの名を呼ぼう
陛下、ではなく
我が愛しの
シャフリヤール と




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