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【読書】『ミムスー宮廷道化師』/本物の賢さとは何か

「宮廷道化師」というものについて、この本で初めて知った。
なんて過酷な制度だろう。
この本はフィクションだけれど、「宮廷道化師」というポジションは、中世ヨーロッパに実際にあったらしい。

「宮廷道化師」。
王や貴族のそばにいて、楽しませると同時に、笑いのうちに皮肉ったり批判したりする役目も負う存在。 
賢と愚、真と偽、正気と狂気、そのはざまでトリックスターとして生き、階級や秩序をひっくり返しまぜこぜにして、世界を祝祭化する存在。
王に軽口を叩ける唯一の者でありながら、その扱いはサーカスの猿以下。王を喜ばせれば褒美(りんご)が投げ与えられ、怒らせれば拷問(失神するほどの鞭打ち)を受ける。
生きるも死ぬも、すべては王の機嫌次第。

【 あらすじ 】

ある王室に長年仕えてきた、年老いた宮廷道化師、「ミムス」(「ミムス」というのは、この本に登場する王室付き宮廷道化師が代々受け継いできた名前。道化になったその瞬間から、その道化師は「ミムス」となり、個人の本名は忘れ去られる)。

ある日このミムスの元に、捕らわれの身となった敵国の王子が連れてこられる。
「敵国の王子をミムスの弟子として道化にしたら、さぞ面白かろう」という、王の気まぐれな思いつきのためだった。

物語は、この敵国の王子の視点で語られる。
ミムスの弟子となった王子にとって、この国の王は、殺したいほど憎い相手。
けれどこの、死ぬほど憎い王の機嫌を取り笑い者となる座に甘んじなくては、死ぬより辛い拷問にかけられる。

王もミムスも自分の運命も、すべてを呪いながら生きる王子は、けれどもいつしか、誠意のかけらもないように振るまうミムスの中に、本物の賢さと何者にも汚すことのできない深い真心を見るようになるーー。

『ミムス』より

物語のクライマックス、敵と味方に分かれてどちらかを完全に倒すまで戦おうとする王族に対し、この宮廷道化師ミムスが語りかけ状況をひっくり返す場面がある。
これがまた、実にまったく道化師らしいやり方で、感服させられた。

愚者の仮面をかぶったまま、彼にしかできないやり方で、絶望的な状況をひっくり返す。
その場を茶化して混ぜ返し、なにもかもを余計に混乱させているだけに見せながら、最後には誰も辿りつけなかった調和に導く。

本当に賢いのは、誰か。
本物の賢さとは、何か。

最高に面白かった。

児童書と、あなどるなかれ。




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