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【読書】『タコの心身問題ー頭足類から考える意識の起源』/村上春樹ライブラリーで出会った本

早稲田大学構内にある、「村上春樹ライブラリー」。
そこに収められているのは、村上春樹作品だけじゃない。

館内に入ってすぐに目をひく、トンネル状になった階段の、天井まで届く壁面本棚。
そこには、「現在から未来に繋ぎたい世界文学作品」というコンセプトのもと選定された本がずらりと並んでいる。

その中の一冊に、この本があった。

村上春樹ライブラリー


『タコの心身問題』。
シェイクスピアやカズオ・イシグロといった大御所作家のタイトルが並ぶなか、この本はひときわ異彩を放っていた。
その存在感に惹かれて手に取り最初の数ページに目を通したとたん、わたしはすっかり引き込まれてしまった。

しらばく読みふけったあと、ここ村上春樹ライブラリーが完全予約入れ替え制で時間があまりない、ということを思い出した。

そうだいけない、ほかにも見たいものがたくさんあるんだった。
館内カフェにも行きたいし、いまここでこの本にはまってる場合じゃない。
ええと、とりあえず今はがまんがまん、図書館に予約、ぽち。うわ、届くの、たのしみ。

そんな出会い方をした、この本。
後日図書館から届いて、改めて最初から読んだ。

ため息が出るほど、面白かった。


頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。
それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。
進化的には互いにまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくったからだ。
頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。

『タコの心身問題』より


この本の著者ピーター・ゴドフリー=スミスは、哲学者であり練達のダイバーでもある。
「心は何から、いかにして生じるのか」をテーマに、生物進化の観点からタコを観察し、心・意識の起源を掘り下げてく。


進化は「まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」。
一つはヒトや鳥類を含む脊索動物、そしてもう一つがタコやイカを含む頭足類だと、著者は言う。
そして、こんな疑問を読者に投げかける。
「もしもタコになったら、どんな気分だろう。」

脳よりも多くのニューロンを有し、脳とは別に自律的に思考できるかのようにふるまう、8本の腕。
そんな身体を持ったとき、わたしたちの心は果たして今と同じままだろうか。
そのときわたしたちの経験する世界は、いったいどんな世界だろう。

「タコになったらどんな気分か」というこの問いの中には、「心とは何か」という疑問を解き明かす大切な手がかりがある、と著者は言う。
自分とは異なる存在と照らし合わせることによって、自分自身のことを理解する。そんなアプローチの方法を採りながら、本書はぐんぐん読者をひっぱっていく。


とにかく、スリリングで興奮する読書体験だった。
考えてみたこともなかった概念が自分のなかに入り込んでくるときの、意識がぶわりと拡がる、あの感じ。
著者の言葉によって拡げられた自分にマインドが追いつかない、あの感じ。
読みながら、まってまって、ちょっとまって、と、何度も言いたくなった。

と同時に、読み終えたときに不思議な癒しをもたらしてくれる本でもあった。
人間中心の世界観から一歩視点を後ろに下げて視野を広げることで、「普段見ている世界だけがすべてじゃない」「自分が重大事項だと思って悩んでいることの外に、こんなにも豊かに世界は広がっている」と知ることは、なんて心安らかなことだろう。

面白かった。
読んでよかった。

とにもかくにも、タコって、すごい。


最後までお読みいただきありがとうございました。
どうぞ素敵な読書体験を!

※書影は版元ドットコム様よりお借りしています。

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