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トイレに踊らされて、(エッセイ)

その日はテスト勉強のために友人と六本木にある「文喫」という本屋に来ていた。
文喫とは、入場料を払うことで店内の本を自由に読んだり、作業ができたりする有料の本屋だ。

私たちはカウンターの席をとり、飲み放題のコーヒーと気になった本を数冊、それと今回の本命である勉強のための道具を机に並べ、ダラダラと作業を進めていた。


作業をして一時間も満たない頃だったろうか。私は用を足すためにトイレに足を運んだ。

トイレは女性用が一つと、男女兼用が一つあり、私は男女兼用のトイレの前に向かった。
トイレの前には「未使用」のマグネットが貼られてあり、マグネットの裏には「使用中」という表記がされている。
トイレに入る時とトイレから出た時に自分でそれをひっくり返すことで空き状況を報告、確認できるというシステムなのである。

私は「未使用」の札をひっくり返し、中に入った。
トイレは多目的トイレのように広い空間の入り口から見て右奥に便器が一つだけあり、扉の正面に洗面台があるというシンプルなものだった。(画像参照)

※画像はイメージです。

当たり前だがそこで私はトイレの鍵を閉めて用を足し、何事もなく作業に戻った。

それから数時間後、再びトイレに行きたくなったので扉の目の前まで足を運んだ。

しかし扉には「使用中」の札が貼られてあったためその中に入ることはできなかった。

こんな狭い通路でトイレ待ちをしていると思われたくなかった私は、トイレが視界に入る本棚の周りををうろうろしながら、あたかも本を探している様に見せてトイレ待ちをしていた。

しかしいくら待ってもトイレの扉は開かない。
5分、10分、、、いつまで経っても扉が開かない。
本棚の本は、初めは気になる本ばかりであったが何度も往復しているうちに見飽きてしまい、しまいにはそれらに対してイラつきさえ覚えた。

一度トイレをノックしようかと悩んだが、あいにく中はだだっ広い多目的スタイルなのである。仮にノックをしたら中に人がいたとして、座っている彼あるいは彼女は返事のノックをすることができないのだ。(画像参照)

※画像はイメージです。

これは困った。
しかし待てよ?もし前使っていた人がトイレのマグネットをひっくり返すのを忘れていたのだとしたら、、、そしたら何事もなくトイレに行くことができるではないか!!

だが結局同じ本棚をぐるぐると周回していた私が今更そそくさと戸を開けるということも出来ず、その上もし誰かが使用していたら鍵のかかったドアをガッと開けようとしただけのクソダサ男になってしまうではないかと謎の持論を展開させた挙句、結局何もすることなく私はこの厄災と共存することを決意し、机に戻ったのだった。

たかが「使用中」の札一枚に踊らされている私はなんだったのか。

あのトイレの中に人はいたのか否か。

こんなにめんどくさくてどうでもいい葛藤をしたあの日のことはきっと忘れない。
絶対に水に流してやらないぞと心に決めた日だった。

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