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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2019年11月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第78話

月の砂漠のかぐや姫 第78話

 ゴビの赤土はとても細かいので、交易隊の人や駱駝が歩けば、風に舞い上がって砂埃となります。
 寒山の交易隊が歩を進めると、強い風に煽られて砂埃が広範囲に舞い上がりました。しばらくして、その砂埃が収まった後に浮かび上がってきた姿は、取り残された奴隷の少女、理亜のものでした。
 熱に浮かされた意識の中で、自分の置かれた状況を、彼女はどのように理解していたのでしょうか。
 自分。置いて行かれた。病気、熱

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月の砂漠のかぐや姫 第77話

月の砂漠のかぐや姫 第77話

「せめて、これだけは許してください」

 話はもう終わったとばかりに自分の馬に戻ろうとする寒山に断ってから、王柔は自分の腰紐に結び付けていた水袋を手に取ると、それを少女に握らせました。
 交易隊の先頭まで戻れば、自分の荷物を載せている駱駝もいますから、もっとできることがあるのかもしれませんが、おそらくそれは、これ以上の遅滞を嫌う寒山が許さないでしょう。今の自分ができる精一杯のこと、それが、この水袋

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月の砂漠のかぐや姫 第76話

月の砂漠のかぐや姫 第76話

 高熱のためか、理亜と呼ばれた奴隷の少女は、王柔に対して弱々しく頷くだけで、何も答えることができませんでした。
 そんな彼女を少しでも励まそうとする王柔でしたが、自分の後ろに冷たい空気を感じとって振り返りました。そうです、彼らのすぐ後ろには、寒山が立っていたのでした。

「その奴隷の女と、どういういきさつがあるのかは問わん。だが、案内人。その奴隷は、これ以上連れて行くわけにはいかない。交易隊全体の

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月の砂漠のかぐや姫 第75話

月の砂漠のかぐや姫 第75話

「どういうことですか・・・・・・」

 全く予想もしていなかった寒山の行動に、王柔は大きく戸惑っていました。先程まで寒山は、少女を休ませてやってほしいという王柔の願いを、考慮するそぶりすら見せていませんでした。その寒山が、どうして彼女を連から解き放つような行動を、起こしたのでしょうか。
 説明を求めるように自分の顔を見つめている王柔には何の注意も払わずに、少女から切り離した奴隷たちや、周りを取り囲

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月の砂漠のかぐや姫 第74話

月の砂漠のかぐや姫 第74話

「お願いします、お願いします。少し休めば、あの子もまた歩けるようになります。でも、今は無理です。少しだけで良いんです。どうか、休ませてあげてください」

 王柔は、馬上の寒山の足にすがるようにして、願いの言葉を繰り返しました。でも、そんな彼を見下ろしている寒山には、何がここまで彼を動かしているのか、全く理解できないのでした。
 彼は王花の盗賊団の一員であり、彼女は奴隷の少女です。二人に何の関係があ

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月の砂漠のかぐや姫 第73話

月の砂漠のかぐや姫 第73話

 自分の意志と関係なく、ただ精霊のほんの気まぐれによって、王花の盗賊団の一員として働き始めた王柔でしたが、そこは思いのほか彼に取って居心地の良いところでした。それは、盗賊団とは言うものの、単なる荒くれ者の集団、人の命と貨物を奪って心を痛めることもない、人でなしの集団ではありませんでした。
 そもそも、王柔が考えていた盗賊団というものは、遊牧民族の社会の中からはみ出してしまった者の集まりでした。厳し

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