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"生きがい" と "やりがい" の ちがい。-そらと、キャンバスのあるせかい-(中編) '創作物語 file.6'


中学の時にいじめを受けた。

信頼していた友人も、周りの知り合いも、いじめの標的にならないように、自分が”いじめられている”と認識した瞬間に、まるでオセロが白黒ひっくり返ったかのように、態度を一変した。

誰も相手にしてくれない。誰も関わろうとしてくれない。クラスでも、部活でもそんなことは起こった。まるで、オセロの盤上で自分だけ一人が白く肩身の狭い思いをしていた。

自分の居場所がどんどんいなくなっていくのが分かった。学校に来ている意味を見失いそうになった。何もやりたくなくなった。動きたくなかった。

けれど、親の目もある。先生の目もある。近所の人たちも気にするかもしれない。意味のない学校に行く意味があったのはそれくらいだった。

敢えて気丈に振舞って、何も気にしていないかのように生活して。日々をこなしていた。元々、人の前に立って明るく話す性格だったからこそ、そんな弱い部分を見せることが怖くて、ずっと自分じゃない誰かを演じてた。生徒会を運営していたし、成績もそんなに悪いわけじゃない。会話だって得意な方だし、清潔感だってないわけじゃない。

まさか、自分が孤独になるなんて思いもしないし、自分とは縁のないことだって思っていた。でも、そんな偶然的な必然は、突如として自分の肩にのしかかってきた。

その時の自分の筆も色も、完全に知らない人のもので、傀儡の様に描かされていた。

昼休みの時間も誰にも会わないように、美術室の絵をずっと眺めていたり、音楽室でお気に入りの歌をこっそり聞いたりした。そんなときだけが自分の唯一の時間で、救いの時間でもあった。


「ようやく、美術の面白さに気づいたかい?」

言葉をかけてくれたのは美術部の先生だった。

毎日のように美術室に来ていることを知っていたらしい。美術の成績は全くよくなくて、美術鑑賞の時には「ピカソの絵とムンクなら自分でも書けそう」とか言ってしまうくらい。残念ながら、感覚は群を抜いて無かった。そんな生徒が突然来たから、最初から不思議に思っていたらしい。

「この絵は僕も好きでさ、ずっと眺めていられるんだ。実はこの絵僕がこっそり学校に持ってきて飾ってる絵なんだ。あ、これは秘密ね。バレたらどうなったか分かったもんじゃない。」

声をかけられたことに対して怪訝そうにしている自分のしかめっ面とは裏腹に、無邪気に見せるその笑顔は、校内の誰よりも無垢なんじゃないかと思ってしまうほど明るかった。自分よりも感性なんてとんでもなく若くて、楽しそう。

「先生の生きがいってなんですか。」

あまりにもその笑顔が眩しかったからだろうか。自分でも分からないくらい素直に言葉が口から出てきてしまった。変なことを聞いてしまった、と思って先生の顔を見たものの、何にも言わずに静かに笑みを浮かべるようになった。

「そうかそうか。だから来ていたんだね。ここに。」

先生は、パズルのピースが正しい位置にはまったような、そんな口ぶりでゆっくりと話し始めた。何か月も剃っていないであろう、無精髭を親指と人差し指でなぞりながら。


ー先生な、3年前に奥さんと離婚したんだー

「えっ。」

先生はゆっくりと話し始めた。美術室の独特な絵の具の匂いが、鼻孔をくすぐる。まだ昼過ぎだというのにこんな重い話。どう返答していいか分からずに、驚きと同情の混じった声が喉の奥から出てきてそれっきりだった。


それでも先生は絵画だけを見て話を続ける。

「そりゃぁ、素敵な奥さんでさ。高校時代からの付き合いで、すっごく仲も良かったんだよ。周りの友人も羨むくらいのカップルで、大学もお互い東京ですぐに同棲し始めて、あの頃から結婚はこの人だなってずっと思ってたよ。」

雲一つない青空が窓の外に広がっている。そんな景色に背中を向け、机に座ったなんてことない教員と、心のすさんだ鬱屈した心の中学生。その2人の淀んだ世界観だけが室内に充満する。

「怒られたことはたった1回かな。俺が本気で美術家になるって言って、24時間寝るのも食べるのも忘れて、絵を描いて、描きまくって。それが原因で倒れて入院した時。あいつ、病室に入ってくるなり、いきなり俺の頬を平手打ちしてきてさ。」

そのときのことを思い出してか、髭を触っていた指はいつのまにか頬のあたりまで上がってきており、手でさすり始めていた。

「ドラマでもあんなにいい音で叩かれないだろうな。って思った途端、急に泣き始めてさ。”あなた一人の身体じゃないんだからね”って。すごく心配してその日にあったテストも投げ出すほどだったらしいんだよね。その時に、”あー。この人生はもう自分だけのものじゃないんだな”って、実感したよね。」

まるで、純愛ドラマのワンシーンを聞いているかのようで、少し身体がむずがゆくなった。普段、あんまり話さないような人の、プライベートの話はなんだか伝記のようで、本を読んでいる感覚にも陥った。

「その奥さん、、いや元奥さんが自分の唯一の”いきがい”だったんだろうな。離婚してからは、もう何も手につかなくて、何にも面白いことなんてないわけ。あんなにも色づいていた景色が一瞬にしてモノクロの世界になって、全てが黒くなっていったよ。ってか、訳が分からなかったんだよな。急に、別れようって言われて、理由も答えてくれず、1週間後には家から跡形もなく消えていたからさ。」

今ままであんなにふざけて話していた先生の瞳はもうすでに、その絵画はみておらず、その先のどこか遠くをみていて。それは到底自分では想定できないような、遠く、はるか遠くの過去の想い出に浸っている様だった。

「それでも諦めきれなかった俺は、何とかして理由を聞き出そうと実家にも行って、話を聞きに行ったんだけどさ。その人のお母さんが出てきても、帰ってきてないって、連絡はないって言うんだ。普通、とりあえずは実家に帰るはずなのにそれをしていないし、むしろそれをお母さんにも隠しているってこんな怪しいことはないなって思って、怪しんでいたわけよ。そしたら、お母さんがおもむろ俺に言ってくるわけ。」

この会話の段階で自分の頭の中では、生きがいや離婚がどうこうよりも、その先生の元奥さんの残した謎を自分なりに考えているので精いっぱいだった。

「”そういえば、なんか旅行に行くとは言ってたわね、男の人と。”」

言葉を疑う。今までそんなに親しく、優しく接していた人が理由も告げずに離れて、しまいには他の男と旅行なんて。中学生の自分にもわかる、事実上の不倫であると。

「そこで思ったわけ。あー、そうか。別れたかった理由が言えなかったのは俺への気まずさと、せめてもの優しいウソだったんだなって。俺にも悪い部分はあったのかな~って、そこからは反省に次ぐ反省よ。どこが悪かったのか、どんなところが不快にさせてしまったのか。けど、そんなことやったって戻ってくることも無いし、意味ないよなって気づいたのが離婚してから1年後。ようやくその感情から離れられたわけ。」

人生、山あり谷ありとは言うが、この先生はだいぶどん底の谷間で落とされたんだなと思った。信頼していた人に離れられ、生きがいを失ったと思ってしまうくらいなんだから。それに比べたら自分の現状は、どうなんだろうと比較してしまう。実は、なんてことなんじゃないかと思ってしまう。先生は続ける。

「とか、なんとか悲しそうに言ってるように聞こえるけども。まあ、この話には続きがあってだ。これで終わりじゃないんだわ。」

「ん?そうなんですか。」

思わず、驚いてすぐに返答してしまった。それをみるやいないや、待ってましたと言わんばかりの先生の笑み。この人は何を考えているのか、全く読めない。


話はまだまだ続く。

~中編・完~


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