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饗庭 璃奈子
2015年8月20日 03:17
土日を跨いで週明け、朝も早くから来客を知らせるチャイムが響き渡るのに跳ね起きる。こわごわドアスコープを覗いて、私は驚きのあまり、胸に抱え込んだアルマイト鍋を取り落としそうになった。なんとそこには、見慣れたスーツ姿の上司と先輩が、やけに神妙な面持ちで、佇んでいたのだ。 あのあとも、会社から何度も入る連絡に、結局一度も私が応じることはなかった。それでとうとう、私の身の上に何か災厄が降りかかったんじ
2015年8月9日 22:53
はじめて全てを許した相手だった。 学生時代、彼の前に付き合った異性とはキスまでがせいぜいだったし、下心を持って体に触れてくる手はどれも穢らわしく思われて、少しでもそんな素振りを見せようものならば、私は即座に彼らを乱暴に跳ね退けた。影で〝鋼鉄の女〟と囁かれているのだって知ってはいたけれど、それでも私を求めてくる男は絶えなかった。自分がどれほど男たちの目に目映く映るかということを、私は完璧且つ正確
夢を見た。 私と彼はダイニングテーブルを囲んで、彼は彼の特等席に、私は私のいつもの場所に向かい合って座り、お皿にはポトフや、私が手ずから焼き、手ずからぺしゃんこにしてしまったはずのショートケーキワンホール、パーティー仕様の手料理の数々が、彩りも鮮やかに盛りつけられている。お皿はクリスマスにちなんだ柄の、今日この日のために用意した特別なものだ。細長いグラスには金色のシャンパンがなみなみとつがれ、
2015年8月9日 22:52
会社に行けなくなった。鍋を持って、電車に乗るところまでは行けたとしても、汚れた鍋を後生大事に抱えて仕事をするわけにはいかなかった。不潔な女だと思われたくなかった。そう思うだけの理性はまだ残っていた。 あのあと、彼と入れ替わりに、騒ぎを聞きつけた大家さんがやってきた。大家さんの部屋は一階の片隅にあり、私の部屋は三階の対角に位置していたから、私は泣き叫んだり、喚いたりは微塵もしなかったけれど、鍋や
2015年8月9日 00:30
おおよそ一年と四ヶ月ものあいだ、彼と私はいつ、どんな時でも一緒だった。買い物に出かける時も、お風呂に入る時も、トイレに座って鍵をかける時でさえ、傍らにはいつも彼がいた。彼と、少しの食事さえあれば、私は多くを必要としなかった。彼のくぼみに指を這わせる時、私は他の何物にも代えがたい幸福を得た。私と彼は実に慎ましく、私たちだけが知るルールの中で、ひっそりと、美しく暮らした。他の誰からも理解されずとも、