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白い気球と追憶のペン


■My note!

私は基本メモをとるとき、スマホのメモアプリを使います。
携帯性と利便性で考えると、アイデアが浮かんだとき常に持っている可能性が高いのがスマホになるからです。
あとは寝っ転がりながら本を読んでいてメモを取りたいとき、紙だと起き上がらなければならないのが億劫というぐーたらな理由でもあります。

ただ、改まってネタ出しをしたり、考えをまとめるには紙のノートの方がやはり優れているかなあと、一長一短な感じがします。なので、喫茶店などでネタを考えるときは紙のノートをお供にするようにしています。ノートはA5のソフトタイプのリングノートを使用しています。
書いていて手が痛くならないんです。昔はソフトタイプなんかなくて、手が痛くなってイライラするからリングノートは嫌いでしたが、時代の進歩って素晴らしいなと思います。

ノートは昔から基本黒一色しか使わなくて。自分だけが見て分かればいいやというまとめ方をするので、「ノート貸して」と言われると困りました。多分何の参考にもならないからです。
自分なら、ノートのその場所にその単語が書いてあるのはそういう意味で、別に書いてある単語と関係があって、と書いたときの心情から辿っていくことができますが、他人にはできません。

なので、カラフルな、綺麗に整理されている「見せる」ノートに憧れます。でも、作ろうとすると三日で飽きるんだろうな……(遠い目)。

やってみなければ分からないっ!! と根拠のない意気込みをして、まずは形から揃えてみようと行ってきました。ロフトに。

書店員だった頃は文具も扱ってましたが、あの頃より種類が遥かに増えていて、目移りしてしまいます。

オタオタと迷いながらも、最低限、揃えて参りました。

私によって選抜されたロフトの精鋭たち

元々持っているものとしてA5リングノート、オレンズのシャーペンや消しゴムなどがありますので、それに加えて彼らを投入します。

私にしては多色……、頑張った方です。使いこなせる気がしません(笑)

ただこれらの精鋭たちを駆使して、My noteを絢爛豪華なネタ帳にするのです。ただし、ネタ帳が絢爛になっても私の文章は絢爛にならないのです……悲しい現実です。

ということで、今日は文房具をテーマにした掌編をおおくりしたいと思います。

■気球郵便配達人

 夢を見ていた。
 広い原っぱだ。風が吹くたび、たんぽぽの綿毛が風に舞っていた。
 康介はその綿毛を見ると、小さな気球を思い浮かべた。冠毛にぶら下がる果実が気球の本体で、その中には小さな冒険家が乗っている。そして風や人の息で飛ばされ、上空に舞い上がって新天地を目指すのだ。
 康介の叔父はトルコのカッパドキアで気球の事故に遭い亡くなっていた。いつも無精ひげを生やして、世界を回っていた彼が、まだどこかにいるかもしれない。そんなセンチメンタルな希望をたんぽぽの綿毛に託しているのかもしれなかった。
 原っぱには五歳の康介と、もう一人女の子がいた。康介は第三者として二人を眺めている視点だった。
 女の子はさらさらと絹糸のように流れる黒髪が特徴的で、光の当たり方で深緑色に見えることもあった。顔だちも人形のように、といっても西洋人形のようにぱっちりとした二重の目、長いまつげ、小ぶりな紅い唇に白磁のような滑らかな肌と、日本人離れした妖しい美しさを湛えていた。
 少女は五歳の康介に耳打ちして、手の中に一本のペンを握らせる。
 五歳の康介はよく理解ができず、少女の美貌にぽーっとした頭を傾げ、耳打ちされた言葉を呟くように繰り返す。
 康介はそこが肝心なところだろう、と叫びだしたくなるが、夢の中だから自由が利かない。多分短いその言葉……、それは康介が長年思い出せずに引っかかっていたものだった。
 少女は立ち上がり、細かなレースの刺繍が施された空色のワンピースを翻し走り去ると、少し離れたところで口に両手を添えて叫ぶ。
――約束だからね。
 少女はそのまま去って行き、残された五歳の康介はぎゃあぎゃあと鳴く鳥の声や、風にさんざめく樹木のざわめきなどに身震いすると、情けなくもその場で泣き声を上げて、誰かに助けを求めるように泣き続けた。

「居眠りなんて珍しいんじゃない、早見。もう放課後だよ」
 頭をぽこんと叩かれた。感触からすると、丸めた教科書だ。厚さから考えて生物。
 顔を上げて大きく欠伸をする。両腕を真っ直ぐ伸ばし、背筋を張って、ん、という声がもれる。そう長く眠っていたつもりはないが、なんだか体が凝って強張っているような気がした。
「女子の前で大欠伸をかくなんて、失礼だと思わない?」
「お前の前で格好つけても仕方ないと思うけどな、黒瀬」
 黒瀬と呼ばれた女子は、長い黒髪をうっとうしそうに払いながら、「どういう意味かしらね」と好奇心と聡明さを窺わせるような大きな目をぴくりと吊り上げて、腕を組んで問うた。
「保育園からずっと一緒のお前に対して、格好つけるというおれの尊厳はとっくに奪われている」
「その言い分だとわたしが悪いみたいだけど?」
「そう聞こえたならそうなんじゃないか」
 黒瀬ちはやとは親同士が仲が良かったせいで、保育園から高校に至るまで、ずっと一緒の道を歩かされてきた。しかも何の因果かクラスまで同じで離れたことがない。家が近所だから登下校も必然一緒になり、学校公認カップル、と揶揄されているせいで、康介は恋の一つもできないのだった。
 康介が解せないのは、黒瀬はその気になれば県下最高峰の女子高にも通えるだけの学力がありながら、康介と同じ中堅やや上、の進学校を選んだことだった。中学時代の担任も、黒瀬の親も、黒瀬の親から頼まれた康介も説得したが、本人が頑として応じなかった。そのせいで、黒瀬ちはやは入学以来学年首席を保持しながら生徒会長を務める一種の異端児となっている。
「あなたに居眠りする余裕があるとは思えないけど」
 うっと康介も反論に詰まる。勉強のことを持ち出されてはぐうの音も出ない。康介の成績は中の上が精いっぱいというところで、国立大を目指すには少し心もとない位置にいた。
「わたしが教えてあげようか」
「いや。お前の思考回路は人に教えるのには向いてない」
 黒瀬は「分かる」ことが当然で、「分からない」ということが「分からない」人間だ。問題を解くことはできても、人を問題が解けるように導くことは苦手だ。康介は幼馴染にも弱点があるのだと思うと安心できた。欠点のない人間はどこか化生じみていて、人の香りを感じさせない。弱さとは人を彩る香りだ。それがいくつも組み合わせられて、その人物の香りを形成する。
 黒瀬の香りは、ほんのりと甘く、空のように爽やかで、ただ少し雨のような悲しい匂いがする、と康介は思った。
 自分が知っている黒瀬ちはやは、ほんの一部なのかもしれないな、と黒瀬の顔を眺めて思う。
「でも、今のままじゃ判定にぎりぎり届かないからな。図書室で勉強でもしていくよ」
「わたしも付き合うよ」
 断っても、きっとついてくるだろうと思った。「悪いな」と短く呟いて、康介は机の上を片付け始める。黒瀬の顔が一瞬笑みで輝いたのは、見間違いだと思うようにした。
 自分は黒瀬を縛る枷だと、高校に入学したときから康介は考えていた。自分さえいなければ、黒瀬はもっと広い世界で活躍していたはずだ。数々の運動部の誘いを断って帰宅部になることもなく、文武両道、学校の誉れとして満たされた学校生活をおくっているはずだった。
 だから黒瀬も自分も、お互いから卒業しなければならない。互いを縛り付ける、夢の鎖を断ち切って。そのためにも、夢の少女が言った言葉が突破口になる気がしたのだが、一向に思い出せそうな様子はない。
――人は空を飛べない。分かるか、康介。人は空を飛べない生き物だ。だから人造の翼に頼る。いいか。ちはやちゃんは何でもできるように見えるが、空を飛ぶことはできないんだ。だが、お前という翼を得れば、空をも飛ぶことができるかもしれない。忘れるな。ちはやちゃんは別に人より強いわけじゃない。普通の女の子だ。
 叔父の言葉がよみがえる。言われたときは何のことか分からなかった。だが、成長するにつれ、叔父の言わんとすることが分かるようになった。そしてこれが、叔父の遺言となってしまった。
(でもな叔父さん。黒瀬はおれなんかじゃない方が、もっと高く飛べるかもしれないんだ。おれが黒瀬の可能性を潰すこと、それが一番悔しい)
 考え事をしていたせいで、ペンを落としてしまう。あっと思ったときには黒瀬が拾って怪訝そうにそれを見つめていた。
「随分古いペンね。……これって」
 取り返そうとする康介の手をするりと抜けると、黒瀬はキャップを外し、キャップの内側を覗き込んだ。やがて、ふふふっと笑い声をもらすと、ペンをキャップに収め、康介に返す。
「気が変わった。今日はわたし帰るね」
「ん? ああ、構わないけど」
 黒瀬は学生鞄を机から拾い上げると、「大事にしてくれて嬉しい」と少し恥じらったような頬を赤らめた笑顔で言って教室を後にした。
 康介は首を傾げながらペンを眺め、キャップを外すと内側を覗いてみた。そこにはひっかき傷のような白い痕があり、どうやら文字のようだった。夕暮れの差す窓を背にして立ち、キャップを陽に透かすようにして眺める。
 そこには、「早見ちはや」と書かれていた。文字の特徴にも見覚えがある。叔父の字だ。多分、叔父が黒瀬に頼まれて書いたのだろう。十年以上も持っていながら、こんなメッセージが隠れているなんてこと、まったく気が付かなかった。
 たんぽぽの綿毛が舞う。その一つに小さな叔父が乗っていて、「おういおうい」と嬉しそうに手を振っている。
 原っぱの向こうには少女が立っていて、瞬きをした刹那、少女の姿は黒瀬になる。
 黒瀬は叔父が乗った綿毛を掌で受け止めると、康介の方にペンを差し出して言った。
「わたしの幸せは、あなたの隣にあるの」
 康介には分かった。それは、あのときの少女の耳打ちのメッセージだった。
 黒瀬は心の底から幸福そうだった。器の中に幸福という水が満ちて、不幸など入り込む余地がないといったほどに、幸せの中に揺蕩うような笑顔だった。
――何が最善で、何が幸福かはわたしが決めるの。誰の手にも委ねない。
 進路でもめたとき、そう豪語して両親や担任を黙らせていた、黒瀬の芯の強さを思い出した。だが、あれは芯が強かっただけではなく、黒瀬の弱さでもあったのだ。康介という寄るべき柱に寄り掛かり、頑迷になった黒瀬の人間らしい弱さだった。でも、誰もそれに気づいてはやらなかった。
 我に返ったとき、康介は教室に一人だった。
 鞄を背負うと、鞄からふわりと白い綿毛が舞って、机の上に着陸した。それを見て康介は微笑し、頷いた。叔父さんは手紙を届けてくれたんだな、過去から。
――人生、冒険してこそだよな、叔父さん。
 黒瀬から逃げようとするのではなく、黒瀬をもっと高く飛ばせるよう、自分自身を高めること。
 康介は約束のボールペンを握りしめて呟く。
「何が最善で、何が幸福かは、おれたちが決める。他の人間には委ねない」

■後書き

文房具がテーマ、ということで一本のボールペンを装置に使った物語でした。
学生ものを書いてみたのですが、何分学生だったのが随分と昔のことなので、あまり世代を感じさせないよう、単語や会話なんかには気を配ったつもりですが、さて。
超人的な美少女と約束の思い出、というのは手垢があまりにつきすぎた題材であるものですから、主人公は約束の少女と離れることを考えている、という展開にもっていきました。最後は約束を思い出し、少女の想いに寄り添う決意をするのですが。離別のプロセス→結びつきのプロセスを辿ることで、物語的に結びつきを強化する図式です。死と再生ですね。

随分と長くなってきましたので、今日のところはこの辺で。

それではみなさまも、愛用の文具で何かしたためられますように。

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