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またあの席で揺られたい

私は中高で駅からバスで10分ほど離れた学校に通っていた.最初のうちは遅刻してはいけないの一心で,駅に着くのは始業の40分以上前.一番乗りでバス停にポツンといることが多かった.

一番乗りということは,来たバスに一番先に乗れる,つまり席が選び放題なのである.

ど・こ・に・し・よ・う・か・な

お決まりの遊び歌が口から出てくるけれど,私は決まって運転手さんの真後ろの席,または運転手さんを右斜め前に眺められる席を選んでいた.車酔いしないようにという思いもあった.他の席より一段高くなっているちょっとした優越感みたいなものもあった.そしてバスが走って変わりゆく景色を真正面に見据えることができるワクワク感もあった.毎日同じ道を走っているのにおかしな話だ.

でもその席に座るようになって,アナウンスのマイクの位置を知った.他のバスとすれ違うとき,片手を上げて挨拶することを知った.学生が買う回数券を100均みたいなビニールのポーチに入れていることを知った.たまにちいさな飴も入っていたりする.これからの人生で別に必要としないような事柄かもしれないけれど,そんな小さいことを知れるのが私は嬉しかった.

先日久しぶりにバスに乗った.私がお気に入りの席は運転手さんと近いからか,座れないようビニールで覆われていた.もしかしなくても,次その席に座るのは大分先のようである.それも仕方がないなと,私は渋々と後部の二人席に腰掛けた.

そして酔った.やっぱりあの席じゃないとダメらしい.

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