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【脳死は人の死ではない#11】魂は心臓に宿る(1)

2001年、北条司氏のマンガ『エンジェル・ハート』には、こんなストーリーがあります。

心臓移植したグラス・ハートは、その心臓の持ち主である槇村香と出会う。香の記憶に導かれ、新宿をさまよい歩くグラス・ハート。グラス・ハートは戸惑いながらも、香を受け入れていく……

このストーリー、妙に生々しいところがあります。それもそのはずで、これは心臓移植の実話に依拠しているからです。

心臓移植者の手記として、最も有名なのは、心肺同時移植手術を受けたクレア・シルヴィアClaire Sylvia)さんの体験でしょう。それは、『記憶する心臓』(1998/7/1)の著書で詳細に知ることができますし、1999年6月24日には「アンビリバボー」で、2003年3月15日には「サイエンスミステリー」で放送されたので、ご存じの方も多いでしょう。それは次のような体験です。

心肺同時移植の手術が終わってから、クレア・シルヴィアは、それまで好んで口にしたことがなかったビールが飲みたくなった。「わたしって誰なの?」という思いがわいてきて、退院後は大嫌いだったピーマンが大好きになり、今まで一度も食べたことがなかったチキンナゲットを頻繁に食べるようになった。

性格も男性的になる。まるでフットボールの選手のように、男っぽく肩で風を切るように歩き、同性愛の傾向は全くなかったのに、ブロンドのオランダ人女性をナンパしてしまう。

そしてある晩、クレアは夢の中で心臓を提供した男性と出会い、その男性がティムという名前であることを知る。ドナーのことは秘密とされており、医師も看護婦も一度もドナーの名前を発していないのに、ドナーの名前がわかったのだ。

その後、ティムの家族と会ったクレアは、ティムの好物がビールとピーマンとチキンナゲットだったことを知り、自分の人格の変化もティムのものであることを知る。

心臓移植によって、レシピエント臓器受容者の好み・性格・趣味・行動・体質・夢などがドナー臓器提供者のものに変わってしまうという体験は決して珍しくありません。その豊富な事例は、それが「都市伝説」といった言葉で片づけられるものでないことを示しています。前記『記憶する心臓』と『心臓の暗号』(1999/9/1)から、心臓移植の体験談をいくつか取り上げてみましょう。

● 引っ込み思案で内省的だった40代の男性トーマスは、心臓移植後、性格が激変した。最初はいつも野球帽をかぶり、妻に依存しているようにして現れた。以前は人種的偏見を持っていたが、手術後は黒人と快く付き合えるようになり、黒人女性に惹かれた。しゃべり言葉にも変化が生じ、口汚い罵り言葉を口にするようになった。ドナーはニューヨークで事故死したティーンエイジャーの少年(おそらく黒人)。

● 50代初めで、エネルギッシュな元造船技師のマリオは、20代の若い男性から心臓の提供を受けた。手術後、嫌いなバナナが好きになり、甘いものが大好物になった。また、自分がずぼらになり、ダンスの踊り方を忘れ、杭に向かって馬蹄を投げるゲームの腕が落ちた。あるとき、ボストンの小さな教会に入ってみたところ、初めて来たにもかかわらず、故郷に帰ってきたような懐かしさを覚え、神父や教会の内部を知っていることに気づいた。そこはドナーが通っていた教会だった。

● 移植手術前は極度に水を怖がり、シャワーすら浴びようとしなかった心臓移植のレシピエント。心臓移植後間もなく、その患者は水泳やヨット遊びがしたくてたまらなくなった。ドナーは船の事故で亡くなった働き盛りの船員だった。

● 敬虔なクリスチャンである中年男性。バイク事故で亡くなった若いドナーから心臓を移植された後、麻酔から覚めたときに、およそその人らしからぬ罵詈雑言をわめき散らした。たまたまそれを聞いたドナーの母親は、そのしゃべり方が自分の息子にそっくりだと断言した。

● 貞淑な妻だった35歳の女性。刺殺された24歳の売春婦から心臓が移植された後は、セックスとオナニーにふけり、ポルノビデオもよく見るようになった。興に乗れば夫の前でストリップまでするようになった。

● 仕事以外のことには見向きもせず、絶えず動き回って、かんしゃくを爆発させていたジムは、心臓移植の後、冷静で穏やかになり、花好きになって毎月妻に花を贈り、ロマンチックで鬱傾向になった。ドナーは花屋で働いていたニューヨーク出身の若い女性。彼女は穏やかだが、引っ込み思案で、ずっと鬱気味。失恋がきっかけで自殺したという。

ドナーからの記憶についても、かなり鮮明なものがあります。その記憶の正確さは、まさにドナーそのものと言えます。

● 殺害された10歳の女の子の心臓を移植された8歳の少女。彼女はドナーを殺した男の夢を繰り返し見ては、夜中に悲鳴を上げた。そして、彼女が話した特徴をもとに容疑者が逮捕され、彼女が提供した証拠が決め手となって、その男の犯行だと断定された。犯行時刻、凶器、場所、犯人の着ていた衣服、被害者が殺されるときに言ったこと……少女の証言はすべて正確だったのだ。

● つまらないことで言い争いをして、気まずい雰囲気で車を走らせていた夫婦。車の中ではワイパーの音だけが響いていた。そんなとき、真正面にまぶしいライトが見え、車はトラックと正面衝突。夫デビッドは死に、妻グレンダは命を取りとめた。その後、グレンダは、夫の心臓を移植された青年と出会う。南米から移住してきた青年カルロスだ。スペイン語しか話せなかったため、母親が通訳する。グレンダはカルロスの胸に手を置いて、デビッドとの仲直りの合言葉を口にした。「万事めでたし(Everything is copacetic)」。「コパセティック」とは、今日のアメリカではほとんど使われないスラングだったのだが、母親は驚いて言った。「あの『コパセティック』という言葉は、息子がしょっちゅう口にするんです。新しい心臓をもらうまでは一度も言ったことがなかったのに。手術のあと、最初に私が聞いた言葉がそれでした。私の知っているスペイン語に、そんな言葉はありません」。その後、カルロスの好みがデビッドのものに変化したことがわかったが、カルロスは目の前にまぶしい光が迫ってくる夢をよく見るようになり、車のワイパーの音にいらいらするようになったという。

心の変化も見逃すことはできません。

クレア・シルヴィアは、療養中、自分の中にもうひとりの人間がいると感じ、ふと気づくと“わたし”と考えるべきときに“わたしたち”と考えていたりもしました。時には、はっきりと別の魂がわたしの肉体を共有していると感じられることもあったといいます。

自宅に戻ると、何もかもが前とは違っているように思えました。友人や身内にまで違和感を抱いたのです。「この人たち、いったい誰?」という思いがわき、相手の顔はわかるのに、それが誰なのかわからなくなったといいます。

ティムの家族と会ったときは、ティムの母親と誰に対しても感じたことのないような固い絆で結ばれているのを感じ、ティムの写真を胸にしっかり抱きしめました。ティムの父親は「あのときは、息子が帰ってきたような気がしましたな」と思い、母親は「あの子は逝ってしまったかもしれませんが、ある意味では今でもわたしたちのそばにいるんです」と思ったといいます。

ここで要点を挙げておきましょう。以下の三つは、心臓移植後に見られた大きな特徴です。

.心臓移植を受けた者は、好み・性格・趣味・行動・体質・夢などがドナーのものへと変化する。

.それは心臓が移植されたときに起きるのであって、他の臓器移植では起きない。

.そうした変化は、好みや性格等が新たに付け加わるのではなく、ドナーのものと入れ替わってしまう。

こうした現象についてはどのように説明したらいいのでしょうか。一般的な説明としては、①心臓が健康なものに変わったから、②免疫抑制剤などの薬の作用ゆえに、③細胞記憶、といった理由が考えられています。しかし、これらでは説明が付きません。

まず、①弱っていた心臓が健康なものに変わったがために、肉体が元気になり、それがゆえの変化だという説明についてですが、運動能力が劣った例、性格が穏やかで鬱気味になった例の説明にはなり得ません。また、それが体力・気力の充実を説明するものであったとしても、好みや性格がどうして変わるのかの説明にはなっていません。

次に、②臓器移植の際に用いられる免疫抑制剤などの強い薬の作用から来る変化だという説明についてですが、上記で挙げた、どうして心臓移植にだけ起きて、他の臓器移植には起きないかが説明できません。また、で挙げたドナーと入れ替わることの説明は不可能です。

③細胞記憶についても、確かにすべての細胞にはDNAが存在することから考えられなくはないのですが、なぜ他の臓器移植では起きずに心臓移植だけに起きるのかが説明できません。もちろん上記については沈黙です。

いろいろと考えましたが、これらの現象を説明するには、私たちの本質的なものを設定するしかないように思えます。これは「心」「意識」などと表現できるかもしれませんが、ここでは「」と表現することで先に進めましょう。

(※続きは次の記事をご覧ください)

見出し画像は、かぱるさんの画像をお借りしました。ありがとうございます。

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