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ずっと、のび太になりたかった。眠るのがヘタな、あの頃の私へ。#眠れない夜に

私は、とても寝付きが悪い。

「眠るのがヘタ」とでも言うべきか。

最初の自覚は、3歳までさかのぼる。

***

3歳の頃、私は保育園に通っていた。
2~3歳は、年少少クラスにあたる。「あかぐみ」さんと呼ばれていて、平屋建ての保育園の中で一番端のクラスだった。

そしてどこの保育園でもあるように、毎日「おひるねのじかん」があった。

「さあ、おひるねしますよ~」

お昼寝の時間になると、広いスペースにお昼寝布団が敷かれる。カーテンがひかれ、部屋の電気が消され、布団に入るよう促される。
当時の布団は、今でいう敷布団みたいな布団が長~くなっていて、それをぺったんと二つ折りにするタイプだった。私たちは適当に造ったサンドイッチみたいに、めいめいの方向に飛び出しながらお昼寝をする。

でも、私は全然眠れなかった。

『眠くないのに、なんで寝なきゃならないんだろう』

周りからは、数分もすればすやすやと寝息が聞こえてくる。でも、私は寝れない。だからずっとゴロゴロしたり、天井を眺めたりして過ごしていた。
今でもはっきりと、あかぐみさんの「しろくて、ぽつぽつくろいもようがある、てんじょう」はよく覚えている。薄暗い部屋の中でも、ぼうっと「くろいぽつぽつ」は見えて、顔みたいだな、と眺めていた。
でも、そんなことをしたってつまらない。
ただただ、暇で、手持ちぶさたで、無駄な時間に思えていた。

ある日私はついに、布団を抜け出して、こっそり外に出ることを決めた。

だってねむれないんだもん。
つまんないんだもん。
おひるね、きらいだもん。

そしてカーテンがひかれている、外に向かって出て行ける扉をそっと開けた。まぶしい日の光。外はまだ明るいのに、なぜか薄暗い部屋の重い布団に挟まれている謎。そこから抜け出す一歩。

でも、そこで先生に見つかった。

「ちょっと!おふとんに戻りなさい」

結構慌てていた。そりゃそうだろう。寝てると思ったらむくっと起き出して、外に出て行こうとするのだから(危険)。

私はしぶしぶ戻った。でも、戻ったところで寝れる訳じゃない。

お昼寝になると、私はいつも一人。

周りにたくさんのおともだちがいても、いや、たくさんいればいるほど、私はひとりぼっちだった。

そして思ったのだ。
「わたし、ねるの、ヘタなんだな」と。

勉強にも運動にも得手不得手があるように、多分、睡眠にも得手不得手がある。
私は眠るのがヘタなのだ。生まれつき。

***

この「眠るのがヘタな私」は、成長してからも同じだった。

布団に入っても、最低30分は意識がある。何かを考えているわけではないのだが、いろんな思考が勝手にぐるぐると回って、全然眠れない。筋金入り過ぎて「そんなもんだ」と思うしかないのだが、一方では「なんで眠れないんだろう・・・」と思ってしまうのも事実だ。

ある日、夕方にやっていたドラえもんのアニメを見ていたら、のび太が寝ていた。
感動したのは、その寝付きの速さだ。
布団に入るとすぐ「ぐう。」。
マジか。なんだその速さは。

二つ折りの座布団を枕にしただけでも。ただ机に向かっただけでも。お母さんに怒られている最中でも。
のび太は、すぐに「ぐう。」。

すごいな、のび太。

もはや尊敬だ。

それを見て思った。

『ああ。のび太になりたい』

のび太みたいに、横になった瞬間に眠れたら、どんなに気持ちいいだろう。
「今日はどれくらい布団で意識があるだろうか」と心配しなくていい。
時計をちらちら見て、ああ1時間経った、とか思わなくていい。

いいなぁ。のび太。

***

この「眠るのがヘタな私」が、一番困ったのは受験期だった。

受験期は当然、受験勉強をするものだ。私はそこそこの進学校に通っていたし、志望校も高かったし、休みの日は朝から晩まで勉強していた。

明日はテストだ、今日は早めに寝よう、と思うのだが、眠れない。

しかも、そういうときに限って、何時間も眠れないのだ。

かちこち、かちこちと鳴る秒針がうるさい。
布団にもぐれば、どくどくと鳴る脈拍すらも気になる。

開き直って勉強しよう、と机に向かうのだが、どこか開き直りきれなくて手に着かない。
手に着いたら着いたで、また頭が冴えてくる。

いやだ、ああ、眠りたい。
私は眠りたいのに。
眠れない。

その頃私は「夜が来なければいいのに」と思うようになっていた。

夜が来なければ、眠れないからって悩まなくていい。
ずっと昼間なら、無理に眠らなくっていい。

布団に入るのが怖い。
眠れないのが怖い。

ずっと、ずっと、夜が来なければいいのに。

ああ、のび太、のび太になりたい。
目を閉じてすぐ眠れる、のび太になりたい。

でも、分かってるんだ。

私は、のび太になれない。

のび太じゃないから眠れない。どれだけ願っても眠れない。周りが静かでも眠れない。辺りが暗くても眠れない。目を閉じても眠れない。

ずっと、ずっと、この眠れない夜が永遠に続くんじゃないだろうか。
暗くて、孤独で、ヘタで、いやな、ひとりぼっちで時間に向き合う夜。

私は、のび太じゃないから。
ドラえもんはいないから。
私は、この眠れない夜に一人なんだ。

そしてある真夜中——

私は部屋の時計をひっつかみ、電池を抜いて、ぶん投げた。

がしゃん、と暗闇で響く音。
翌朝、部屋の隅で、ミニーの目覚まし時計が笑顔で壊れていた。


――このとき、やっぱり受験のプレッシャーがあったんだろうと思う。
後にも先にも「時計をぶっ壊した」のはこのときだけだ。

でも、「眠れない夜」との対峙が長かった受験期は、受験が終わると同時にゆるやかになっていった。

***

そして、現在は、というと。


全然寝れてる。


いやマジ。ほんと。
割とすんなり眠れることが多いです。

一番大きな転機は、出産だったと思います。
というか、寝るとか寝れるとかそんなレベルじゃない授乳期(遠い目・・・)が、でかかった。

「ふえええええ」
「はいはいはい」

朝昼夜、日月火水、春夏秋冬なにも関係なく、本能のままに生きる赤子。
こちらの状況など考えもせず(←当たり前)ただ何かあれば「ふえええ」と呼ぶ赤子。

え? 眠れないって、一人で布団でゴロゴロする?

恵まれ過ぎてるやん・・・!

一人で眠れる!しかも邪魔されず!自由に!
なんだその素晴らしい環境は!
起きてたっていい、寝てたっていい、眠れなくても一人で布団に入ってぼーっとしてたっていい・・・

夢のようだ・・・(ガクリ)

・・・そんな訳で「ああ眠れないな~とか思って時計を見上げるなんて、恵まれてる環境下の贅沢な時間の使い方」と思うようになりました(赤子おそるべし・・・)。
価値観ぶっ壊されました。本当に。


だから、眠れなくてつらかった、あの頃の私へ言いたい。

大丈夫!眠れなくても!
 それってあんた、恵まれてるんだから!
 ちゃんと生きてご飯食べれて布団入る、それで十分!ゴチャゴチャ考えんでよろし!


・・・ま、子供が多少大きくなった今では、ゆっくりできるようになりました。
寝付きはよくないですが、案外、眠れなくても平気になりました。

だって眠れないことを気に出来るくらい、今、私は誰にも邪魔されない一人の時間を過ごせてる

あんなに泣き声に干渉され、呼ばれて相手するような夜はもう過ぎた。

私は、布団に入れば一人。
私は、自由。

この真夜中の自由は、きっとのび太だったら一生、経験することはないだろう。
一人の夜って、すばらしいなぁ。

「のび太じゃなくてよかった」という想いを噛みしめながら、今日も布団に入ります。
んじゃ、おやすみなさい。


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