拙作「Monument」の書かれ方 #1
本当は「書き方」と名付けられたら恰好よかったのですが、変な題名でごめんなさい。
たった一作を、ようやく捻り出したばっかりの、このわたしのことです。
これから記しますのは「書き方」というよりむしろ、「物語を記す」迷路のような過程についてのお話ですので、結局、こんな題名に落ち着いてしまいました。
現在、手元の資料――主として紙媒体――の整理に当たっています。
手を動かしておりますと、懐かしく昨年の今時分のことを――想い悩んでいた日々ことを思い返しました。
「どうやって自分の頭の中にある物語を、文字に、文章に置き換えれば、人様に読んでいただける体裁に整えることができるのだろう?」
noteを巡る皆様の中にもきっと、それを想い、夢にみつつ、戸惑い、足踏みをされておられる方がいらっしゃるのではないでしょうか。
昨年の、わたしのように。
でも、今、わたしは若干の自信をもって、お伝えしたいと思うのです。
「一作くらいで良ければ、きっと何とかなりますよ」と。
わたしの拙い経験をお話することで、もし、そんな方々の勇気ある一歩を後押しすることができたなら? ――と、そんな、だいそれたことを思い付き、拙作「Monument」の完結に至るまでの道程を、少しずつになってしまいますが、何回かに分け、記して参りたいと思います。
きっかけは、回顧録……と申しますか自分史をまとめた経験にありました。
自己紹介「はじめまして」にも記しましたが、わたしは突発性難聴を発症し、現在もそれが続いています。
慣れ親しんだ仕事を離れ、現在の仕事に巡り合うまでの、およそ一年の間。
わたしは、自分の「仕事力」をどう維持するかに腐心していました。
純粋に体力だけでしたら、趣味のランニングである程度までは担保できそうです。
他方、お頭の働きは? と、なりますといいアイデアがありません。
「脳の活性化には指先を動かすのがいい」
そんな俗説(?)にすがり、指先を動かす→キーボード→パソコン→文章、と連想を進めた結果、自分史の編纂と相成った次第です。
自分自身の記憶を手繰り文にする。
言葉にしてしまえば一言ですが、実際、着手してみますと一筋縄とは参りません。
手始めにアルバムをひっくり返すと、まだ立って歩くことすらままならないわたしの姿がありました。
こんなものを大切にとっておいてくれた両親に感謝しつつ、ページを繰ってみますが、一向に記憶の方は甦ってまいりません。
幼稚園でのスナップで、ようやく見出した「わたしの原初の記憶」。
それは、なかなかできない逆上がりに苦心しながらトイレを我慢し続け、鉄棒にお腹を押されてお漏らし……という、なんとも残念なものでありました。
が、不思議なことに、その時、脳に刻まれたのであろう尿と汗の入り混じった香りが、その後のヒントとなりました。
わたしの場合「香り」が記憶を喚起する手掛かりになるようです。
以来、生まれ故郷から、縁を得た土地、場所を訪ね歩き、季節や事物の香りから記憶を探り、自分の経験したことを書き連ねる日々が続きました。
よもやそれが、物語の「種」を生み出すことになろうとも知らずに。
その日は、まったく突然に訪れました。
初秋の風と、刈り取られた田んぼの香りを楽しみながらドライブをしていた時のことです。
カーラジオから流れてきた曲の一節から、閃きました。
「亡き友を偲びながらバラ園に植樹をする」という物語の根幹が。
それを手掛かりに、書きかけの自分史を読み返してみると、出てくること出てくること。
使えそうなエピソードが、あちらこちらに。
これらをジグソーパズルのようにつなぎ合わせられれば、ひとつの物語に出来るのではないだろうか。
それが、拙作「Monument」の始まりの日でした。
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