ハネムーンはシンガポールで
僕らのハネムーンの目的地はすぐに決まった。
何しろ
「どこにしようか?」
って最初に僕が尋ねたときに
人間よりも動物が好きで、記念すべき僕らの初デートも開業したばかりのズーラシアだった君は、
「シンガポール動物園のナイトサファリに行きたい!」
って即答してくれたからね。
普段は自分より僕の意見を立てるような控えめなタイプだったから、余計に君の本気度を感じたよ。
しかも出発日が9月11日だったせいか、すんごい格安で行けたのもラッキーだったよね。
ハネムーン初日、
夜中に現地について、空港を出たとたんに、ムワッとしたあの熱気と湿気が容赦ないモンスーンな空気が身体にまとわりつくのを感じながら、無数に留まっているタクシーの中で、勘だけでタクシーを選ぶ。
ライトバーンから臨むキラキラと地上の星が瞬く異国の街並みを、君はずっと無言のまま、でも、なんとなくワクワクしているような様子で見つめていた。
そして、僕はその横顔をなんとなくずっと見続けていたっけ。
翌日は、市内観光
村上龍の小説で有名になったラッフルズホテルや巨大なショッピングモールを巡ったあと、まるで迷宮に迷い込むように僕らがたどり着いた先はインド人街。
その中の市場みたいな場所に入ると、スパイスやいろんな食材のにおいがツンと鼻をついた。あの埃っぽい雰囲気と合わさって、赤道直下の強い日差しにすっかりやられていた僕らは、まるで野生のエナジーを注入されたような気分になり、ここで見事、息を吹き返したのだった。
3日目は、セントーサ島
前日に見たマーライオンはぶっちゃっけ期待外れだったけど、その汚名を挽回せんとばかりに、ここには、とても巨大なマーライオンが二頭屹立していて、しかも、口から水を出すどころの騒ぎではなく、夜になると、両目から、鮮やかな緑色のレーザービームを出し始めた。
「い、いやあ、そーゆーことでもないんだよなあ」
とちょっと呆れていたら、二匹のマーライオンの背後から、突然、花火が打ち上げられた。
花火が大好きな君の顔がとたんに柔らかくほころび始める。
そして、僕はというと、花火なんかそっちのけで、いろんな色の光が反射して輝いている少し上を向いた君の横顔にずっと見とれていたっけ。
最終日は、念願のシンガポールズー
ナイトサファリまで待ちきれなかった僕らは朝の開園と同時に入園した。
そして、開店したばかりの園内のレストランの人影もまばらなテラス席で、早めのランチをとったのが、個人的にはこの旅のハイライトだった。
色白の君は、日焼けする代わりに、顔を真っ赤に紅潮させて、さらに玉のような汗をダラダラと流しながら、パクチー満載のフォーを
フォー、フォー言いながら、
いや
フーフーしながら、
必死に食べていた。
そして、突然、顔を上げるやいなや
「すごく美味しいね!」
って僕に向かってとびきりの笑顔を見せてくれたのだ。
その瞬間、本当に来てよかったなあ
と僕は心の底からそう思ったのだった。
あれからいろいろあって、きっともうお互いに会うこともない二人になっちゃったけど、なぜだか今もときどきこのときのことを思い出すのは、このハネムーンが僕が誰かとプライベートで行った唯一の海外だったからなのかもしれない。
うん、きっとそうに違いない!
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