うまい食い物 キッシュ

 昨年の秋、キッシュというものを食(く)った。ほうれん草とベーコンのキッシュ。  
 『キッシュ』とはフランスの郷土料理だが、店のショーウインドーケースに並んでいるこの『キッシュ』は、三角で小さくて、なんでこんなに値段が高いのだ?これが最初の印象だった。
 コーヒー屋のキッシュだが、味わいが深く、複雑に入り混じるヨーロッパの味。(ぼくはヨーロッパというか,外国には行ったことが無いのだけど・・・)
 ぼくには,「たべた」というよりも「くった」と言う表現がぴったりする。上品に食べるという感じではなく,本能に任せる感覚。
 とにかく味が忘れられず,一週間後の日曜日にまた買いに行った。それから毎週毎週となり,気付けば冬の雪の日は歩いて店まで買いに行っていた。
 もしかしたらこのキッシュは季節もので,そのうちメニューから無くなるかもしれないという焦りや、食いたいという衝動に突き動かされていたのだろう。
 キッシュは丸く焼いたものを8等分位に切っているから,一切れが決して大きいわけでもなく、食っても満腹にはならない。満腹になるまで食う事をやってもみたい。
 しかし,小さいキッシュを大事に味わう時、怒りや憂い、悲しみに立ち向かう力を感じ、優しく包んでくれるような気がする。
 これまでの人生の苦しさや辛さをキッシュがひと時癒してくれる。深みのあるあったかい味で。
 キッシュと一緒にブラックコーヒーを飲む。
 コーヒーのブラックな味わいは、キッシュを一層引き立たたせてくれる。
 そして、コーヒーの苦みはぼくに染み込んで、心の隙間までを埋める。亀裂の充填材のように。
 今度の日曜日、ひと時の癒しとあったかい味を求めて、またキッシュを買いに行く。
 

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