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#07 地域農政、農協そして広域流通

移住して農業を始めるにあたっては、大分県の公益社団法人大分県農業農村振興公社に相談した。どこの県も就農支援を行っており、担当部署が用意されている。そこでは、経験豊富なご担当者がいろいろおしえてくれる。

私は県内であれば働く場所にはごだわりがないこと、大分県の南部の出身であることを伝えると、臼杵市や豊後大野市などが農業がさかんな地域なので市役所農政課に相談するといいかもしれませんね、と助言をいただいた。
合わせて農地を探さねばならないので、それ以降県内の市役所詣を行うことにした。

県の推奨園芸作物と手厚い補助金

どの市役所でも、地域に差はあっても基本的に県が大きな産地化を目指す園芸作物が勧められた。もちろんそれが新規就農者にとっては取り組み易いからでもある。ちなみに大分県では現在下記の園芸作物に力を入れている。

◉ねぎ類(白ねぎ、こねぎ)
◉いちご(品種:ベリーツ)
◉かんしょ
◉ピーマン

私の場合は、農業経験が皆無だったので当面の間は栽培に注力したいので、農協との共販体制で自ら販売を行わないで済む作物を選択したいと考えていて、結果的にピーマン栽培を選んだ。
県や市町村は推奨園芸作物の栽培者を増やすために、公的な予算でファーマーズスクールを用意しているケースもあり、この学校を卒業すると認定新規就農者になれるという便宜も図られていた。
ここで少し認定農業者制度について説明をしておく。

認定農業者制度は、農業者が市町村の農業経営基盤強化促進基本構想に示された農業経営の目標に向けて、自らの創意工夫に基づき、経営の改善を進めようとする計画を市町村等が認定(複数市町村で農業を営む農業者が経営改善計画の認定を申請する場合は、営農区域に応じて都道府県又は国が認定)し、これらの認定を受けた農業者に対して支援措置を講じようとするものです。

出典:農林水産省HPより

多くの農業者は、この認定農業者となることで補助金、制度融資など大きなベネフィットを受けて農業を行っている。もちろん法人でも認定が可能だ。さらに大分県では、認定農業者になって県推奨園芸作物を栽培するとさらに大きな補助金が活用できる。もちろん年度の予算や作物にもよるが、ピーマンを選定するとピーマンの栽培に必要な設備金額(トラクターなどの汎用機械は対象外)の3分の2が補助金の対象となるという大盤振る舞いだ
これだけ補助金がでると、新規就農者は、県の推奨園芸作物を選択したくなってしまうのも無理はない。
行政としては、補助金によって大産地化の目的に近づくわけなので正しい補助金の使い方といえるかもしれないが、お金の力でそれを選ばされる身となってみれば(無理に選ばなければいいのだが、大きな補助金があるとないとでは経営的には雲泥の差だ)なんとも腑に落ちない感じがする。
私の場合は、ファーマーズスクールにもいかず、年齢も若くもなかったので補助金は得られなかったが、県や市といった行政や農協が細かく指導してくれる推奨作物を自ら選んで始めた。

大産地化は広域流通での販売が前提

地域の需要を超過するほどの大産地となれば、農協(全農)の販売も広域流通が前提となる。新鮮さが命で付加価値の低い生鮮食料品が、何十キロ、何百キロという長距離を移動することとなり、物流に関わる費用も増加することとなる。
下記に私が考える広域流通と地場(地域)流通の長短所をまとめておく。

表:広域流通と地場流通の長短所比較

広域流通の最大の長所は、地域間の分業が可能になることで、その地域(産地)で効率的な栽培が実現し、地域の需要と供給の差を埋めることができる点だ。ただその分流通コストは高くなる。
一方、地域流通は、無駄な流通コストを省けるだけでなく、農産物の新鮮さを保ちやすいという大きなベネフィットがある一方で、周年での品揃えや価格調整は難しくなる。ともに一長一短だ。

大分県内で栽培されるピーマンも京都、大阪といった関西の青果市場を中心に販売されており、その運賃はここ数年大幅に上昇しているのだ。
さらに、2024年4月からはトラックドライバーの時間外労働に上限規制がかかる「物流の2024年問題」に直面するため、この動きに一層拍車がかかることは間違いない。

相対的に付加価値の低い(単価が安い)一次産品を、長い距離動かすことがこれまで以上に難しくなってきているにも関わらず、地域はこれまで通り「大産地化」を目指しているのである。

地産地消と広域・地場流通のバランス

地域の直売所や道の駅が定番化してきている昨今では、地産地消がもてはやされているが、地産地消が広域流通にすべて置き換わるべきだとは考えてはいない。やはり目指すべきは、地域ごとに広域流通と地場流通のベストミックスを探ることではないかと思うのだ。
日本は1993年のGATTウルグアイ・ラウンド以降、農業でも国を開く選択をしてきた。これなしには日本の農業を強くできないともいえるのかもしれない。農産物も輸入されるし、輸出もされる。その前提で日本の農業や農業における流通問題をしっかり考えていくべきだろうと思う。

以前、下記にも記載したが、大分県には観光産業という大きな産業がある。個人的にはこの需要をしっかり取り込むことで大分県ならではの地産地消が実現できる可能性もあると考えている。地域がその個性を生かした形で流通のベストミックスにトライすることに意義があると思うだ。

県と市のチグハグ農政

大分県には、個人の新規就農支援の他、農業参入企業向けの補助事業がある。県外農業法人の誘致や他業種からの農業参入推進を図るため、農業経営の新規参入に必要な施設・機械等の導入を支援するもので、地方にしては(失礼!)かなり先進的な補助事業であると思う。

一方、農政を司る市町村の農政課にいくと、法人は敬遠されがちだ。
私の会社が法人として認定農業者を申請する際も、「先例がない」と受理を渋られたし、「広域認定(市町村を跨る認定の場合、当該市町村経由で県に申請するルール)だと、補助金の優先順位が下がりますよ」と半分脅しのようなことも言われた。要するに「やったことがないので面倒くさい」という理由なんだろうと思い、ルールに反して大分県に直接申請し、その担当者の機転と配慮のおかげで無事広域認定を取得することができた。
農地を探して回った他の市町村では「法人化しないほうがいいですよ。法人化した農業法人はほぼ赤字ですよ」と根拠がないにも関わらず「法人はダメ」と思い込んでいる市の担当者もいたくらいだ。
単純に農業法人の申告所得と個人事業主(農家)の申告所得を比較しているのだが、法人の場合、経営者の所得は経費になるのがわかっていないのだろうと思ったが、そっとしておいた。偏見や先入観はそんなに簡単になくならない。

農政を農協に丸投げする市町村

市町村における農政担当部署はどこも少数だ。その少数の担当者に対する「鹿が出たんでなんとかしてくれ」「農地がないんだけど」といった農家からの相次ぐ要求をみていると、彼らの仕事に責任感や使命感を求めるのは酷なのかもしれないと思うこともある。そうすると農家の各種対応も農協に頼るのが楽だと感じるのかもしれない。
農家の中でも農協とお付き合いをしていない農家は多い。にもかかわらず、地域の農政には農協が強く関わっているし、農協と市のウィンウィン関係が成立しているケースが多い。
新規就農者が栽培作物で県推奨の作物を選定すれば、その新規就農者は生産部会に入ることになるし、それは農協との共販体制を意味することになる。また農家が補助金を活用すれば、いずれも部材、設備購入は農協の売上となってくる。農協にとっては農政は農協の経営成績を左右することになるし、経営リソースが充分にある農業法人よりも、共販を選んでくれる農家の方がいい。
県としては、農業の生産規模の拡大と生産性効率のために異業種からの参入であったり、企業の大規模化を目指す法人の参入を歓迎しているものの、市町村の農政は、そんなことはお構いなしで得意の前例主義で粛々と農協とともに仕事をこなす毎日なのだ。

補助金漬けを辞めることが第一歩

自社の農業はこうありたいと考えている私でも、補助金が出ると出ないでは判断に迷う。いっそ補助金がなければいいのにと思うことが多い。
考えてみると県の推奨園芸作物に与えられる補助金も本当に必要なのだろうか?
ビニールハウスは生産に必要な資材だ。この資材の減価償却費が補助金がないと賄えないのであれば、そもそも農業という事業が成り立たないことを意味しているはずだ。そんな事業を補助金を餌に選択させるべきではなし、そんなことが長続きするわけはない。

本当に疑問が湧く。
日本の行政はそこまでして新規就農者を増やさねばならないのだろうか?
そして地域の農業は大産地化を目指さないと成功しないのだろうか?
補助金は本来目指すべき農政目的に対し有効に使われているのだろうか?

私は、農業をやるかどうか、どのような作物を選ぶか、どんな農業を目指すかも、全て農家に任せて、その結果、頑張っている農家を支援することに補助金を使って欲しいと願っているし、そうすることで優秀な農業経営体が残っていくのではないかと思っている。

担い手不足はゴーイング・コンサーンで

「新規就農者にそんなに補助金が要る?」と聞くと必ず「担い手不足だから」と言われる。果たして新規就農者が農業の担い手不足を解消してくれるのだろうか?

新規就農者のうち、45歳以下の青年の新規就農にはさらに補助金が手厚いのだが、一方で補助金が貰えるから農家になるという若者も多い。2019年度の総務省が明らかにしたデータでは、新規就農者のうち約30割が離農しているそうだ。
私は、個人の新規就農者を増やしたところで担い手不足が本当に解消できるとは思っていない。それは離農者が多いからではなく、人はいずれ死んでしまう存在だからという単純な理由からだ。かつては農家の息子たちがそれを継いでいくことで農家の数が維持できたかもしれないが、もはやそんな時代ではない。
担い手を繋ぐためには、農業を法人化し、労働環境をきちんと備え、組織をしっかりつくっていくことが必要だと思う。本当の意味でのゴーイング・コンサーンを満たしていくことでしか、担い手問題は解決しないのだと思っている。




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