タイムカプセルに入れておいた小説
破産したらしい。
僕が小学生の低学年の頃に、大人になった自分へのメッセージを預かるサービスをしていた会社のことだ。
そういった内容のハガキが来た。
よりによってこんなに中年になってから知らされてもちょっと戸惑う。
あの頃はせいぜい二十歳過ぎくらいの自分に向けて書いていたわけだから。
ハガキの内容によれば、「会社を整理するにあたり、お預かりしてあるメッセージを本人にとりに来てもらいたい」とのこと。
とんでもない負のタイムカプセルになってしまったもんだ。
何となく怪しい感じもしたので、連絡のつく同級生にも聞いてみることにした。
するとみんなのところにも同様の連絡が行っているようで、とても懐かしがっていた。
ただ妙なことに、皆が口を揃えて、「お前はメッセージじゃなくて小説を入れていた」と言うのだ。
── 大人になった自分に読ませたい小説を。
はて、そうだったか?
すぐに思い出せなかった。
そもそも僕はあの時分に小説なんて書くほどませていたんだったけか。んー、思い出せない。
みんなは「怪しいし、忙しいからわざわざメッセージを受け取りに行かない」と言っていた。それにメッセージだってだいたいどんなのかわかってるし。
それもそうだ。
「俺もそうするよ」と僕はみんなとの久しぶりの会話を終えてまわった。
でもその夜は、なぜか寝付けなかった。もともと不眠症気味ではあった。
子供の頃の僕がどんな小説を大人になった僕に読ませようとしていたのかがだんだん気になってきてしまった。
確かに今の自分は何となくミドルエイジクライシス禍だ。だからきっと気になるんだろう。
睡眠薬を飲んで寝た。
普段、夢を見ることはとても少ない方なのに、その日は珍しく夢を見た。
小学校低学年くらいの野球帽を被った僕が机に向かってカリカリ何かを書いている後ろ姿だ。
そっと覗くとところどころその内容が窺い知れた。
かいつまんで言えば、ファンタジーのような内容で『書けば書くほどどんどん大人に成長できる原稿用紙に物語を綴っていく少年の話』のようだ。
確かにうっすらと思い出してきた。そうだ、そんな感じのを書いてたな、うん、うん。
ところが結末のところまで読めそうになったところで目が覚めてしまった。
ベッドから体を起こす。カーテンの隙間からあの頃見ていたような輝きの朝日が差し込んでいる。
そうだ、受け取りに行こう。
その小説が、何か今のこの人生の八方塞がったような状況を打破できる起爆剤のようなものになってくれるような気がした。いや、そう思いたかったんだろう。
すぐにその会社の担当に連絡して、指定された受け取り場所へ向かった。
タイムカプセルの中のものを受け取るときにはどういう格好がいいものなのか分からずに、何となく正装してきてしまった。
それにしてもこんな人気のない港湾エリアを指定してくるなんてブツの受け渡しみたいじゃないか。
ブツブツ言っていると、電話で話した人が来た。
すごく急いでいるみたいで、しかも破産した会社なのでその手渡し方にセレモニー的要素はゼロだった。
「あなただけです、こんなに長いものをタイムカプセルに入れたのは」
「でしょうね」
「小説ですか?」
「ええ、たぶん」
「今日はお渡しができてよかったです、では失礼します」
「こちらこそありがとうございました」
その人が行ってしまうと、何か過去との連絡通路がぷっつりと途切れてしまったような寂しさに襲われてしまい、
その場で小説を読み始めた。
子供の頃の僕の字。少し背伸びして書いてるのがわかった。
内容はやっぱり夢の中で思い出したものと一緒だ!
うんうん、なるほど……
その不思議な原稿用紙に少年はどんどん書いて、どんどん大人に成長してゆき……
そして……
あれ??
続きは?続きはどこだ?
今の僕と同じ歳のところまで主人公が成長したところで途切れてしまっている。
というか、書くのをやめてしまったみたいだ。
なぜ?結末は?
そのとき、ふっと男の子の声がどこかから聞こえた気がした。
「だから読んだら後悔するって言ったでしょ、早く大人になりなよ」
あたりを見回した。
海鳥の姿さえもなかった。
終
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