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どの図鑑にも載っている男

子供は苦手な方だ。

だから買い物に行く途中で私のことをじっくりと観察してくる子供たちとどう接していいかわからない。

順を追った説明が必要だろう。

仕事は車のセールスをしている。毎月のノルマを達成できなかったことはない。来月からは副支店長に上がる予定だ。

昇進は嬉しいのだが、管理業務が増えてしまいセールスをする機会が減ってしまうのが少し寂しい。

新人はよく勘違いしがちだが、

高い車を売るときでも高いスーツを着る必要はない。清潔感だけ忘れずに。

プライベートではよくママチャリに乗る。実は車の運転がそんなに得意じゃないのだ。

そんなところもあって、常にお客様に教わる姿勢が好評を得て、よく買ってもらえる。

堅実な生き方が好きだし、そうありたいと思う。

今日は新鮮な魚を買いに来た。肉よりも魚を多く摂るように心がけている。

スーパーマーケットの駐輪場でママチャリのスタンドを下ろしたら、

今日もほら、子供たちに囲まれてしまった。

「図鑑の人だ!」とタブレットと見比べたりして、わいわい言っている。

確かにこの頃、週1くらいで「図鑑に載せてもいいですか?」とイエ電に電話がくる。

「子供向けの“わかりやすいシリーズ”で、奇妙な生き物図鑑なんですが」

と、先方はまるで図鑑が押し付けてくる知識のように、一方的に要件を述べ立ててくる。

「なぜ私がそれに載るんですか?」

「いやー、他の図鑑にも載ってらっしゃるので」

「そんなに載ってるんですか、私は」

大過なく、日々を過ごしてきたこの私が?

「やっぱ、外せないっすよ」

電話は切れる。

電子図鑑なども普及していて、子供たちも図鑑に馴染んでいるらしく、「図鑑見ました」と声をかけられることが増えた。

聞いた中では

•「信じられない場所に住んでるかもしれない生き物図鑑」

・「空を飛べそうだった生き物図鑑」

・「真ん中のちょっとよこっちょぐらし」

・「堅い生き物図鑑」

・「生き方がFirst テイク」

などでは私のページはカラー対応だったらしい。

ディスられてるんじゃないかと思えなくもない。

ほかでは、

買い物している時に、「“図鑑見ました”で半額になりますか?」という、もはやツッコミに何を混ぜたらいいかわからないものまであった。

とにかく私は車のセールスの時にお客様のお子さんの扱いもよく心得ているので、ファミリーカーのような大きな気持ちでなんとか子供たちと接する。

好奇心旺盛な子供達は尻尾や翼がないか服の上からいろいろ触ってくる。

「あのー今度、ぼくたちの夏休みの自由研究になってもらえますか?」

「完全なる断る」

いけないいけない。少し真顔になってしまった。

やがてその子達の親御さんがみえて「失礼を言ってはいけませんよ」と叱って子供達を連れていく。


私は平静を取り戻して鮮魚コーナーで魚を買う。

たんぱく質をとらなければならない。

明日も陸の上で車を売るために。



                      終


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