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グラフィック・デザイナー(50代)の苦悩 テーマ#05 わかりあえない人

みなさん、こんにちは。フリーランス・グラフィックデザイナー(50代)のブブチチと申します。デザインを生業にして30数年。気がつけばシニアと呼ばれるにふさわしい年齢になっていました。noteでは、デザイナー人生においての出来事や学んだ事を自身の体験を交えながらつらつらと自由に書き連ねています。お時間ございます時にゆるくご一読いただければとても嬉しく思います。

いかがお過ごしですか?僕が暮らす滋賀はずいぶん過ごしやすい気候になってきました。琵琶湖で冷やされて吹いてくる北風のおかげか朝晩は少し肌寒いくらい。あっという間に秋が訪れるような予感がします。

さて今回は、僕がこれまで出会った香ばしい人々のお話しです。唯我独尊、とっても特徴的な方々との関わりをどう考え、たち振る舞うか、僕なりの視点でつらつらと綴ってみることにします。

無礼よりも厄介な人々

メールやSNS、オンラインワークが市民権を得た現在といえど、人との接触が全くないまま仕事が進行し完結することはまずありません。口下手であろうと人見知り(多くのデザイナーがそうであるように)であろうと、人との関わりは避けて通れない現実です。そして、その現実には本当に色々な方がいるものだと毎度ながらに驚かされます。

前世は仏様かなんかだったの?と思わずハグしたくなるような素晴らしい振る舞いの方もおられれば、僕が桃太郎侍なら一番初めに叩き切切ってると思うような無礼千万な人もいます。無礼な扱いを受ければ、もちろん僕も腹が立ちます。でも、この人はこういう物言いをする人なんだと割り切れば、年の功なりに受け流すこともできます。それよりも、僕がいちばん厄介だと思うのは、どうやってもコミュニケーションが成立しない不可解な人々の方かもしれません。

どうして、それが出来ると思うの?!

とあるメーカ様の新製品カタログのデザイン制作をしていた時のお話です。ある時、クライアントの担当の方から「このページにはこの情報を入れてほしい」とメールが送られてきました。パワーポイントで作られた指示原稿を確認すると、虫めがねのボタンを何度も押して拡大→拡大→拡大→拡大・・・してようやく読めるような小さな文字で綴られた膨大な量の文章と大小まちまちのこれまた莫大な点数の画像とで、とにかくギュウギュウ(気持ち的にはあと4、5回くらいギュウを付け加えたい、それくらい!)に詰め込まれた強引な指示原稿でした。カタログの1ページにこれだけの情報量をレイアウトすることはひっくり返っても無理なお話しです。この時点で(少し考えればわかるのに、何故こんな指示を送ってくるのだろう・・・)とモヤモヤしたものが自分の中にあることを自覚しつつも、でも、いい大人ですので、その辺は態度に出さないよう気をつけながら懇切丁寧に、この情報量はとうてい入らないという旨と情報量の再検討をお願いできないだろうか?と返信をしました。しかし、しばらくしてかえってきたお返事に驚くことになります。

「私がお送りした原稿では収まっています。だから、出来るはずです。言われた通りにしてください」

デザイナーは魔法使い?

確かに送られてきた指示原稿は収まっています。でも、もう一度言います。収まっているのは当たり前なのです。だって、とうてい人間の目では可読できない大きさでいろんなものが無理やりそこに詰め込まれているのですから。

繰り返すようですが、僕はいい歳した大人です。世の中では、おっさんと呼ばれるに相応しい立派な年齢です。なので大人として、ぐっと込み上げるものをどうにか飲み込んで再度お返事をしたためました。

「ご指示の情報量をA4サイズの紙面にてレイアウトしたら、ユーザー様がとうてい可読できる文字や写真のサイズにできないと思います。そこでA4サイズにレイアウト可能な情報量を僕なりに整理してみました。これではだめでしょうか?ご検討のほどよろしくお願い申し上げます」

僕なりの解決策を提示しつつ、優しく、丁寧に、穏やかに・・を唱えながら心の中で手をあわせて返信。間髪入れず返ってきたお返事は、

「素人の自分がやっても出来ているのに、プロのデザイナーのあなたが出来ないと平然と返答される神経がわかりません。なんとかする方法を考えるのがデザイナーの仕事ではないのですか?勝手なことをしないでください」だって。

どうです?

逆に清々しささえ感じるくらいに、全くといっていいほど噛み合っていないこの不毛なやり取り(苦笑)。しかもデザイナーは、すごい魔法が使えて、問題や不可能をたちどころに解決してしまう魔法使いの如き要求です。

時々こういう方々と出会うことがあります。なにをどう話しても、通じず、届かず、わかりあえない異次元の人々に。ひょっとして僕の見ているものが違うのだろうか?と自身の錯覚さえ疑うような嘘みたいな出来事。みなさんならこういう時どうされますか?「ばからしい、この仕事断ろう」は時期尚早の判断ですよね。できるならばこの行き違いを解決して仲良くありたい。もしも、そこにお互いの誤解や勘違いがあるならなおさらのことです。たいていの人間ならそう思いますよね。

でもね・・・そこに時間をかけることを僕はもう辞めました。何故なら、それは誤解や勘違いなどではなく、その人独自の価値観に由来している場合が圧倒的に多いからです。他人の価値観を諭したり変えたりすることはとても困難なことです。そもそも僕にはそんな力も時間もありません。

そして、気をつけないといけないのは、そういう方々は、しがないデザイナーである僕らのキャリアに多大なダメージを与える危険があるということ。つまりは、自分自身が一番不本意なのに、クライアントの要求だから・・とか、もう面倒だから言われた通りに・・とか折れてデザインの本質からかけ離れたことをしてしまうと、必ずや未来の自分の足を引っ張る要因になるという事です。

「このデザインはひどいね。だれがやったの?」

そんな風に経緯を知らない人々から、本人がいない場所で勝手な評価を受けている現場に僕も幾度となく居合わせた経験があります。同じ職業の僕から見たら「きっとこれはクライアントに要求されてイヤイヤやったのだろうなあ」と同情せずにいられない代物だったりするわけで、デザインを愛する同じ仲間として胸がぎゅっとなります。しかし一方で、厳しい言葉に聞こえるかもしれませんが、おかしいと思いながら受け入れてしまうことは、大好きなデザインを自らの手で冒涜してしまうような行為にさも等しいと言えるかもしれません。

素直に助けを求めよう

では、どうしてもわかりあえない人に関係してしまったらどうするか?こんな時、僕はその人の上司を早々に巻き込むようにしています。クレームや愚痴に聞こえないよう注意を払いつつも、これまでの経緯や事情を嘘偽りなくお話して素直に助けを求めます。そうすれば、たいていの方は「そんな事態になっているとは思いもしなかった」とか「偏った報告ばかり聞いていました」と言ってくださいます(中には、子が子なら親も親といった残念な上司部下もいないわけではありませんが、それは本当にまれなことです)。そして、案件を継続するために交通整理をしてくれるでしょう。それが組織に属す上長と呼ばれる人の仕事ですから。安心してください。告げ口なんかじゃありません。僕も長くに渡り組織にいた人間なのでよくわかります。上司という役職は問題を解決するために存在しています。良いクオリティで期待に応えるために、時には必要な手段のひとつとして「もしもの時は相手の上司をまきこむ」ことをぜひ検討してみてください。

そうそう、最後になりましたが冒頭の事案の結果がどうなったのか、みなさんにお伝えしておかないといけませんね。この件においても、僕はその担当者の上司の方に助けを求めました。例の指示原稿をご覧になられ、これまでの経緯をご報告差し上げるとたいそう驚かれ、どうしてこんな無茶な指示を送っているのか早急に確認すると言ってくださいました。

その翌日のこと、担当は代わるけれどデザインはこのまま僕で継続をお願いしたいとの連絡がありました。余談ですが「外注デザイナーの分際で、しのごの言わずクライアントの指示に従うべきだ」と相変わらず息巻いていたそうで、何度言い聞かせても理解しようとしない部下に、頭の中がどうなってるかみてみたいとため息をついておられました。・・・心中お察し申し上げます。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
どうか今日もみなさんが笑顔で過ごせますように・・・。
では、また。

                                ブブチチ









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