見出し画像

コーヒーと茶道とキャンプと

毎日のように深夜に猫が、襖をガリガリする音で起こされる謙也。それでも居間と寝室がわりにしている和室で寝ている謙也は起きる。すぐにトイレで用を足して出てくると、台所の食洗機から洗い終わった皿や箸、スプーンなどの食器を全部、それぞれの棚に入れる。ほんの十分をあれば終わる。「食洗機の下にあるゴミの部分も綺麗にしておいてね」と妻の優子に口が酸っぱくなるほど言われているので、ゴミのトレイを水洗いして終了だ。

それが終わると猫が台所の狭いスペースのテーブル部分で座って待っている。静かに、鰹節をくれるのを待っている。それを無視して、コーヒーを沸かす。紙フィルターをセットし、コーヒーの粉を小さじ四杯入れる。薬缶に入れた水を目盛いっぱいに
入れる。つまみをONにして動き出す。この一連の作業を茶道のように手際よく、綺麗な作法でやるのが謙也の目標だ。冷蔵庫から「花かつお」と書かれた袋から一つかも猫餌の皿に取り出して与える。

茶道は、お茶を点(た)てるための全ての作業で無駄のない所作を大切にする。座ったままの位置で手が届く範囲内で所作をする。茶釜を中心にした舞台のようなものだ。道具としては、茶道具を清める布巾の役割をする帛紗(ふくさ)、お菓子をのせる和紙の懐紙(かいし)、お菓子を一口サイズのきるための菓子楊枝、相手や茶道具に対して一線を画すために膝前に置く扇子の4つが必要だ。その他にも古帛紗、開始入れ、数寄屋袋など小物がある。茶道に関しては、謙也が約1年間に渡り、近所の茶道教室に通ったので詳しい。

和室の畳の下に四方系の炉を埋め込んでいる写真を見る。茶釜を置いて、茶釜の湯がたぎる音がたまらない音響効果を演出するのも茶道の醍醐味だ。夏場は、暑いので畳の上に置く風炉に変わる。千利休も好んだ、小間と呼ばれる4畳半の茶室は、謙也も憧れる。

その時々にあった気持ちをこめた書や季節の花を差す一差しなど装飾もシンプルで侘び、さびの世界を狭い空間で飾る。それがたまらなく好きだと謙也はいつも思う。緊張感とくつろぎ感の相反する気持ちに同時になるのが茶道だと思う謙也だが、庭で毎朝のように七輪で湯を沸かしている。

火を起こし、火を見ているだけで、心が落ち着くのを感じる。憎しみや恨みなどの感情がなくなり、「地球が平和でありますように」「いつまでも平穏な日々が続きますように」と祈りに似た感情が支配する。火には、人間の本能の原点があるように思う。多くの芸能人を含めソロキャンプブームだという。

一人で考え、一人で地球や人類全体のことを思う壮大な思想に戻る。グリーバルを超えた世界が広がる。「自分一人の地球じゃない、人類全部のもの、生物全部の地球」となる。自然の持っている人間らしさに戻す再生本能が働くのかもしれないと謙也は思った。

茶道のような雁字搦めの美しく振る舞う形式も大事だ。単に一人の人間として、地球全体を考える夢想も大事だ。猫が、謙也の椅子でのんびりと寝ている。仕方がないので謙也は、台所から椅子を持ってきた。クッションも何もないような硬い椅子に座り、相良直美の歌っていた「いいじゃないの幸せならば」を口ずさんでいた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?